376.そして、新しい国に新しい名産を
ヒカリの部屋の家具をそろえる為、折角だから全員でお出かけ……という事になったのだが、ここで商業ギルドからちょっと来て欲しいとの連絡が来た。なんでもギルドマスターであるアリカさん直々のお呼びらしい。
それじゃあ仕方ないから、皆はヒカリの買い物をお願い……と思ったのだが、可能であればエレリナも一緒に来て欲しいと言われた。なので残りの者にお願いをして、俺たちは商業ギルドへ顔を出した。
建物の中にはいると、俺たちに気付いた職員がすぐさまエリカさんを呼んできた。そしてそのまま奥の応接室へ。
「ごめんなさいね、急に呼び出して。何か予定とかあったかしら?」
「いや、大丈夫ですよ。ヒカリがまた遊びにきてて、一緒に買い物にでもという事になっていただけなんで」
「あら、ヒカリさんが来てるのですか? それは申し訳ありません」
「あああ、大丈夫ですよ。今後は頻繁に遊びに来るようですし、来たときは何日か家に滞在していくからその部屋を整えるための買い物だったんで」
「そうですか。それではまたゆっくりお会いしたいですね」
そう言ってエレリナの方をみて笑みをこぼす。あ、そうか。以前来た時──まだヤマト領だった時だけど、領民に「ゆきの妹」って紹介したから、それはつまり『エレリナの妹』という風に既に認知されてるんだな。
「……と、すみません余計なお話をしてしまいました」
「いいえ構いませんよ。それで、一体どんな用件なんでしょうか?」
気持ちを切り替えて本来の話を伺うと、エリカさんも仕事モードになったのか表情を切り替える。
「はい。以前の領地──ヤマト領であった時期はグランティル王国の領地という事で、行商で取り扱う品については王都での決まりに順じておりました。ですが建国され、大和国として新たに法が整備されましたたので、より自由な商品の交易が可能となりました。……この辺りはご存じですよね」
「はい、知ってます」
要するにグランティル王国では、領地にて何か特産などを扱う場合、可能なかぎり王都でも同様に取り扱うように努める決まりがあるのだ。そのため、乾燥させて運搬も容易で日持ちもするインスタント麺は、ヤマト領の名産でありながら王都でも販売していた。
また、ヤマト領で名物となっていたスイーツ店“和”の商品も、特別な方法で王都でも販売をしていたのだ。
「そこでですね……いよいよ大和国として、自由に交易がおこなえるようになったのであれば、新たにここだけの商品みたいなものを打ち出してみたらどうかな、という話が商業ギルドの中で出てきました」
「なるほど……まぁ、確かにそういう気持ちにはなりますね」
抑圧からの解放──という程ではないが、この機に色々とやろうという気概が十分理解できる。もしかしたら、以前から構想があったけど様子見していた案件とかもあるのかもしれない。
「そこでね、できたらカズキくん達に何かいいアイディアないかな~って思って」
ちょっとばかし猫なで声というか、軽く媚びるような感じでエリカさんがこっちを見る。現実世界での情景描写なら、思いっきり手もみしている感じだ。
普通であれば「いきなりそんな事を言われても……」という話だ。
だが、俺にとってはそうではなかった。何故なら本当に偶然だが、建国にあたって公共事業の拡張をしたいと思っていたところだったから。
そして手始めに、大和国の名産を新たに作りたい……そう考えていたからだ。
「……カズキ。何か考えがあるようですね」
「え? そうなのカズキくん?」
俺の顔をみてエレリナが鋭く察し、エリカさんが驚きの声をあげる。さすがにこの辺りの機微の気付きは大したものだ。
「ええ、実は俺も新たに考えていたこの国の名産があるんですよ」
「そうなの!? それは一体!?」
軽く腰をうかせていまにもかみつきそうな感じで前のめりになるエリカさん。そんな様子を見て思わず苦笑しながらも、俺は一つ息を吐いてから口を開く。
「それは『お酒』です。あと名産の『ジュース』も作りたいですね」
俺の言葉を聞いた二人は「お酒……」と口にして、次に「なるほど……」とつぶやく。
「もう理解してると思いますが、ここ大和国が他の国よりも明らかに優れているもの……それは“水”です。この大和国に流れている水は、もともと浄化された水が大地や精霊の祝福で清らかな清水となっています。これだけの水があるなら、それを十分に活用しない手はありません。これまでは温泉や広場といった観光施設への使用が主でしたが、これからは名産用途も念頭に入れていくべきかと」
「……それで、お酒とジュースってことね」
「はい。ジュースは無論ですが、穀物から成るお酒もその80%が水でできています。この地の水と、この地で成った穀物からなる酒、それはどこにも作れない特産品となりますよ」
特産としてアルコール系は何にしようかと迷ったが、ここ大和国が温泉を前面に押し出しているのと、やっぱり俺が日本人だから酒だって気持ちが大きかった。何より出来上がった酒を、温泉に入りながら一杯やってもらえたらなぁという気持ちがあった。
「ヤオ様がお喜びになりますね」
「まぁそうだろうな」
ふと屋上温泉に入っているだろうヤオを思い出す。もしかして、自分に一番合う酒を造ろうとしたりするかもしれんな。
「……はい、わかりました。では今後の予定として、酒及びジュースの製造と販売を新たに国の事業として計画を進めるという事でよろしいですね」
「ええ、お願いできますか?」
「もちろん! それで、実際に事業に関する設備や工事などは……」
「そのあたりはまた追々決めていきましょう。まぁ、それに関しては今度皆でいく温泉旅行の後にでも」
そう言ってエレリナを見ると、何かを察した彼女が「ああ」とつぶやく。
「えっと、何かありましたか?」
「おそらくカズキは、彩和へ温泉旅行へ行くついでに、あちらでの醸造──お酒を造っている施設を見学にいくつもりではありませんか?」
「うん、正解」
「そういう事ですか……実際に彩和でお酒を造っている過程を生で見ると」
「はい。やはりお酒といえば彩和ですからね。旅行にいって、温泉に入って、そしてお酒について勉強してくる。どうですか?」
「うん、楽しみ!」
俺の言葉に、うんうんと笑顔でうなずくエリカさん。その脳裏には、まだ見ぬ温泉と新たなお酒との出会いが浮かんでいるのだろう。
その希望が、外れて藻屑とならないようにしないといけないなぁ。彩和の特に美味しいお酒とか、エレリナたちだけじゃなく十兵衛さん達にも聞いた方がいいかな。
現在仕事が忙しく土日でも時間が取れないことが多くなっております。執筆にも影響が出ており申し訳ありません。この状況はもうしばらく続きそうです。




