383.それは、望まぬ再会
追記:次回更新は4/28(火)以降となります。
『……ふむ。主様よ、そろそろ覚悟はよいかえ?』
楽しげな声を念話で伝えながら、まんま愉快そうな表情を浮かべるヤオ。といっても、獰猛だったり残酷だったりという表情じゃなく、待ちに待ってた機会がきたー! という感じの表情だ。
これまで幾度か手合わせをし、手加減しているとはいえ俺にまともに攻撃を通す事ができずにいたのだが、どうやら今回はそれの突破口を見つけたようだ。……だとしたら、中々に頭が回るものだと感心する。
『いいぞ。当然覚悟なんてできてないし、するつもりもないけどな』
『かかかっ! それでこそ我の主様よ! それで、行くぞォッ!』
楽しげな表情から一転、懇親の意志をこめた顔に切り替えるヤオ。そして8つの尻尾をすべて地面へと突き刺す。その振動が伝わってくるが、それが狙いではなさそうだ。
とはいえ、巨躯を誇るヤオ──八岐大蛇の尾が地面にガッシリと突き刺さった振動だ。少し離れた場所で見ているギャラリーが、驚き騒いでいるのも聞こえてくる。
さて、それじゃあ何をしてくるのか……と思ったら俺の周囲の地面が、一斉に大きく何かに押されるように盛り上がった。よく見るとただ土が盛り上がったというよりは、柵のように等間隔に楔が湧き出たようになっている。いわば天然の檻か。その楔の先端が頭上で交差し、真上に逃げる道がふさがれた。
この状況に至るまで瞬きする間──とまではいかないが、一呼吸するほどの間に構築される。その手際のよさは中々感心モノだ。
だが、流石に強固とはいえ土の檻に閉じ込めて終わりではないだろう。となればこの後何をしてくるのかと様子見をしていると、檻の前に八岐大蛇の首が降りてくる。俺の様子でも見るのかと思ったら、そのままカパっと口をあけて──
「わっ!? なんだっ? 水?」
吹き付けられた物質に思わずたじろぐが、何のことはないただの水だ。もし毒などが混じっていても、このGMキャラにはなんにも効果も及ぼさない。だがこちらに吹き付けられたのは、何の変哲もないただの水だった。
とはいえその水も、俺にぶつかる瞬間運動エネルギーを0にされてそのまま地面へと落ちていく。
……のだが、ここで少しばかり変化が起きた。
「……これは……凍ってく?」
落下していく水だけじゃなく、見ればこちらに吹き付けられている水もその流れる姿のまま端から凍っていく。その不思議な光景に驚き、思わず凝視してしまった隙に、俺の周囲を覆っていた水は氷となり、全身をくまなく覆い尽くしてしまった。
『なるほど……周囲を氷で覆い、俺を閉じ込めたのか』
『うむ、中々に面白いじゃろ? 地中に流れる水に、我の魔力を注いで強化した特別制の氷じゃ!』
嬉しそうな声が聞こえてくる。全身が氷で覆われてしまい、頭が動かせないのでヤオの表情は見えないけど、声だけでとても楽しげなのは理解できた。
『その氷は、地下水から不純物を取り除き我の魔力を均一に混ぜ込んだ特別な水で作られた氷じゃ。その強度は岩や鉄なんかよりもはるかに硬いぞ』
身動きとれない俺に対し、よほど嬉しかったのか自分の手の内を明かしてくる。こういう場合普通は負けフラグだが、実際のところ確かにこの氷はビクともしない。俺の方から意図して触れる場合、自動の防衛システムは発動せず触れることが出来るのだが、氷に覆われた腕を動かそうにも全くぶれる気配がない。
以前聞いたことあるが、不純物の無い水はマイナス46度くらいまで下げないと凍らないらしい。つまり普段俺たちが目にする0度で凍るのは、純粋な水以外に色々入っているためだとか。
そしてこの水……これは純水にヤオの魔力が満遍なく入り、強固な氷として形成されていると言っていた。要するに、いまこの状態で内部より砕くのはおそらく不可能ということだろう。
気付けば最初に足止めのきっかけになった土楔が見当たらない。氷で動きを封じたので解除したのだろうか。
『さて、主様よ。どうやら此度は我の勝ちのようじゃな。素直に負けを認めてくれれば、すぐに開放するが……どうじゃの?』
『ふむ……確かにこれではもう体が動かせんな』
俺の言葉にヤオが嬉しそうな声を念話で送ってくる。
『そうじゃろ、そうじゃろ。それじゃあ──』
『だから…………抜けさせてもらうぞ』
『…………は?』
俺の言葉を聞き、遅れて間抜けな声をもらすヤオ。
その声を聞き、満足した俺はたった一言呟く。
「──【ムーブ】」
瞬間、俺の体は目測で10メートルは離れたであろう場所に移動していた。
『なっ! なんじゃとおおッ!?』
俺の頭にヤオの驚愕の絶叫が響く。うわぁ、念話でも感情が高まると大絶叫になるのか、うるさすぎだろ。
『あの程度で俺を拘束できるなんて思うな』
『そんな……今回のは中々自信があったんじゃがのぉ……』
見上げる巨躯が、目に見えて落ち込んでいる。
……とはいえ、正直なところ俺もかなり運が良かったといえる。
まず何より、動きを封じるための氷──水が、純水……不純物なしの真水だった事だ。そのため、ヤオの均一な魔力を混ぜて作った氷は、驚くほどの透明度を誇っていた。そのため、俺が使った魔法【ムーブ】の特性『目視可能範囲で自由に座標移動=瞬間移動できる』が発揮できたのだ。
そしてもう一つの幸運、それは【ムーブ】という魔法詠唱が「う」の口形だけで発音できたおかげで、氷に覆われて滑舌に多少不備がでる状況でも、問題ないく発音=発動できたことだった。これが口を大きくあける母音が「あ」の音が混じってたら発音できなかったかもしれない。残念ながらこのゲームには、脳内詠唱とかないんだよな。ショートカット設定はPCのファンクションキーだったし。今後こういう時のために、詠唱破棄みたいなシステムを載せておくべきか。
……まぁ、それよりも今は。
『さぁて、今度はこっちが本気でいかせてもらおうか』
『ぐぬぬ……、よいぞ! かかってくるがいい!』
わずかにたじろぐも、俺の声に力強く返答するヤオ。
それでは──そう思った時だった。
「ッ!! ヤオ! 姿を戻せッ!」
『!? お、おう!』
あわてて念話ではなく、地声で絶叫する俺。幸いにも声が聞こえており、すぐさまヤオは人型へと戻っていく。
そんなヤオの前へ一瞬で移動し、彼女に背を向けてストレージより取り出した愛刀・天羽々斬を振りぬく。
────!
音ならぬ音を立て、こちらに……正確にはヤオに向かって飛んでいた魔力塊を切り伏せる。その軌道はヤオをまっすぐ捉えており、おそらくは目標へ追尾するタイプの魔力弾だったようだ。
間一髪で切り下ろした俺は、その魔力弾が飛んできた方向へ視線を向ける。その方向……俺が見上げる空に、一人の男が浮いていた。
かつて一度見た事のあるその姿に、俺は少々の怒りをこめて問いかける。
「一体なんのつもりだ…………スサノオ」
それは日本伝承の人物であり、かつて八岐大蛇を倒したとされる男……スサノオであった。
更新が遅れました。
まだ今暫くは更新が予定より遅れるもしくはお休みする事がございます。申し訳ありません。




