37.それは、疾風と翔ぶが如く
神官により手当てをうけたアデルが闘技場から退場し、交代で騎士団長が入ってきた。
ミズキはいち早く出て来ており、フローリア様に先ほどの試合を色々聞かれている。
では、俺も行くとするか。
「お兄ちゃん、がんばってー!」
「カズキ様、頑張って下さいね」
「了解だ」
とは言うものの、別に気負うつもりもない。いわゆる『簡単なお仕事』ってヤツだ。
闘技場の真ん中で騎士団長と相対する。
「……まずは謝罪をしたい」
「ん?」
「先ほどのギルドマスターへの侮辱とも取れる発言、撤回させて欲しい。すまなかった」
ああ、なるほど。ミズキの試合を見て、その実力を知りグランツに対しての言葉を謝っているわけか。
「別に気にしてない。でも謝罪したければ、あの場にいた者にするべきだ。フローリア様とミズキに」
「無論、後で謝罪をしに行く」
「今じゃなくていいのか?」
「どういう意味か」
俺の言葉に騎士団長の声のトーンが下がる。
「誠意があるなら今すぐに謝罪すべきだ。それとも俺に負けて、それが理由で謝罪するほうが騎士道精神に則った行いなのか?」
「………承知した。しばし待たれよ」
軽い礼をして騎士団長がミズキとフトーリア様のところへ歩いていく。それにより闘技場内には、ざわざわと篭るようなざわめきがおきている。そして二人へ謝罪をしたのち、再び元の位置へ戻ってきた。
「お待たせした。これで憂いなく臨める」
「今度は何の為にこの試合をするんだ?」
「無論、王女への忠義故に、そして貴殿の力を見極める為だ」
そう言って練習用の剣を構える騎士団長。それにならって俺も構える。
「王国騎士団団長フリッツ、勝負を申し込む」
「冒険者カズキ、その勝負受けた」
この騎士団長、あたりまえだけど名前あったんだな。よそ事を考えていると「はじめ!」という開始の声が聞こえてきた。
……だが、その後騎士団長あらためフリッツは、構えたまま動かない。
てっきり開始の合図で飛び込んでくるかとも思ったが、意外にも慎重に出方を伺ってきた。
とはいえ、こっちのキャラでも圧倒的な力量差ああるから、どう足掻いても負けないんだけど。
「攻めてこないんですか?」
「……そちらこそ」
とりあえず言葉をかけてみるも、いまだ見に構えて動かず。んー……どうしようかな。攻めて一回くらいは攻撃させてあげようと思ったんだけど。
「あの、私が攻撃すると多分それで終わるんで、どうぞいいですよ」
「随分な自信だな。慢心は敗北への布石だぞ」
「いえ慢心ではありません。ただの事実です」
「…………」
俺の言葉を聞いても尚、動こうとしない。
もしかして、一度攻撃を受けることも謝罪の一つとでも思っているのかもしれない。
……仕方ないな。
「それじゃあ行きます。でも……」
俺は構えをして、そのまま真正面に突撃する。
魔法を使ったわけではないが、俺の体はほんの一瞬でフリッツの正面に出現する。
「ッ!?」
「終わりです」
フリッツが此方を見る。
視覚情報が脳に伝達し、そして思考して体が動く。普通ならばそうなるだろう。
だが、その信号が脳に到達する前に、俺の振りぬいた剣にフリッツは叩かれて吹き飛ばされる。
流石に刃をおとした剣でも危険と思い、剣の腹でぶっ叩いたのだ。
聞いたこともないような歪な金属打撃音が鳴り、闘技場中央にいたフリッツが背後の壁にまで弾き飛ばされる。
激しい衝撃と音が鳴り止んだ闘技場に、俺が鞘に剣を納める音だけが聞こえた。
あの後、俺たち三人は城内の一室へ移動した。広めの応接間のような部屋だ。
「これでミスフェア訪問の同行の件も大丈夫ですね」
「そうですね。あー……色々と楽しみだなぁ」
ミスフェア公国訪問の話題がでたところで、二人に教えておかないといけないことを思い出した。
念のために部屋を見渡してみるが、侍女だちも下がらせたらしく三人以外は誰もいない。あー……いや、少しだけ訂正。いつのまにかペトペンとアルテミスが呼び出されている。この二人、ちょっとでも時間があればこうやって呼び出して遊んでるらしい。
「フローリア様。今この部屋の機密は大丈夫でしょうか?」
「はい、心配ありません」
「お兄ちゃん、どうかしたの?」
「いや。実はミスフェア公国への移動手段について話したいのだが、この三人以外の人物がいるとあまり良くないかと思って……な」
その言葉で二人とも察してくれた。移動中の休憩において、異世界への移動という特殊な行為が行われることを。だが、今回の話はそれにもうひとつ加える事項がある。
「それでだ、休憩時などはあの方法で行うのは認知してると思うが、実際の移動に関して説明しようと思う」
「移動、ですか?」
「普通に馬とか馬車で移動するんじゃ……あっ」
途中で気付いたのかミズキが言葉を止める。その様子をみてフローリア様も、何かに気付いたような表情で此方を見る。
「フローリア様、普段ミスフェア公国へ訪問する際は、どのくらいの日数がかかりますか?」
「馬車での移動となりますが、5日から場合によっては7日ほどかかる事も」
「そう、つまり徒歩で行くのは時間がかかりすぎます。かといって、馬や馬車を使っての移動では、少々特殊な問題が発生してしまいます」
「馬や馬車は、異世界に移動できない……ということですか?」
「おそらく」
実際のところは不明だ。もしかしたら可能かもしれない。
しかし俺の部屋に馬や馬車を転送する気はないし、それはあまりにも破天荒すぎる。ヘタしたら暴れて大惨事になったあげく、戻って来れなくなる。
「じゃ、じゃあどうすれば……」
「落ち着けミズキ。だから今回、ちょっと知人より移動手段を借りてきた」
「移動手段ですか?」
俺は部屋の中央へ行く。幸い天井の高い部屋で、ここなら大丈夫だろうと確信する。
「フローリア様、その移動手段をここに召喚してもよろしいですか?」
「えっと、危険なものではないんですよね? それならばお願いします」
了承を得た俺は、右手の薬指にはめられた指の宝石に触れる。そっと魔力を流し込んで、そこにしまわれた召喚獣を呼び出した。
呼び出されたそれは部屋の真ん中に降りたった。
「これは……馬、なのでしょうか?」
「でもコレ、足が8本ある……」
現れた召喚獣に驚く二人。そう、俺が呼び出した召喚獣は『スレイプニル』だ。
北欧神話に出てくる神獣とも呼ばれる存在だ。ちなみにLoUには存在してなかった生き物である。
「こいつはスレイプニル。特殊な魔獣で、今回のお供をしてもらうことにした」
「なんとも立派な馬……馬、ですよね?」
「それに大きい……」
二人ともすぐ側にまできて見上げる。基本的に馬は臆病な性質があり、背後から近寄るのはご法度なので横から近寄ってきた。
まあ、二人とも怖がったりはしないと思っていたし、興味津々なので次のステップへ。
「実はこのスレイプニル、ちょっと特殊な能力がありまして……二人とも、乗ってみて」
「え? こ、ここでですか?」
「大丈夫ですよ。その事も含めて説明しますから」
「それでは……カズキ様お願いします」
鐙のない馬上に乗るので、俺にかかげて欲しいのだろう。フローリア様をすっとかかげて、スレイプニルの背中に乗せる。
「ほれ、ミズキも」
「…………」
そう促すもなかなか乗ろうとしない。それどころか、どこか恨めしそうにこっちを見てくる。いやお前、自分で飛び乗れるだろうに。……仕方ないな。
「……ほれ」
「うん、ありがとうお兄ちゃん」
ミズキも同様にかかげてのせてやる。背中の中央付近に、二人くっついて縦列乗馬だ。
「それじゃあ少しだけ部屋の中をぐるっと歩いてみる。そうすればわかるはずだ」
そう言ってスレイプニルに室内を回るように指示をする。ゆっくりと歩き出したことで最初驚くも、次第に二人の表情が明らかに違う驚きに染まる。
「なんですかこれは……全然揺れを感じません……」
「馬って歩くだけでも結構揺れるはずなのに……」
驚きのままゆっくりと歩み進め、部屋をかるく一回りしてスレイプニルは止まった。
手を伸ばしてやり、今度は二人をささえながら下馬させる。
「すごいですカズキさん。このスレイプニルさん、全然揺れません」
「なんで? 何をしてるの?」
「落ち着きなさい二人とも。実はこのスレイプニルは……地面から浮いてるんだよ」
「えっ!?」
「あっ、本当だ!」
二人はスレイプニルの足元を見て驚く。わずかに浮いており、床には蹄の痕が一つもない。
元々スレイプニルは空を飛ぶことも可能なのだが、今回実装にあたり高度が低い場合は魔力消費を抑えるようなロジックも組み込んだ。これによりGMではなく、こっちのカズキであっても長時間稼動が可能になった。
「このスレイプニルは召喚獣なので、道中で異世界に移動する時、一度戻しておけばいいから問題解決だ。元々強い魔獣だからその辺のモンスターは襲ってこないし、盗賊とか出て来てもすぐ上昇してしまえば問題ない」
「素晴らしいですね。では、道中お願いしますねスレイプニルさん」
「うん、よろしくね!」
フローリア様とミズキが、優しく触れながらそう言った。
これで一番のネックだった道中問題は解決かな。




