392.そして、新たな絆の可能性
その後も少し話を聞いたが、結局のところ弁財天から金運の祝福を受けた者たちは、最終的にはかなり幸せになって暮らしたとのこと。
その祝福を受けるものというのも、万人というわけではないらしい。この島まできて、きちんと祠に手を合わせお参りをした者は対象となるのだが……。ここでなんと、どう反応していいのか困る選別──つまり“ふるい落とし”があったのだ。
祠の前にある鳥居だが、その真ん中を潜ったものはたとえお参りをしても『礼を欠いている』とみなされてしまうとか。だが恋人同士でやってきた場合、ほぼ確実に真ん中を通ることはない。手を繋ぐなり腕をくむなり、なんにせよ中央線を挟んで二人は鳥居を潜ることになる。
……要するにアレだ。有名なとんち小坊主の『この橋わたるべからず』の喩えではないが、端だ真ん中だと意図した箇所を通過していないため、その経緯は関係なく“祝福を受ける権利”を得ていたのだろう。とまぁ、並び歩く恋人が祝福を受ける可能性が大きいのは、そんなしょうもない理由らしい。
これに関しては弁財天も理解していたのだが、どうやら神様とかは自己の定めた規則以外も些事にはあまりこだわらないらしい。なので自身の使いである白蛇は、そのまま忠実に命を実行していたらしい。
よく『神様ってのは大雑把だ』なんて聞くけど、今回のことで実感したな。
ちなみに俺達はどうかという話だが、それ以前にこんな感じで対話しているため、祝福を望むなら授けよう……という話になったのだが。
俺達の方を見た弁財天は、どこか納得したように呟いた。
《…………なるほど、そういう事か》
「どうかしましたか?」
疑問に思い聞き返すと、思いのほか笑みを浮かべる弁財天。
《どうやらここにいる者たちは、既に私が与える祝福以上の金運を授かっているようですね。主にカズキのおかげで》
「…………え」
驚いて思わず皆の方を見る。同様に驚いてはいるのだが、どこか納得しているような表情にも見える。隣にいるフローリアも、満足げな笑みだ。
「そうですね。私達は皆カズキと出会い、共に居る事で多くの幸せを頂いております。なんとかそのご恩に報いたいと思うのですが、それを追い越す勢いで祝福を授けてくださってばかりで……うふふ」
にこやかな笑みを浮かべたフローリアは、そんな恥ずかしいことを堂々と言い放った。なんか、こういう事をサラッといわれると妙に落ち着かない。こればっかりは、領主だろうが国王だろうが変わる事はないだろう。
「そうだねぇ、お兄ちゃんと一緒だと退屈しないし」
「カズキさんは常々私達を驚かせてくれます」
いつのまにかミズキとミレーヌも俺達の両隣に立っている。先ほどまでは弱いとはいえ弁財天の氣に少々萎縮していたが、今はすっかり普段通りだ。
「まぁ私達もカズキといると毎日楽しいもんねぇ」
「その分色々と気苦労もありますが、それもまた嬉しいと感じます」
同じように、さらに両隣にゆきとエレリナが立つ。そんな彼女達からの想い篭る視線を受け、俺の顔の表面温度がじんわり上昇するのが自分でもよくわかる。
さらには少し後方に離れていた皆も、気付けばすぐ後ろにずらりとそろっている。俺の真後ろにきたヒカリちゃんは、
「なーんかカズキさん、モテモテですねー」
なんて冷やかしてくる。いやいや、さすがに許婚の5人以外にそういう感情は向けてないから。
「……わしらの主様は、ちょっとばかり異端でな。お主の申し出はありがたいが、どうやら不要のようじゃな」
《そうですね、ふふっ》
ヤオの言葉に笑いをこぼす弁財天。ともあれ、妙な諍いもおきなくてよかった。
それならばあまりこういう場所に長居は無用だろう。なんといっても、人々がお参りに来る場所なのだから。
そう思い、そろそろ──と立ち去ろうと思ったら。
「あ、あの! 最後にその白蛇様に触れさせていただけませんか?」
アミティ王女が白蛇を撫でたいとのこと。本当にブレないわこの王女様。
その後、アミティ王女が一応満足したところで俺達は島から戻った。一応……というのは、区切りをつけねばいつまでも離れないぞ──と進言したリスティの助言によるものだ。彼女の手も借りて、そこそこ満足してもらってお別れとなった。普段はどちらかというと、おだやかたおやか~という感じなのだが、こと蛇に関することでは無駄に一途になるらしい。
それでも以前とはちがい、召喚獣の白蛇がいる為急に忽然と姿を消すようなことはなくなったそうな。どうやら蛇を探しにたまに内緒で城を抜け出していたらしい。本当にそっち方面だけの行動力は半端ないな。
「しかし、カズキと交流があれば金運も含め、色々と運気が上昇するとはなぁ」
帰路で騎乗する召喚獣上から、そんなことをリスティが呟く。俺にも聞こえたが、会話あいては前に座っているフローリアだ。リスティにとって気安く会話できる相手というば、姉を除けば筆頭はフローリアだろう。その次がミレーヌあたりか。俺やヤオもそれに含まれるが、それ以外の者はやはり王族相手ということで多少萎縮するようだ。
もっとも、まだ少ししか一緒に旅してないがこの旅仲間内ではけっこうなじんできているようだ。
「リスティも、もっとカズキと仲良くなればいいのに」
「ん、そうか? でももう既に十分仲良くなっていると思うのだが……なあカズキ」
「あ、ああ。そうだね」
急にリスティに聞かれ、少し慌てて肯定を返す。何というか……リスティって、フローリアとはまた違ったお元気系のお姫様って感じで、気安い感じではけっこういいと思うんだけどね。妹だっていうことで、少し自由伸び伸びと育てられたのかな?
そんな俺とリスティを見て、フローリアがぽつりとつぶやく。
「……もっと仲良く、関係を進展する方法もあるでしょうに」
軽いため息をつきながら、そんな事を小声で呟く。その声はリスティに聞こえたが、当然俺にも聞こえてしまう。
そして、その言葉も意味もなんとなく理解できてしまう。
『いやいや、それは無いだろ?』
『ふふふ、どうでしょうね。答えはリスティ次第ですわ』
俺の前に座るフローリアから、念話でこんな返事をされた。前を向いたまま会話したので表情は見えないど、どんな顔をしているか手に取るようにわかる。
それが嬉しいか嬉しくないか、今の俺にはまだ判断がつかないのであった。




