394.そして、一つ目の理由
「は~い! ここが皆様がお泊りになるお宿でーす!」
「「「「おお~……」」」」
シズクさんに案内されてやってきたのは、いかにも和風温泉旅館! という風情ある建物。まぁこの時代だから当たり前なんだろうけど、やっぱり本場本物は違うね。何というか……同じような外見や建築をしていても、扱う素材などの良さを全部引き出しているとでもいうのだろうか。こういうのを見ると、大和国の和風旅館ももっとブラッシュアップしていきたくなる。
ちなみにこの街、壬谷温泉街という名前らしい。壬というのは“水”という意味で、この街がある盆地が大きな二つの川に挟まれ、なおかつ盆地にも天然の温泉が沸き、さらに目の前には大海が広がるということで名づけられたという話だ。
その壬谷温泉の中でも、俺達が案内された温泉宿はかなりの名店らしい。盆地の中でも小高い丘に立ち、その玄関口広場からみわたせば温泉街とその向こうの海を一望できるほどだ。
なんでもここの旅館の旦那と女将は十兵衛さんの友人で、狩野一族とも深い面識をもっているとか。なので十兵衛さんも、安心してこの旅館を薦めることができたと。
「一応ここの仲居には狩野と関係のある人も多く、今回私達狩野からの特別な招待客で皆さんがやってくることも既に周知してありますので」
「そうですか、どうもありがとうございます」
「ですが……本当によろしいのですか? 確かに老舗旅館ですが、その……余所からいらした王様をお迎えすると思うと……」
シズクさんの表情がすこし曇る。実際のところ、今ここにいるメンツだけで王族は四人いる。ミレーヌも血筋を鑑みて含むならば五人だ。それに相応しいのかという思いが浮かんでしまったのだろう。
だがそれを隣で聞いていたゆきが、笑いながらシズクさんに話しかける。
「シズク、そんなの全然大丈夫だよ。むしろカズキなんて、こーゆー旅館とか好きでしょ?」
「あ、わかる? そうなんだよねぇ~……なんか風情というか……」
「うんうん、アレだよね。えっと……わびさび?」
「そうそう! この風景の中にどっしり鎮座した旅館が、この辺りの思想文化を体現しているっていうか……」
「……そう言っていただけると助かります」
俺のつたない表現ながらも、喜んでいることは伝わったようでシズクさんは安堵の表情をうかべる。俺以外の皆も、ここの旅館や温泉街に興味津々だ。
「では皆様、まずは記帳をお願いします。先にお部屋へご案内いたします」
「あれ? もしかしてシズクが仲居してるの?」
「はい。今回のカズキ様御一行の案内において、私が行うようにと十兵衛さまより仰せつかっております」
そういえば、旅館についてからの口調が少し丁寧になっている。これは仲居という立場を意識してのことだろう。とはいえ俺達には普通に話してくれた方が楽なので、旅館とか以外では普段通りで話してもらうようにした。ゆきの親友でもあるし、堅苦しいのは極力ないほうがいいからね。
ひとまず俺達はそれぞれ部屋へと案内された。といっても、俺の部屋はさすがに一人だけとなっている。今まではヤオが同室だったりしたけど、今回は一人ということで随分気楽なものだ。まぁ、本当になにか重要な用件があれ念話でもしてくるだろう。
……さてと。
俺がこういう旅館へ来たらまずやることがある。それは広縁──旅館の部屋の窓際にテーブルと椅子のあるスペースで寛ぐことだ。これまで泊まってきた旅館でも、広縁がある部屋では必ずこうしてたな。到着早々休むのも好きだが、深夜ふと起きて星空を見ながらのんびりするのが一番好き。
とりあえず、まずはここ──壬谷温泉の観光かな……と思っていたら。
「……カズキ、よろしいですか?」
襖向こうの廊下から、フローリアの声が聞こえた。実際のところ、向こうに何人かがやってきているのは気付いてはいたけど。
「ああ、いいよ」
「それでは失礼致します」
そう言って入室してきたのはフローリアだけじゃなく、リスティにアミティ王女、それにミレーヌとエレリナも一緒だった。
おそらくエレリナはミレーヌの付き添い的なものだろう。となるとこの面子は、王族およびその血縁者ということだろう。
それに気付いたところで、皆が何を話すためにここに来たのか思い当たる。おそらく道中で少し触れた内容に関してだ。あの時フローリアは、
『もっと仲良く、関係を進展する方法もあるでしょうに』
と漏らしていた。今の俺にとって、その言葉の意味がわからない事はない。
とりあえず部屋にあがってもらい、テーブル……ではないな。四角いちゃぶ台についてもらった。
座席は俺が中央で左右にミレーヌとアミティ王女。ミレーヌの後方少し離れてエレリナがいる。そして俺の向かいに、フローリアとリスティだ。これはフローリアがこの場の進行をまとめるという事なのだろう。
妙な緊張感で少し口がかわいたので、エレリナが淹れてくれたお茶をすする。……うん、やはりこっちで飲む緑茶は味わい深い。くどくない濁りがなんだか安心する。
湯飲みの中のお茶を半分ほど飲んだところで、俺はフローリアへ声をかける。
「……さて、そろそろ話を聞こうか」
「わかりました」
俺の言葉に頷くフローリア。その様子はおちついたものだが、逆に隣のリスティがどこか焦ったかのような表情を浮かべる。
その様子を確認したフローリアは、どこか苦笑めいたものを浮かべる。
「それではカズキ、単刀直入にお聞きいたします。彼女……リスティを貴方の婚約者として迎えるつもりはございますか?」
予想通りの内容だが、やはり改めて声にだされて問われると少し動揺する。何よりそれを口にするのがフローリア……自分の正妻予定の相手だというのだから余計にだ。
「……質問に質問で返して悪いと思うが……その、何故リスティを嫁に迎えるという話になったんだ?」
俺にとっては何より、まずそこが一番聞きたいところだった。正式に問われたというのであれば、きちんと誠意をもって返答しなければならない。それ故に事の成り行き、生い立ちを知る必要があると。
「…………わかりました。ではまず一つ目の理由をお話し致します」
えっ!? 理由って一つじゃないの? 驚く私に気付いているのかわからないが、フローリアはそのまま話し始める。
「カズキが国王となり納める大和国。これは大陸の東側に位置し、それはグランティル王国とミスフェア公国に近い場所です。しかもその両国に縁ある者がそれぞれ婚約者となっております。これは大陸東側だけで見ますと、強固な結びつきの生まれた歓迎すべき事でしょう」
その言葉を聞き、隣に座るミレーヌの顔を見る。俺の視線に気付くとニコリと嬉しそうに笑みをうかべた。
幸せそうだなぁとお気楽な感想を抱くが、続くフローリアの声に意識を戻す。
「……ですが、こと大陸全体として考えますといささか力の集中が懸念であるとも考えられます。カズキやその周囲にいる人物は、これまでの行いより大陸の国内外から非常に高く評価されています。それこそ、私達が公式に外へ公開してないような事案さえ、各国は情報を入手していると思います」
「……という事は」
これまでのフローリアの言葉で、なんとなく一つ目の理由が理解できた。
「はい。一つ目の理由……それは公的な理由です。一つ箇所に強大な力を集めないようにするため。東の大国グランティル同様、西の大国ラウールからも関係強化を図りたい、という訳です」
フローリアの声がどこか、重い現実味を帯びて聞こえた。
それは同時に、貴族とかって大変だな……という事実に改めて気付くのだった。




