38.そして、可愛い子達とは旅をせよ
ミスティル公国へ出発する日になった。
俺とミズキが東門の前まで行くと、既にフローリア様がそこに居た。俺たちを見つけると、こぼれんばかりの笑顔で手をぶんぶん振ってきた。
「カズキ様ー、ミズキさーん、こっちですよー!」
ただでさえ目立つフローリア様は、例の如く目立つ挨拶をぶちかましてくれる。そんな状況に、なんか段々慣れてきてる気がしないでもない。
フローリア様を見つけたミズキは、嬉しそうに足早に向かう。
「おはようございます、ミズキさん」
「おはようございます、フローリア様」
礼儀正しく挨拶をする美少女二人。お互い視線を合わせて、ニッコリ笑い、
「いよいよですね!」
「うん、楽しみっ!」
元気良くハイタッチを交わす。心なしか「イエーイ!」と声が聞こえてきそうな光景だ。
……前から思ってたけど、時々現実の生活習慣みたいなもの入り込んでるよねこの世界。
「おはようございます、フローリア様。朝から元気ですね」
「はい、おはようございます! それはもう楽しみでしたから」
楽しみって言葉が何を指しているのかは、とりあえず考えないでおこう。
「では、そろそろ行きましょう。門を出て少し進んでから、スレイプニルを召喚します」
「そうですね。王都内で呼び出してしまうと、ちょっとした騒ぎになりそうですね」
「……フローリア様がいる時点で、既に少し騒ぎになってるけどね」
ミズキよ、さらりと真理を語ったつもりかしらんが、ここ最近フローリア様と仲良さげな女冒険者って噂……お前だろ。十分に目立ってるぞ。
軽い雑談をしながら門を抜けて、まずは王都外壁東側の道を北へ進む。ある程度歩き、門付近の人たちからも見えない辺りまできてスレイプニルを召喚する。
先日と同じなのだが、やはり野外で呼び出したほうがしっくりくる。
「さて乗り方だが、前からフローリア様、ミズキ、俺の順でいいかな」
「えっと、私が一番前でよろしいのですか?」
「うん、全然いいよ。前がお兄ちゃんなら邪魔だけど、フローリア様なら大丈夫」
「邪魔ってお前なぁ……」
まあ、愚痴ってはみたが実際のところ、俺は一番後ろに決まってるけどな。
女の子二人が視界に入ってない状態での乗馬は、さすがに不安が大きすぎる。
フローリア様、ミズキと順番に乗り、最後に俺が乗る。スレイプニルは一回り以上大きな馬で、俺たち三人が乗ってもまだ余裕がありそうな感じだ。
「では出発しますよ」
「はい!」
「うん!」
軽く合図を送ってやるとすぐに駆け出す。ちなみに手綱は握っていない。その訳は──
「お兄ちゃん、なんか……不思議。結構速いのにほとんど風がこない」
「本当です。これは……周囲に風の壁がはってありますか?」
「さすがフローリア様、いい目をしてますね」
まず最初は騎乗感覚に慣れてもらうため、少しゆっくり目に駆けている。
とはいえ馬車よりは速いのだが、風の体感はほとんどなく煽られて落ちるような気配すら感じない。これはスレイプニルの周囲に風の壁があり、それによって進行時に発生する風が届かないようのになっているのだ。
もっと正確にいえば、この風魔法の壁内部では移動による加重も打ち消され、静止している馬に乗っているときと同じ状態にまで調整されている。だがこの世界の人間には、重力とか引力の知識はまだないようなので、そのあたりは誤魔化すことにした。
「そういえばフローリア様の目って、本当に綺麗ですよね」
「あ、ありがとうございます……」
振り返ったフローリア様の顔を目の前でみたせいか、思い出したようにミズキが言う。
普段から気になっていたらしいのだが、間近で見て本当に綺麗だと感動したらしい。
「ミスフェアにいるミレーヌも、私と同じように左右の瞳の色が異なりますよ」
「そうなんですか? 色とかもフローリア様と同じですか?」
「えっと、色は同じなんですが、私と左右の配色が逆です。右目が翠、左目が蒼の瞳です」
「そっか。それでよくフローリア様とミレーヌ様って、『合わせ鏡の王女姉妹』って呼ばれてるんだ」
「はい! ミレーヌは私にとって大切な妹も同然です」
……何その設定。俺知らないんだけど。っていうか、設定資料にもなかった単語だ。
うーん、やっぱり製作資料はたたきあげに近い部分もあるし、こっちの世界では長い年月をかけてる経過もあって、資料に収まりきらない部分も多いんだな。製作者なのに、歴史や地理に疎いってことか。
道をある程度北上したあたりで、俺は少しスピードを落とす。
「フローリア様、ミズキ。少し用事があるので、東の森へ寄ってかまわないか?」
「森? いったい何するの?」
「ここの森は……あ、もしかして?」
王都の北東に位置する森ということで、フローリア様は何かに気付いたようだ。いったい何だとわめくミズキをなだめて、俺たちは少しばかり森へ入る。
ゆっくりと森の中へ進む。この辺りはまだ比較的広い道があり、スレイプニルに乗ったまま進むことができる。
ゆっくりと、まるで存在を誇示するように歩みを進めていくと、ふいに前方の木が揺れた。そしてその影から、お目当ての相手が姿を現す。
「……ドコゾノ馬鹿ガ迷イ込ンダノカト思ッタガ、オ前達カ」
「お久しぶりです、バフォメットさん」
先頭に座っているフローリア様が、馬上で座りながら優雅な礼をする。
俺も軽く頭をさげるが、ミズキがぽかーんとしたまま微動だにしない。
「知ラヌ顔ガイルナ」
「俺の妹のミズキだ」
「あ、えっと……ミズキです」
「フム。我ハコノアタリノ森ヲ守護スル者ダ」
とりあえず顔見せはしたので、用件を早々に切り出す。今の目的はミスフェアへ行くことだからね。
「先日の話だが、この森への侵入に関しては制限をもうけるように話は通した。王都の人間であれば、この森に踏み入ってくることはないだろう。余所の冒険者ならわからないが、可能であれば追い返す程度にして欲しい」
「ワカッタ。ダガ、ソレデモ出テ行カヌ者ハ」
「それは仕方が無い。あんたの裁量にまかせると」
「了解シタ。……旅ノ途中ナノダロウ、モウ行クガヨイ」
「わかるのか?」
「ソノヨウナ神獣ニ乗ッテイルノダ。ワカラヌハズモアルマイ」
そう言ってバフォメットはスレイプニルを見る。さすがによくわかってる。
「わかった。では失礼する」
「それでは、ごきげんよう」
「えっと、さ、さようならー!」
挨拶をして俺達は元きた道へ戻る。そこからまた道沿いに北上する。
正確には道の上に少し浮いて飛んでいるのだが、はるか上空を飛ぶよりも魔力消費が抑えられるのでこの方法をとっている。
「それじゃあ用事も済んだので、少し移動スピードをあげるぞ」
「はい、わかりました」
「いっけー!」
ミズキが元気良く拳をふりあげると、スレイプニルの移動速度が目に見えてあがる。風の魔法障壁のおかげで、体感速度はあまり変化しないが、視界に流れていく風景の速度が目に見えて速い。おそらく、この世界での早馬の何倍もの速さだろう。
とはいえ物理的な移動なので、どうしても移動時間というものが存在する。あと日中を丸々移動に割り当ててしまうと、流石に消費を抑えているとはいえ俺の魔力量に不安が出る。なので時折休憩を挟むことにしている。
朝出発してからもう少しで2時間ほどになる。一応この世界でも一日24時間制らしいが、あまり時計を持っている人はいないのか、王都では教会から聞こえる鐘の音などを生活規準にしている。
「二人とも。そろそろ少し休憩を挟むけどいいかな?」
「はい、よろしいですわ」
「うん、いいよ」
二人には予め適度な休憩を挟むことを伝えてある。それ以外に、食事休憩や睡眠を取るとも。
速度を落として、普通の馬車並みの速度に落としながら周囲を見る。休憩=現実の世界へ行く、ということなので念のために少し脇にそれた場所で移動を行う。
ほどよい道の脇にある場所をみつけたので、そこで一旦スレイプニルを送還する。この送還や召喚を、道中の人達に見られたくないというのが一番の理由だ。
UIを操作してメニューの[ログアウト]を呼び出す。
「それじゃあ二人とも、つかまって」
「はい」
「うん」
操作する右手の反対、左手を差し出して二人に捕まってもらう。
俺の着衣につかまるのでも大丈夫らしいが、一応ちゃんと触れてもらったほうが確実だろう。
「では、行きます」
次に目にする光景は、見慣れた俺の部屋。そして今気になることは、
「ふふ、また来れました」
「でもまだ慣れないね」
振り返って確かめる前に、後ろから二人の声が聞こえた。ホッと胸をなでおろしながら振り返ると、予想通りに二人がいた。
「あ、そういえば……」
「フローリア様、どうかしましたか?」
部屋を見ていたフローリア様が、不意に何かを思い出すように声をあげた。
俺はその理由が、まったく検討つかなかったので聞いてみると、なにやら笑みを浮かべて、
「何でもないわ、カズキ」
「へ?」
「な?」
様付けではなく、呼び捨てにされた。
「カズキ、どうかした?」
「その、フローリア様、一体どうして……」
「まあ! そんな他人行儀じゃなく、普通にフローリアと呼び捨てて下さい」
「なっ! お兄ちゃん! どういうこと!?」
あー……そういうことか。
以前来た時のアレで、こっちの世界では身分関係なく接するというアレか。
ともかくミズキをなだめないと……ハァ。




