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382.それは、湧き上がる焦燥

 明けて翌日、俺とヤオは狩野の敷地内にある広場へ来ている。もちろん昨日急遽取り決めとなった俺とヤオの模擬戦のためだ。

 この場には十兵衛さんのほか、狩野の者たちも多く集まっていた。そして勿論──


「何故なのか説明してくださるわよね、カズキ?」


 いつもより幾分トーンが低い……要するにちょっとお怒りを含む声でフローリアが睨んでくる。同様にミレーヌやミズキ、ゆきにエレリナまでジト目で見てくる。


「いやだから、昨晩夜中にヤオと狩野の人達と──」

「ですからっ! なんでヤオさんと夜中に出かけてるんですか!? 以前もスレイス共和国の温泉宿で同じことしてましたよね? 何故ヤオさんなんですか?」

「えっ、そこ!?」


 驚く俺に皆は、あきれたような視線を向けてくる。いやだってさ、旅行中なのに勝手に模擬戦の約束してたことを怒ってるのかと思うじゃないか。そう聞き返すと「それはまぁ……カズキだから」と気の抜けた返事を返された。

 フローリアのその返しに、特にお怒りを浮かべてなかったユリナさん達やマリナーサ達までもが、うんうんと頷いている。なんだか理不尽だぁ……と思いながらも、俺とヤオは十兵衛さんの待つ広場の中央へと進み出る。


「それでは二人とも、準備はよろしいかな」

「はい」

「うむ」


 ヤオの方はいつでも準備万端だし、俺は既にGMキャラに切り替えている。さすがにこっちじゃないと真の本気を出したヤオには抗えそうにないしな。


「承知しました。では、お願い致します」


 返事を受けた十兵衛さんは、そういい残してすぐさま離れていく。これは俺とヤオの模擬戦に巻き込まれないようにという、俺たちからのお願いを受けての行動だ。

 要するに、せっかくだからと俺もヤオもかなり本気でやってみることにしたのだ。とはいっても普通に本気をだせば、屋敷どころかこの一帯にかなりの被害を及ぼしてしまうのは明確だ。だから広場の中には何重にも、強力な防御魔法や結界が張り巡らされている。なので多少本気を出しても、外部への被害は出ないようにはなっている。


 十兵衛さんが十分に離れたところで、ヤオが俺のほうをみて笑顔を浮かべる。


「……くくっ、あの小僧には少しばかり感謝しておくかのう」

「やっぱり十兵衛さんを小僧って呼ぶのか……というか、なんで感謝?」

「そりゃあまぁ、主様と本気でど突き合いする場を設けてくれたんじゃからな」


 ニカッとそれはもう清々しい笑顔を見せるヤオ。やはり根本の部分でバトル大好き気質が燻っていたのだろう。ヤオの好きな事は、屋上温泉で酒を飲む事だと思っていたけど、もしかしたら戦闘好き具合の方が上かもしれないな。


「さて、それじゃあ始めるか。……ヤオはそのままでいいのか?」

「そうじゃのぉ……まずはこのままでいかせてもらおうかの」

「わかった。それじゃあ──」

「行くぞっ!」


 ヤオの飄々とした声が、気迫の篭った声に切り替わると同時に複数の鞭が襲い掛かってくる。いつもの用にまずは両手の8本──かと思いきや、普段足に巻きつけている鞭も既に解き放っている。さっそく全16本の鞭の雨あられだ。


「っと、まさかいきなりその姿での(・・・・・)全力か」

「当然じゃ。主様とここまで全力を出して良い機会なんぞ、そうそうないからのう」


 楽しげに全部の鞭を振りぬく。その一本で大抵の冒険者は吹き飛び、数本で抗うのをあきらめるほどの威力がある。

 だが、すべての物理攻撃は俺に届く直前に無効化される。見た目には、鞭が俺に触れた瞬間まるで動きを封じられたように止まってしまい、そのまま地面に落下するのだ。

 とはいえ、これに関しては俺だけじゃなく、戦っているヤオも想定済みのこと。そんな予想通りの結果に、ヤオはどこさ凄惨さを感じさせるような笑みを浮かべる。


「流石は主様じゃ。相変わらず理不尽な能力じゃの」

「まあな。そうじゃなきゃ、お前の主だなんて胸をはれないだろ?」

「かかっ、それもそうじゃの。ではここからは、わしも──我も本気でいくぞ」

「おお、かかってこい!」


 瞬間、ヤオを中心に膨大な力が渦巻き立ち上った。






 その光景を、離れた場所から見ているミズキ達は「さあこっからね」とワクワクした表情を浮かべている。同様なのは今回の温泉旅行組の者だけであり、狩野の者は十兵衛を含め、全員が唖然とした顔で戦況を眺めていた。


 まず最初のヤオの全力の鞭攻撃。それを特に何かをするでもなくあしらっていたカズキに驚く。特に十兵衛は、半分の8本ですら凌ぐので精一杯だったのだから。それに実際に受けていた本人だからわかるが、昨日ヤオが振るっていた鞭と今向こうで振るっている鞭では勢いが全く違う。どれほど自分は手加減されていたのかがわかる。

 そして……その驚きが引く前に、ヤオから暴力的な魔力の放出がなされた。まるでヤオを中心に暴風……竜巻でもおきたかのような感じだ。そんな暴力の渦が治まると、彼らは今度こそ本気で驚愕し、これまで感じた事ない恐れを抱いてしまった。


「な、んだ、アレは……?」

「十兵衛殿、あれはヤオさんですよ。正確には八岐大蛇(ヤマタノオロチ)と呼ばれる神話の存在です」

「「「「っ!?」」」」


 フローリアの言葉を聞き、十兵衛と狩野の者たちに衝撃が走る。中には八岐大蛇の姿が見えた瞬間、体の力がぬけへたり込んでしまっている者もいる。

 当然言葉なんてまともに発せないのだが、それとは違い旅行組は楽しげな視線を向けている。


「いやー、ヤオちゃんも本気になったねぇ」

「こうなると、さすがにお兄ちゃんも本気で行くかな?」

「そうですね。カズキが本気を出せる数少ない相手ですからね」

「カズキさんがんばれー! ヤオさんもがんばれー!」


 わいわいと盛り上がる姿を見て、十兵衛はなんともえない表情を浮かべる。これは信頼から来る強さなんだろうか……と思いながら。






『くくっ、やはり何の制約もないこの姿は伸び伸びできていいもんじゃな』

『楽しそうだな』

『ああ、楽しいぞ。あっちの姿じゃ戦いと酒が楽しみじゃが、こっちじゃとやはり戦いの優先度が大きいのぉ』

『そうかそうか。よし、かかってこい!』


 俺の声を聞くや否や、まずは挨拶と尻尾を俺にたたきつける。当然それもぶつかる瞬間に動きが止まり、俺にぶつかる部分だけピタッと静止してしまう。ただ、その勢いをつけた尻尾の前後はつよく地面にたたきつけられる。


『ふむ……次は……これじゃ!』


 とりあえず俺がまだ動かず様子見をしている状態を利用し、ヤオが色々と手を変えて攻撃をしてくる。今度は二本の尻尾を俺の両側に離れてたたきつける。地面を振動させたかったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。たたきつけた尻尾をそのまま俺のほうへスライドさせる。

 これで挟むつもり──と思ったが、途中で尻尾を跳ね上げて削った地面を俺にぶちあててきた。

 当然このダメージも接触の瞬間に無効になるのだが……俺はすばやくその場を飛びのく。それを見たヤオの目が、どこかニタリという笑い目に見えた。


(どうやら、こちらの防御構造を薄々理解したようだな)


 先ほどの土塊を投げつけた行動からの観察で、何か確信を得たように見えるヤオ。

 ……これはちょとばかり本気でやらないと、あっという間に負けるかもしれない。そんな不安がわずかによぎってしまうのだった。



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