45.そして、まったり旅情なりけり
今回は幕間的なクッション回です。
ミスフェアへ向かうスレイプニルの馬上、ミズキとフローリアは相変わらずの女子会中。
いったいどこにそこまでの話題があるのだろうかと、本当に呆れを通り越して感心するしかない。
俺もさすがに目の前で会話していても、ずっと聞いているということはなかった。何かテレビでもついてる室内のように、心地良いBGMみたいに感じていたり。
たまに二人が話しかけてきたときは応対するけどね。
「フローリアって聖王女とも呼ばれてるでしょ? なんかこう……特別な力とか、そういうのって持ってたりするの?」
「そうですね……例えばこの目ですが、右の蒼い瞳は王族の血筋を表すもので、左の翠色が聖女の資質を表すものと言われてます。その二つを持つ者の目には、特別なものが見えるといわれています」
「へえー……それじゃあフローリアも、なにか見えたりするの?」
「はい。私の目は真実を見て、偽りを暴く力を持っています。魔法や道具などで、姿を消したり変えたりしていても看破する魔眼です」
「なんか、いかも聖王女って感じの能力だね」
「そうですか? まだ私が政治の表舞台に立たないからなのか、あまりこの力を実感したことはないのですけれど」
「今までに、何か役に立ったこととかは?」
「そうですねぇ……」
なぜかチラリとこちらを見るフローリア。……おい待て。何を言うつもりだ、おい。
「今までですと……そうですわ、とある方が私の部屋に忍び込んだ時には発動しましたわね」
「フローリアの部屋!? それってお城の部屋ってこと!?」
「はい。なんとも大胆な方でしたわ、うふふ……」
おいー……何言ってるんですかこの人は。今思い出したけど、フローリアってミズキよりも一歳年下なんだよな。それでこんな感じなんて、本当に将来が末恐ろしい。国の行く末もある意味不安だ。
「そういえばミレーヌ様もその……」
「左右の瞳の色が違うことを、オッドアイって言うんだよ」
「オッドアイ……なんか素敵ですね」
会話の流れ的にもしかしてと思ったが、やはりこちらの世界ではオッドアイという呼び方は存在しない、もしくは一般認知されてはいないようだ。まあ別にどうというわけではないが、なんとなく教えたというところですはい。
「それでその、ミレーヌ様のオッドアイにも、何か魔眼的な能力とかあるの?」
「はい、ありますよ」
んなにぃ!? あるの!? 何があるんだよ、っと。このまま会話を聞いていればいいのか。ふー、落ち着け俺。
「ミレーヌの目は私と色が左右対称なだけですが、能力の方は少し違ってます。ミレーヌが言うには『人の本質が色で見える』だそうです」
「人の本質が、色で……見える?」
「はい。私も最初はどういう意味なのかと思いましたが……」
フローリアの話をまとめるとこうだ。
ミレーヌは人を見ると、その人の周囲に光が見えるらしい。マンガ的な表現ならオーラが見えるとか、そういう類の事なのだろう。ともかく、その人を見るだけで人の本質がわかる魔眼だとか。
そんなものが常に見えてるのは、生活に邪魔じゃないのかと聞いたら、普段はほとんど見えてないらしく、意図して意識を集中するとハッキリ見えるらしい。
ちなみに善良であればあるほど白く眩い光となり、悪意が深い人ほど暗い闇のような色合いが見えるという。ただ、普通はそんな両極端な人はおらず、黄色やオレンジ色が主で、たまに青っぽくみえる人がいる程度だとか。だが、
「ミレーヌ様はフローリアを見たことってあるの?」
ミズキの何気ない質問に、フローリアは押し黙ってしまった。
「あれ? えっと、聞いたらいけなかった?」
「いえいえいえ。全然大丈夫ですよー……ふふふ」
大丈夫そうじゃないです。でも今はどこにも逃げられません。覚悟をきめて話を聞くことにする俺とミズキ。まあ、もしかしたら大したことじゃないかもしれない。なんせフローリア様は聖女設定があるんだからね。
「以前ミレーヌが私を魔眼で見たときがあったのですが、その時私の周囲には眩い白光が燦然と輝いていたそうです」
「そ、そう! さすが聖王女フローリア様って感じ……」
「……そうですが、驚きながらこう続けて言ったのです。『でも交互に、眩い漆黒も輝いてるよ』と」
重い沈黙が訪れた。それはもう、どんより重い空気です。
ミレーヌ様は公爵令嬢ということは、すなわち王家の血筋ということ。つまりフローリアは親族であるミレーヌに、腹黒聖女認定されたってことでよろしいでしょうか。よろしくないけど。
腹黒といっても、小悪魔系の進化版といったところか。フローリアの小悪魔性質ってのは、ここ最近の様子を見るにこの三人でいる時ほどよく見かける気がする。つまり気を許した相手にこそ、そういった自由奔放な本質を見せているということか。
これはミレーヌ様も苦労しているのかな。年の頃はまだ11歳だったか。……強くなれよ。
「そ、それは……そう! 太陽を見た後、しばらくは視界が暗くなったように見える感じ……つまり、強すぎる光を見た後は逆に暗く見えるようになるあの状態ですよきっと!」
「そうなのかしら、そうね、きっとそうなのね、ふふふ……」
こえー……女子会こえぇ……今は絶対かかわりたくねぇよ。……スレイプニルよ、お前もブルってんのか。よしよし、頑張って生きような。
「そういえば、先ほど戦っていた時のミズキ……」
「あ、うん。何かな?」
おや、フローリアが会話を切り替えたか。嗚呼、よかった……。
「いつも腰に下げているその剣を使ってましたよね。凄く強そうな剣でしたけど、何か特別なものなのですか?」
「あ、あー……えーっとね……」
何だ、今度はそっちの話題にいったか。おいミズキ、こっちを見るんじゃない。
「何といいますか……そう、その剣を振るう姿があまりにも自然に見えて、まるで自分の手足のように自在に操る様は、よほど信頼のおける由緒ある剣とお見受けしました」
「えっと、これはね……」
「これは?」
「この剣はね、私の誕生にその……お兄ちゃんが……」
「カズキからのプレゼントなのですか!?」
驚いたフローリアがこちらを見る。妹の誕生日にプレゼントする甲斐性なんて、無い兄だとか思われてたのかも。そんなワケないか……ないよね?
「カズキは剣を作ることもできるのですか?」
「あ、いや。とあるツテを頼って入手した剣で、俺が鍛えたわけじゃないですよ。まあ、そこに俺が少しばかり魔法を付与して、装備するだけで色々効果がありますけど」
どんな効果かはあえて言わない。ちょっとお兄ちゃん過保護すぎ! って怒られちゃうかもしれないからな。
「カズキの愛情が籠っているわけですね。それでミズキ、その剣の名前は何と言うのですか?」
「えっ……」
「名前は無いのですか? こういった特別な武器は、名前を与え所有者登録をするのが通例だと思ったのですが」
「あ、いえ…………あります」
目を泳がせたミズキが、がっくりとうなだれながら肯定する。まあ今は親友という立場とはいえ、相手は王女だからごまかすなんてできないだろうし。まあ、フローリアの場合はごまかしても、その魔眼を通して真偽を看破されるかもしれないし。
「その…………です」
「え? すみません、よく聞こえませんでした」
「その、おに……き、です……」
「え? あの……?」
顔を赤らめて半ば俯いてごもごも口ごもるミズキ。なんか俺の方も恥ずかしくなってきたぞ。
そしてミズキは決意したのか諦めたのか、顔をあげて一瞬俺を見たあとフローリアに向けて、
「これは……『お兄ちゃん大好き』ですっ!」
はっきりと言い放った。
その迫力に驚いたフローリアだったが、すぐに笑顔になる。だが予想に反してその笑顔は、優しさに満ちているように見える。
「ミズキの想いがたっぷり込められた名前ですね。とても素敵です」
「え、あ、あの……?」
「そのように想われて、カズキも幸せですね」
「あのね……?」
「私も世界で最も尊いものは、愛だと日々思っております」
「あの……」
「そうですわ、よろしければもう一度、ミズキの愛剣の名前をお聞かせ願えますか?」
「…………」
指を組んで拝むような姿勢で、ミズキをじっと見るフローリア。
……うん、あれだね。もし今ここにミレーヌ様がいたら、きっと目を覆わんばかりの真っ黒な輝きに満ち満ちてるんだろうね。
「ふっ……ふっ……」
「ミズキ? どうされました?」
「フローリアァァァアアア!!」
「きゃー♪」
俺は何も見てないし、聞いてないぞ。
スレイプニルも耳を伏せてるけど、そうだね。それがいいね。
しばらく俺達は、黙々と騒ぎ立てながら、深夜の道を粛々と駆け進んでいった。
そろそろミスフェア公国へ到着します。




