397.それは、ささやかな独占欲にて
追記:現在本作は更新を停止しております。再開は未定です、申し訳ありません。
壬谷温泉街を一通りぶらりと廻ってから、俺達は宿へと戻った。
温泉街とはいえ観光客が主に訪れる場所は有限な為、途中でミズキ達とも合流した。あっちは女性ばかりなので、何かナンパ的なものはなかったかと聞いてみたが、どうやらゆきが一緒だったせいで挨拶をする者はいたが、そういう不埒な感情で話しかけてくる者はいなかったそうだ。
宿に戻ると全員が、まず夕食の前に温泉に入るとの事。確かに折角の温泉宿、それを堪能しないのはもったいない。その考えに俺も同意し温泉へ。……ああ、もちろん俺は男湯で一人だよ。以前の旅行では場合によっては家族風呂とか入ったけど、さすがにこれだけの面子がいる中でやるのは度胸がいる。
それに……家族風呂となると、一緒するのは許婚達とヤオという事になるが、今の俺はその許婚の中に一人まだ扱いに慣れない人物──リスティがいるのだ。姉のアミティ王女曰く、リスティが俺と婚姻関係になることは両親……ラウールの国王様や女王様も既に気に留めているので、問題なく事は進むらしいのだが。
一人宿の敷地内に設置された露天風呂につかりながら呟く。
「……とりあえず、帰ったらちゃんと挨拶しないとダメだよなぁ」
「何がダメなのじゃ?」
「何って、帰ったらまずはリスティとの事をラウール王国に挨拶に──え?」
気が抜けた状態だったので何の気なしに返事をしてしまったが……おい。確かさっき入った時は俺一人しかいなかったはず。そう思い声がしたほうへ視線を向けると。
「ん、どうしたのじゃ主様よ」
「うぉあ!? な、なんでヤオがいるんだよ?」
「これ、急に立ち上がるな。まったく……いきなりナニを見せるのじゃ」
「ちょ、おまっ」
驚き湯船から立ち上がるも、半笑いでこちらを見るヤオの表情にあわててザブンと湯船の逆戻り。既にヤオ達とは何度か湯船を共にしているが、気持ちの用意が出来てない状態だったので普通に恥ずかしい感情がわきあがる。
そのまま湯船につかりながら数回深呼吸をする。無理やりにだが多少気持ちが落ち着いたようなので、もう一度先程の問いを投げてみる。
「……で? なんでこっちにいるんだよ」
「何でと言われても……わしは宿に戻って来てからずっと主様と一緒にいたぞ」
「えっ」
予想外の言葉に絶句。きけばヤオは、宿に戻ってきたときに俺の影の中にはいって暫く休んでいたらしい。しかし何故そんなことをいていたのかと聞くと。
「ん~……そうじゃのぉ、宿の部屋では主様は一人じゃろ? もしかして寂しがっているのじゃないかと思ってのぉ」
などと言われてしまえば、こっちも続く言葉を止めざるを得ない。一人になって寂しいというほどではないが、先程までの喧騒からの一転で少々手持ち無沙汰的な状況だったのは否めないかもしれない。
「……まぁ、それなら仕方ないか」
「うむ、仕方が無いのじゃ~」
機嫌よく返事をしながら、ヤオがいつものように湯船での手酌セットを取り出す。それを何のてらいもなく湯船に浮かべ、更に取り出したお酒──たぶん先程購入してきた物だろう──を徳利につぐ。そしてその徳利は湯を張った手桶にいれ、お猪口に新たに注いでお酒をしまう。そしてそのままぐいっと飲む。
「ふうむっ、いい味じゃ。ここの裏手にある山からとれる清水で作った酒じゃとか言うておったな」
なるほど、やはりこちらの地酒らしい。こっちに来て早速買いあさっているのは、いかにもらしくその情景が目に浮かぶようだ。
「酒ってやっぱり同じ物を使って同じ手法でも、場所でそんなに違うのか?」
「勿論じゃ。酒の出来上がりに関わってくるのは、単に原材料だけという話じゃないからの。その原材料……この場合主に麦じゃが、それが育つたまでに触れた水や大気はこの土地のもの。なれば、当然酒となる手順にて使う水もこの地のものが良い。それに長い間この地で受け継がれた酒造りの手法、この地の気候や風土も踏まえて培われたものじゃ。同じものを余所へもっていき、全く同じ手順を踏んでもまともな酒になどならぬわ」
「………………」
なんとも饒舌なヤオに、思わずポカンと絶句してしまう。
「……なんじゃ?」
「あ、いや。なんだかあまりに饒舌で……水を得た魚というか、ツボにはまったオタトークというか……」
「……なんじゃか、後半少しひっかかるが……まぁたまにはええじゃろうて」
そういいながら、先程お湯につからせた徳利を傾けてお猪口につぐ。それをくいっとあおり「くふぅ~!」と満足そうに唸るヤオ。
その幸せそうな顔は見るに、今回の温泉街は当たりだったのだろう。
「それにしてもヤオは自分の思いに素直だな」
「ん? 何がじゃ?」
「新しい街にきて、さっそくお酒を買いあさってるんだもんな。でもまあ、ヤオらしいといえばらしいな」
ともあれ羽を伸ばせてるようで一安心。暖かい湯船と、野風にさらす頭の温度差が気持ちよく、湯船の淵にもたれ顔を上げて空を見上げる。
「まぁな。この地に走る地脈がとても良くてのぉ。どうやらこの宿の後方にある山、そこの山頂にはその地脈を辿り気付いた寺があるようじゃしの」
「…………お寺?」
「うむ。なんじゃったかのぉ……どこぞの名のある僧が開いたとか言うておったかの」
「はい、知ってますよ。たしか……そうそう、弘法大師様がお開きになってお寺ですね」
風呂上り後、宿の仲居さんに聞いてみるとそのような返答が帰ってきた。すぐに答えたところを見るに、この辺りでは広く浸透している事なのだろう。
家内安全とか健康祈願といったご利益があると祀られているらしく、この宿にもよくよく目をこらすと何箇所かに御札が貼ってある。……よくホテルとかにある厄除け札じゃなかったのね。でもこっちの世界は、馬車とかにつける魔除け札もあるし、もしそうであっても効果はあるのか。
それにしても弘法大師か。確か歴史とかでは『空海』の名前で有名な人だっけ。あ、ことわざの『弘法にも筆の誤り』のほうが有名かも。
どっちにしても、そんな由緒ある人が関わったお寺か。ちょっとばかり興味あるな。
明日にでもちょっと見に行ってみようか……そんな事を考えながら部屋へと戻る道すがら。
「……カズキ」
「……カズキさん」
「ん? あれ、フローリアにミレーヌ。どうしたん……の……?」
呼びかけられた声に顔を向けると、そこには浴衣姿のフローリアとミレーヌが。だが、何故か二人ともどこかお冠状態。
えっと……なんで?
「カズキ、ヤオさんと一緒にお風呂入っていたんですか?」
「えっ」
「ずるいですよ、何でヤオさんだけ!」
「あ、いや、それは……」
ぐいぐい詰め寄られ、気迫で壁際に追い込まれる。そのまま二人は俺を逃がさぬように、体の左右にダンッと手をつく。いわゆる壁ドンだ。両方だから壁ドンドン? なんてお馬鹿なことを考えていると、そのままぐいっと二人に詰め寄られる。
「……いいですか? 明日は私達とご一緒してくださいね?」
「えっと、その明日は──」
「いいですね? 私達とご一緒してくださいね?」
「は、はい……」
すぐ間近で、オッドアイの魔眼二人にぐいぐい見つめられた俺は、どうにも居心地悪くて結局折れて了承した。
その後、先程思いついた山頂のお寺について話すと、
「では明日はそのお寺へ参りましょう」
「そうですね! 楽しみです」
との事。
そんな訳で、明日は山頂のお寺へ行く事になった。
あれ? ところで他の人達は……えっと?
現在私が小説家になろう様にて、別に連載している小説がそろそろ完結となります。
そちらジャンルが全く別の悪役令嬢モノですが(ざまぁは無いです)、完結までしばらくそちらに専念しますので、一時的にこちらの更新が停止します。
申し訳ありませんが、ご了承のほど宜しくお願い致します。




