46.そして、交易の港国へ
現実と異世界の時間の流れを利用して、擬似的な強行進軍できたミスフェア公国への路も三日目の明け方となった。とはいっても、こっちの世界では休み無しのぶっ通しになるので、まだ丸一日経過してない状況だ。
明け方の山道は夜露や薄切りで寒々としているが、周囲に展開する風魔法障壁のおかげでほとんど気にならない。
「そろそろ夜明けでしょうか」
「ということは、もうミスフェア近くまで来たの?」
「ああ。都合この世界の時間換算なら、一日かからずミスフェア公国近郊にたどり着いたことになる」
「すごいです……。私の知る限り、どんなに早馬をとばしても三日で着く事すら不可能です」
驚く二人だが、実を言ってしまえばもっと早く着くことも可能だ。
無論その場合は召喚獣のスレイプニルの魔力消費も上がり、こちらの疲労度合いが大きくなってしまうのだが。また、今回少しペースを落とした理由は、途中で現実の世界で睡眠を2回とる計算だったので、それにあわせるために多少余裕をもったペースで進行したからだ。
こっちの時間で深夜に到着しても、それはそれでミスフェア公国の人にも迷惑だろうし。
上り坂の山道を駆け上がりながら、俺は二人に向かって口をひらく。
「あの山頂を越えたら、いよいよミスフェア公国がみえるぞ」
「え? もう来たの?」
「でも、まだ薄暗くてよく見えないのでは……」
移動はずっと山道ゆえ、会話は楽しくとも風景に変化が乏しかったため、さすがに少し飽きがきはじめていた頃合だ。二人の顔には、また別の期待に満ちた笑みが浮かんでいた。
その間にも駆けるスレイプニルにより、遂に山頂までたどり着いた。そこで少し速度を落として、ゆっくりと山頂付近を闊歩する。
とはいえまだ薄暗く、山頂から見下ろすミスフェア公国もよく見えない……と、思っていたのだが。
「わぁ……あれは……」
「綺麗です……」
ミスフェア公国の向こうに広がる海。その水平線から昇る朝日が、大海とミスフェア公国を赤く照らしていた。それは、今日これから始まる一日を象徴する、力強い日の光だった。
ゆっくりと明るくなる景色を見ながら、俺たちはのんびりと山を降りていく。
ミスフェア公国は元々猟師町で、今でも漁業が盛んなため、朝も日が昇る前から街は動き始めている。なのでこのまま一気にミスフェア公国へ行っても、ちゃんと応対する人も待機しているだろう。
だが、公国民全員が早寝なわけではない。俺たちがまず訪れるであろうアルンセム公爵が、もしまだ寝ているのであれば大変な迷惑だ。無論、フローリアが来たとなれば何を置いても応対するのであろうが、今回はお忍びのようなもの。あまり派手に騒がれるのはご法度なんだよね。
太陽が半分ほど水平線から出て、水面が黄金に輝いているような幻想的な風景。この綺麗な風景を写真でもとって残せたらいいのに、などと考えたところで……もしかしてスクショ撮れるんじゃね?
試しにUIを見渡すも、それっぽいアイコンは見当たらない。だが、LoUの操作に関してはキー入力でほぼ賄えるようには設計してある。例えばスクリーンショット撮影方法。普通ならキーボードにある『Print Screen』またはそれに順ずるボタンを押せばいいのだが、それとは別に文字入力で命令を実行する方法も存在する。でもここにキーボードが無いんだよな。口頭指示かな。
『//screenshot』
試にLoU用のショートカットコマンドを口にしてみた。すると視界内のUIが一瞬消え、耳元で写真撮影をしたようなSEが聞こえた。これはひょっとして……そう思い、視界右下にある会話ウィンドウを見る。
“スクリーンショットを撮影しました”
成功だ。UIが消えたのは俺がスクショ撮影の設定で、“撮影時はUIを消す”をONにしているからだ。
これって結構いい機能じゃないかな。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
ふと俺が意味不明な言葉を発したことで、ミズキとフローリアが不思議そうな顔をする。おそらくは何か魔法でも詠唱したと思われてるんだろうが。でも、こっちの人からすれば同じようなものか。
「今のか? アレは、そうだな……今俺が見ている風景を一瞬で記録する魔法だ」
「え? そんな魔法があるのですか?」
「それじゃこの朝の風景を、お兄ちゃんは記録したってこと?」
「ああ、そうだ。それを改めて見ることも出来るけど……そうだな、今度現実に行ったときに見てみるか?」
「はい!」
「うん!」
「それじゃあ、あの朝焼けの海をバックに、ミズキとフローリアも記録してやろう」
「あ、うんうん! お願い!」
「ふふふ、楽しみです」
せっかくなので一旦下馬して、朝日で赤く染まる眼下の町と海をバックに、ミズキとフローリアのスクショを何枚かとった。……なんかこうなると、こっちの世界でもこれを転写するなりして渡してあげたいとも思うな。写真なんて文化はないだろうから、恐ろしく緻密な絵だと思われるのかも。
この後も今までよりものんびりと下山をして、いよいよふもとまで来た。
そろそろミスフェア公国も目と鼻の先。そうなるとこのスレイプニルは目立つので、ここでお別れだ。
「スレイプニルさん、ありがとうございました」
「すごく楽しかったよ、ありがとうね」
フローリアとミズキがお礼を述べながら、少し名残惜しそうに鬣を撫でる。それに返事をするように、そっと横面をすりよせるスレイプニル。
「今回はありがとうな。じゃあ、またな」
鼻をかるく撫でてやり、そして送還した。そう、今回スレイプニルは片道しかつかわないから。帰りは王都に記録した【ワープポータル】で一足飛びで戻る予定だ。
ああ、そうだった。
「ミズキ、フローリア。少しいいかな?」
「何?」
「何でしょう?」
「ミスフェア公国近郊で【ワープポータル】のポイントセーブ──場所記録をしたいから、どこか良さそうな場所へ一度行きたいんだけど……」
そう。今度またミスフェアへ行きたいときは、この【ワープポータル】ですぐにこれるようにしておきたい。そのためには、忘れずに記録しておかないといけない。なので俺はそう言ったのだが、それを聞いたフローリアが、
「それならばアルンセム公爵家の敷地内ではどうでしょうか? きちんと説明をすれば、きっとアルンセム公爵も許可して下さいますわ」
「えっ……よろしいのですか?」
「はい。普通であれば他国民の転移先を、領主の敷地内に設けるなど問題外ですが、他ならぬカズキのためですから。きっとカズキは、王都と同じようにミスフェア公国にも貢献して下さるのでしょう?」
「いや、それは保障できませんけど……」
「ふふふ、そんなに身構えないで下さい。カズキの事は信用しておりますから」
そう笑いながらも、公爵家の敷地内を転移先に利用できるよう取り計らってもらえることになった。ありがたいし確実ではあるが、今後ミスフェア公国に来るたびに公爵にお礼をもってこないとダメかな。
まあ、そのあたりも公爵了承を得てからだな。俺達は、もうすぐ目の前にまできたミスフェア公国へ歩いて行近づいて行く。
山頂から見下ろした時に感じたのは、だいたい公国の大きさは王都と同じくらいだ。立国のおいたちが特殊なため、公国の周囲の土地もグランティル王国の土地だったりする。あくまで公国は、この周囲を囲む壁の中側の土地だけ。それでも活気があるのは、余所との交易が盛んな証拠だろう。
色々な事を考えながら進んでいくと、いつしかミスフェア公国の前にある大きな門の前に着いた。
ここはミスフェア公国の大正門であり、陸側の主要玄関にあたる。
朝っぱらから馬も無い三人組が徒歩できたので、門にいた守衛がいぶかしげにこちらを見る。まあ、しかたないよな。むしろちゃんと仕事してるって褒めるところだ。
ここでの対応は予め自分が行くと、フローリアに言われていたので俺とミズキは一歩下がって付いて行く。
「おはようございます、ご苦労さまです」
「おはようございます。通行であれば身分証明を提示して下さい」
「はい、こちらでお願いします」
にこやかに挨拶を交わしたフローリアが、身分証明としてギルドカードを渡す。名称としてギルドカードと呼んでいるが、あれは身分証明書みたいな存在だ。ようするに、ペーパードライバーでも免許証を持つのは、身分証明用だって事と同じだ。
「確認します。…………ッ!?」
「いかがなされましたか?」
「あ、いや……でも確かにそのお顔は……失礼致しました!」
別段失礼な態度はとっていなかったが、まさか目の前にいるのがグランティル第一王女だとは思っていなかったのだろう。偽造不可の身分照明に、自身の記憶にある王女の顔をみて、目の前にいるのが本物であると確信したのだろう。先程以上に背筋を伸ばし、声も震えながら半オクターブほど上がってる。
「こちら返却いたします。ようこそミスフェア公国へ! 歓迎いたします!」
「ありがとうございます。ですが今回私は友人とのお忍び旅行です。ですからこの訪問はご内密に願えますか?」
「はっ、了解致しました。ご友人方共々、歓迎いたします!」
「それでは、失礼致します」
歓迎を述べた守衛は最敬礼のまま、微動だにしなくなった。その前をフローリアはゆっくりと通り過ぎていく。俺とミズキもそれにならって、軽く会釈をしてから通行する。これが王族対応か、ちょっと優越感に浸れておもしろい。ミズキも楽しいと困惑の織り交ぜた表情を浮かべている。
公国内にはいっても、まだちょっと気持ちが落ち着いてない。だがフローリアはもうなれたもので、すたすたと歩いて行ってしまう。
「カズキ様、ミズキ様。とりあえずアルンセム公爵の家へ向かいます」
「了解です、フローリア様」
「わかりました、フローリア様」
公共の場にきたので、言葉づかいや態度を改める。つい先ほどまで友人として接していた時とは、異なる言葉に異なる距離。
だが、なんだろうか。本質の部分で仲良くなれたような気がするためか、使う言葉を少し変えたところで気持ちにはなんの変化も感じない。
少しずつだが、本当の信頼みたいなものが育まれている、そんな気がした。




