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41.それは、知らぬ間に備えてた

「………………」


 先ほどからフローリアの表情が浮かない。原因はおそらく、先ほど気になった事だろう。正確に言えば『気になってしまったという事象が気になる』といったところか。

 俺もミズキもそれがわかっているので、どうにも声を掛けづらい状況になってしまっている。

 とはいえ、そのままにしておくわけにもいかない。


「フローリア」

「……はい」


 呼びかけてみたところ、まだ返事をするくらいには気を向けてもらえた。とりあえずスレイプニルは立ち止まらせる。


「正直に答えてくれ。フローリアは先ほど感じた“何か”が気になっているんだな?」

「……はい」


 一瞬返答を躊躇した様子だったが、聖王女たるフローリアが大事な場面で虚言を発するはずもなく、あきらめたように正直に返答した。


「それじゃあ、少し様子を見に行くか」

「うん、そうだね」

「えっ……」


 俺とミズキの言葉にフローリアが驚く。まあ、本当に大事な時にはいたって生真面目な彼女らしい。これでわずかばかりとはいえ、引き返すのは迷惑だとか思っているのだろう。


「そんな不安に押しつぶされそうな顔でいられると、俺もミズキも、何よりフローリアが楽しくないだろ?」

「そうだよ。ちょっと戻って、なんかあってもパパッと片付ければいいことだよ」

「二人とも……わかりました。宜しくお願い致します」


 丁寧に頭をさげるフローリア。そうと決まれば、さっさと戻って終わらせよう。

 待機状態のスレイプニルへ、反転して進むように指示を出す。すぐさま元来たほうへ戻り進むが、少しして前方に先ほど追い越した馬車が見えた。


「少し横にそれて森の中に行くぞ」

「え? それは何で……」

「説明は後。とにかく静かに頼む」


 俺の声色から何かを感じたのか、二人は頷いたのちしばらく口を開かなくなる。

 森の中に入り、多少道から外れたものの、注意深く観察されたら気付かれるような位置にいる。


「【インビジブル】」


 そしてスレイプニルの周囲に発生している風魔法障壁ごと、隠蔽の魔法をかける。スレイプニルには障壁に気配遮断をのせてもらっているので、視覚的にも認識不可にすればまず見つからない。

 案の定、しばらくしてやってきた馬車は、そのまま事も無げに走り去って行った。もし馬車の中にサーチ系魔法の使い手がいたとしても、この強固な隠蔽をやぶることはできなかったであろう。


「よし、立ち去ったようだな。行こう」


 俺の言葉でスレイプニルが再び走り出す。ただし、先ほどよりも遅めにだ。


「フローリア、どこか気になるような場所はあるか?」

「……はい……戻ってくる間もずっと……あ! あそこです!」

「へ、どこ?」

「あそこです! あの、気や地面が少し歪んでいる……」


 そう指差す場所をみてみる。すると、確かにわずかばかりだが、空間が歪んでいるかのような場所が確認できた。っていうか、何あれ。


「ねえ、あれがフローリアが気にしてたものの正体?」

「おそらくは。あの歪んで見える場所は、何かイヤな感じをうけます」


 おおよその場所がわかり近づいてみると、そこはかすかに空間がおかしな感じになっているように見える。なんというか、水中なのに水流が視覚できる……というか、そんな印象を受けてしまう。

 こんなものLoUに実装した覚えはない。ならば、何か自然発生した現象なのだろうか。

 かなり不確定要素の高い状況だ。二人はスレイプニルに乗せたまま、俺だけ近づいてみる。もし本当に危険を感じたら、スレイプニルには緊急離脱する事を伝えてある。


「……何だこれは……」


 より近づいて見てみれば、その異様さは一目瞭然だった。そこはまるで空間が、歪にひび割れているというか、綻んでいるいるというか……。とにかく自然界では絶対にありえない、そんな状況であった。

 何か空間に裂け目でもあるように見えるが、その周囲の空間がただ裂けているというより、捻じれて引き延ばされているというか。ともかく異様な光景だった。

 その不思議な状況に、少々危険かとも思ったが石を投げてみた。すると裂け目にあたった石は、一瞬にして裂け目の形にくりぬかれた。そしてそのまま裂け目に吸い込まれるように消えた。のこった破片も、幾つかは吸い込まれたが、逆に幾つかははじかれるように地面にたたき落とされた。

 ……分からない。分からないが、これは危険だ。

 このまま放置しておいて、影響が増長しないとも限らない。なによりフローリアが、あそこまで気にしていたのだ。無視することはできない。

 しかし、なんでまたこんな空間に不可解なモデルが……モデル!?

 自問自答に思わず反応する。これはまさか──。






 素早くログアウトをする。今向こうの時間は止まっているので、あの現象も止まっているだろう。

 念のため一度PCのLoUは終了しておく。そして確認するのは……フィールドのモデルデータだ。もともとLoUはフィールド関係は3Dのモデルを使用している。そのフィールドデータについて、少し調べておきたいと思ったのだ。

 モデリングビューワを起動して、王都から北側のフィールドデータを読み込む。そこはミスフェア公国への道だが、まだまだ王都に近いくらいの位置。

 ビューワで表示されるモデルを順番に確認していく。そして、おそらくこの辺りがそうだろうというデータを表示しようとした瞬間、ビューワの反応速度が著しく低下した。そしてようやく表示されたフィールドモデルは──


「やっぱりか……」


 俺は思わずつぶやいてしまった。自分の嫌な予感が当たってしまったと。

 そこに表示されたフィールドは、向こうの世界で不思議な状態になっていた部分を中心に、細い線というか針というか、まるでそこに栗かウニでもあるような、そんな奇怪なものが表示されていた。実際の栗などとはちがい、遥かに長い棘のようなものが無数に飛び出しているだけの存在だ。

 ようやく確信を得た。


 これは──『バグ』だ。


 『バグ』とはゲーム内のデータやプログラムのミスによる、動作不具合を事だ。あまり大きな声では言えないが、ゲームというものは基本的にバグがあって当たり前の物である。それを以下に減らすかが、ゲームの良し悪しを決めるというものでもある。

 今回のこの現象は、データ側のバグだ。このフィールドモデルの地表の上、本来なにも存在しないハズの場所に“ごみデータ”が存在したのだ。ただし、やっかいなデータだ。

 普通にいらないデータがあるだけならば、さっさと削除してしまえばいい。だがゲーム開発を終わってしまった今、このモデルデータを加工する人物がいない。それに、今からフィールドデータを加工してしまったら、あの世界へどんな影響を及ぼすかわからない。手続き的なもので、パッチとしての修正は問題なく受け付けるようだが、モデルデータをプログラマである俺がパッチで加工するのはさすがに困難だ。

 とあると、手段は一つしかない。


 向こうの世界で『アレ』を直接消し去るしかない。


 だがそこにも問題が発生している。

 あの不可思議な空間は、触れた物を消滅させてしまう力を持っていた。その力がどこまで作用してくるのか不明だが、こちらがゲーム内で用意した魔剣とか神剣クラスをも打ち砕くほどなら……そう思うと、うかつに武器を使用できない。そしておそらく、魔法なども打ち消すのだろう。

 だがどう考えても、何かしらの手段で消し去るしかない。

 しかしこんな事を想定しているわけがない。こんなこともあろうかと……と、気楽に持ち出せる武器も案も今の俺には……あ。

 一つだけ、心当たりがあった。

 それなら多分、いや。おそらくはほぼ確実に消し去ることが出来ると思われる。

 あわてて実装データを見る。そして自キャラの所持品に追加するパッチを作る実装。アイテムを一時的に所持させるパッチはテンプレを用意してあるので、すぐに実行させて終了した。

 そしてLoUを起動して、ログインをする。






 インをして周囲を見るも、少し離れた場所にミズキとフローリアがいるだけだ。

 それを確認して、俺はストレージ内におさめてある武器を一つ取り出した。

 がっしりとした見た目とは裏腹に、非常に軽い両手剣。



 『ディバイディング・ソード』



 かつての製作スタッフの一人が、何故か熱心に作り上げた武器だ。アニメが好きなヤツで、これも某アニメの武器を参考に作ったらしい。

 一番最初はソードではなく、やけにでっかいドライバーだったのだが「さすがにそれはないだろ」という声にしぶしぶ仕様変更した。だが、次の形状はこれまたでっかいハンマーで、しかも金メッキでも貼ったかのような黄金色。これにも反対がでて、最終的に今のソードになった。

 ただ、設計当初から性能だけはずっと変化なく、それがそのまま武器の名前=ディバイディングとして受け継がれている。要するに『分割』だ。この武器は、空間を分割──切り裂く力が込められている。


「……では、お借りします」


 かつての同僚に、この武器を使うということを伝えるべく呟く。

 不思議な空間の前に歩みを進め、ゆっくりと構え、力の限り──振りおろした。


モデルデータにどういった不備があったかは次回に。

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