396.そして、温泉街へと足を運ぶ
リスティとの婚約話もひとまず落ち着いたところで、俺達はようやくといった感じで温泉街へ繰り出すことにした。今この場にいない人……ミズキ達は既に十二分に楽しんでいるのかも。
しかし俺は、ここ壬谷温泉街については何も知らない。ならば今ここにいる者で一番知ってそうなのは──エレリナか。そう考えたので、確認のために聞いてみようかと思った時。
「あっ、皆さん来ましたね。お待ちしていました!」
「ん? …………ああ、シズクさん」
宿を出て温泉街へ向かう道すがら、俺達に声をかけてきたのはシズクさんだった。
「えっと、ゆき達の案内しなくてもよかったんですか?」
「はい、大丈夫です。ここの案内も渡しましたし、何より私以外にも何名か狩野の者がおりますので」
「へぇ~そうなんだ」
全然気付かなかったと感心した様子をみせると、シズクさんはどこか自慢するような表情で話を続ける。
「はい。実はですね、私達の──」
「……シズクちゃん?」
「ひっ!?」
だが、エレリナの声──言葉なのに鋭利な刃物を感じさせる声──で、シズクさんは言葉を切ってしまう。
「申し訳ありませんカズキ。これは一応一族の中でも秘匿性の高い事柄なので」
「うん、しょうがないね」
「はい。私個人としてはカズキに秘密を持ちたくありませんが、こと一族に関することなのでこればかりは……すみません」
別にエレリナが悪いわけではないのだが、少々気落ちさせてしまい申し訳ない。だが俺としては全然気にしてない。寧ろそんな結構大切な事なら、なおさら聞けない……というか聞かないほうがいい。
……それにしても、そんな事をサラっと言おうとするあたり、シズクさんはどこか……そうだなぁ……ポンコツ属性でもあるのだろうか。さすがゆきの親友!
「ふぃっくしょん!」
「わっ、どうしたの?」
「ん~ー……たぶんカズキが私の悪口言ってるんだよ、コレ」
「えー……お姉ちゃん、そんなベタな……」
「いやいや。この世界がカズキの采配一つで成り立ってるのは知ってるでしょ? きっと今のクシャミ、『お約束』が具現化した現象なのよ」
「そうなんだ……この世界ってカズキさんの思考嗜好に染まってるのね……」
「ッ!?」
突如、何の前触れもなく身震いするような感覚におそわれた。それに気付いたのは隣にいたフローリアだ。
「カズキ、どうかしましたか?」
「あ、いや……なんでもない、なんでもないよぉ。ははは~……」
何となくだが、今のことはさっさと忘れたほうがいい。なぜだか本能的にそう思ったのだった。
少し歩いて行くと、すぐに賑やかな温泉街へと入った。というか、俺達が泊まる宿の立地がよく、宿泊客に街の魅力が存分につたわるような状況なんだとか。言われてみれば確かにそうだな。せっかくの旅行者が、存分に観光もできなければ魅力半減だ。
温泉街ということで、あちこちに定番の湯気がのぼる光景もあり、道の両脇には店が立ち並び幾つか屋台もでている。そのあたりの光景は、どの温泉街でも変わりないか。
「とても賑やかですね」
「そうね……民の活気が溢れている感じね」
リスティとアミティ王女が少し興奮したような声色で話している。聞けば二人とも、こうして温泉街を歩くのが初めてなんだとか。確かに一国の王女ともあれば、たとえ温泉地に来たとしても高級宿のまん前まで馬車付けだろうし、ましてや自分の足で歩くなんてことはなかなか無いだろう。
そう考えたところで、俺は少し気付いたことを聞いてみる。
「あの、アミティ王女。特に伺いもせず散策に来てしまいましたが、疲れとか大丈夫ですか? あまりこうやって出歩くことがないのかと思って……」
「ふふ、ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」
そう言って腕に巻きついた白いブレスレット──彼女の召喚獣である白蛇が装飾品形態になっているもの──をそっと撫でる。彼女がニクスと主従契約していることで、身体ステータスの底上げがされているのか。
「なつほど、それなら大丈夫そうですね」
「ええ、ご配慮感謝いたしますわ」
「……ねえカズキ。なんでお姉さまには聞いておいて、私には聞かないの?」
よかったと安堵するもつかの間、リスティが頬を膨らませている。
「あ、いやその……リスティはなんだか元気そうだったから、大丈夫かなーなんて。ホラ、以前ミスフェアの洞窟で転移した時も元気だったし……」
「あの時私は、ほぼずーっと白狼に乗っていましたわ」
「あ、そう……だったかな。ははは……」
少し離れてみていたフローリア達は露骨にため息をもらす。すごくわざとらしくて、どう見ても「女心を理解しなさい」という意図が漏れあふれている。
そんな俺にリスティは、「……ん」と手を差し出した。
「えっと?」
「……お詫びに、しばらく私の手を引きなさい」
「…………うん、わかった」
「あっ…………」
伸ばされた手を優しく握ると、ちょっと強く……といっても俺にとっては、軽やかな感じに握り返してきた。
それを見たアミティ王女は「あらあら、うふふ」とおだやかな笑みを浮かべる。
「はいはい、それじゃあひと段落したところで行きますわよ」
「ちょっ、フローリアっ」
「いいではありませんか。それともカズキの反対側を私が握っても?」
「…………行きましょ、カズキ」
「ふふ、今日は特別ですわよ~」
ぐいぐいと手を引くリスティに連れ出されながら振り返れば、ニコニコしながら少し後ろをついてくる皆。どうやら今この場では、新たに婚約者となったリスティへの特別サービスとして少し二人だけにしてくれているようだ。
もちろん俺もリスティも、すぐ後ろに皆がいるのは理解している。だが、こうやって並んで歩く場に二人しかいないというのは、結構感じ方がかわるものなのだ。
なので隣を歩くリスティも、いまやご機嫌な感じである。
──ただ、そんな彼女を見て思う事が一つあった。
こういう関係になったからには、リスティに……もしかしたら姉のアミティ王女にも、俺の持っている秘密を話す事になるだろうと。
この世界に関することと、現実の世界に関すること。おそらくはそれで何かのトラブルになるとは思えないが、俺が抱えてる重要案件だからな。
そんな考えが顔に浮かんでしまったのだろう。ふと隣から覗き込むリスティの表情が少し曇る。
「カズキ? どうかしましたか?」
「あ、ごめん、なんでもないよ」
そう言いながらも、ちょとばかり自己嫌悪。今考えることじゃないよな、コレ。
「リスティには、後で聞いて欲しい話があるんだ」
「聞いて欲しい……ですか?」
「ああ。俺に関する秘密の事。許婚の皆は知ってる事なんで、リスティにも話しておきたくてね」
ちょっと驚いたような素振りをみせるが、すぐ真剣な……でもどこかした笑みを浮かべた表情になるリスティ。
「わかりました、それじゃあ後でお聞きします」
「うん。…………さあ、温泉街を楽しもうか」
「はいっ」
繋いでいた方の腕に、ぐっとリスティが抱きついてきた。その瞬間後方から「あっ」とミレーヌの声が聞こえた気がした。
やれやれ、あっちはあっちで後で何かしないとダメかなぁ……。そんな事を考えながら、ようやくこの地を楽しみ始めるのだった。




