368.そして、乙女が戦場を舞う
古城の最上階。そこに伸びる通路は以前と同じだが、違うのは響く足音の数、そこにある雰囲気。前回俺が来たのは、最初に古城が出現した時。それ以来は冒険者達のために、俺が足を伸ばすのは自重しておいた。
だが今回は気心知れた仲間と来ている為か、冒険者ギルドのクエストの一環でありながらも和やかな空気が流れている。それだけ皆がお互いを信頼しているという証か。
とはいえ、さすがに古城の主──デーモンロードの部屋の前では、少しばかりの緊張感が漂う。通路の中ほどまでは軽口の多かった彼女達も、今は口を真一文字に無心で扉をにらみつけている。
「準備はいいか? といっても、中に入って魔方陣を起動してからが本番だが」
「うん、大丈夫だよ」
返事をするミズキに続き皆が頷く。全員の意思を確認して、俺達は中へと入っていく。全員が中へ入ると扉が閉まるが、これはボスフィールドでは当たり前のことなのでいまさら驚いたりはしない。
「それじゃあ俺とヒカリは部屋の隅で待機してるから。……余程のことがあれば手を出すけど、そうならないようにな」
「ええ、わかってますわ。前回と逆の立場というのも面白いですわね」
そう笑みを浮かべるフローリアは、前回戦っている俺を後方で見守っていた。彼女の実力なら鉄壁完璧の防御があるので隣に居ても問題なかったのだが、そこはまあ格好つけたい男の性というヤツだ。
だが今回は、お強い女の子軍団の戦いを見てくださいという事に。そんな訳で、ヒカリを除いた全員がデーモンロード戦に参加することになった。
「では、行ってまいります」
「しっかり見ててね~」
「ヒカリもちゃんと見ててよね」
「わかってるよお姉ちゃん」
フリフリと手を振って、楽しげにそれぞれが配置につく。天井が吹き抜けのように高いこの部屋は、大型モンスターのデーモンロードが召喚し暴れても十分な広さだ。
「それじゃあ打ち合わせ通りに。フローリア、お願い」
「はい。【祝福の風】【聖なる意志】」
フローリアによる支援魔法を駆ける。防御魔法と、武器への聖属性付与魔法だ。前回俺が戦ったときも同じものをかけてもらったな。
準備を終えると、床に描かれた魔方陣に、ミズキ、ゆき、エレリナが近づく。
フローリアとミレーヌはそこから少し離れた場所で、それぞれ武器を手にしている。特にミレーヌは唯一召喚獣を呼び出しているが、その背にのってすぐに弓を構えられるようにしている。
「皆、行くよーっ!」
ミズキの声に皆が頷く。そしてミズキが魔方陣に触れ、展開された魔方陣からデーモンロードが出現する。そして同時に、周囲の魔方陣から眷属であるデーモンイリュージョンが姿を見せる──
「今ですミレーヌ」
「はいっ!」
ミレーヌの返事とともに、その手にある弓から強い光属性の魔法矢が飛び出す。一射の動作で打ち出すのは4本の矢。その矢がそれぞれ飛び分かれて、まっすぐ撃つのはデーモンイリュージョンだった。
『──ッ!!』
4体のデーモンイリュージョンから、同時にミレーヌに向かってヘイトが飛ぶ。そして攻撃を受けてないデーモンロードにも、間接的にヘイトが向かいそうになるが。
「はぁぁぁあああッ!!」
『グクッ!?』
一瞬で間をつめて跳躍したミズキがデーモンロードの横っ面をぶん殴る。これによりデーモンロードだけはヘイトをミズキにむける。
こうしてまずは、デーモンロード対ミズキとゆきとエレナ組、デーモンイリュージョン対フローリアとミレーヌ組という図式ができあがった。
「あの……、アレは大丈夫なのですか?」
「フローリア達のこと? うん、大丈夫だよ……多分」
「多分!?」
「いや、大丈夫だとは分かってるんだけどね、やっぱり心配な部分もあるっていうか……」
実施のところフローリアがデーモンイリュージョンに怪我を負わされるとは思っていない。そんな俺の思いに応えるように、やってきたデーモンイリュージョンを光属性の障壁で易々と押し返すフローリア。
「えっ、えっ! 何あれ!?」
「あれはフローリアの光属性魔力による障壁だよ。やろうとおもえば、あの障壁で相手をぶん殴ることもできるぞ。まぁ、今回は倒すのが目的じゃないから足止めしてるだけなんだろうな」
「ん? それってどういう事ですか?」
理由がわからないというヒカリに俺は説明してあげる。あのデーモンロードは、眷属のデーモンイリュージョン4体と関連性があり、先にデーモンイリュージョンを倒してしまうと、その数によってデーモンロードの攻撃や防御のパラメータが、125%→150%→200%→300%と上昇してしまうのだ。だからフローリアとミレーヌがひきつけて、その間に本命としてミズキ達が討伐する……という作戦だ。
「へぇー……って、アレ? 以前カズキさんってフローリアさんと二人で倒したことあるんですよね? でもってその時は、カズキさん一人で戦ったって聞きましたけど」
「ああ、そうだね。その時はまずデーモンイリュージョンを全部片付けて、それからデーモンロードを倒したかな」
「……え? あれ、でもそうなるとさっきの話を聞くに、えっと……」
にっこり。
「だって、その、300%になって……」
にっこり。
「……はい」
勝った! ……じゃなくって。まぁ実際GMキャラのインチキ性能だと、プレイヤー向けに調整されたモンスターってのはそこまで脅威じゃないんだよね。無論油断してたらダメだけど、有用なパッシブスキルが発動するだけで相応のボスキャラレベルじゃないとかすり傷ほどのダメージもうけないし。
そんな会話をしながら、前方で戦ったいる彼女達を見る。真正面から力でねじ伏せるように攻撃を繰り出すのはミズキだ。そのクセ、持ち前のスピードも抜群だから、相手の攻撃は絶対回避して自分の攻撃は必中だ。
ゆきとエレリナはそれぞれ双短剣を使い、デーモンロードの意識外になる部分から上手に切り込んでいる。全員武器に光属性付与がされているためか、結構頑丈なはずのデーモンロードの装甲にしっかり刃が刻まれている。
最初からまったく危なげなかったが、徐々にその攻撃の鋭さがましていき、気付けばデーモンロードが肩ひざをついてしまった。
その様子をまってましたとばかりにゆきとエレリナが左右から飛ぶ。いつの間にかその手には、双短剣ではなく槍が握られていた。二人同時に大きく振りかぶり、
「「やあああッ!!」」
『ガァハアァァァッ!』
その二人による一閃──二閃により、デーモンロードの両腕に致命傷となる傷が掘りこまれる、腕による攻撃も防御もできず、膝立ちでよろめきそうになるデーモンロード。
「これで──終わりよッ!」
ミズキはナックルに蓄積していた魔力を、攻撃に転化してそのまままとわせる。それを構えて、目の前にいるデーモンロードに繰り出して──
「たあああああああッ!!」
『ガハッ…………』
──打ち抜いた。それはもう、見事に。
打ち抜いたミズキは、そのままデーモンロードの後方へ拳を突き出したまま飛びぬけていた。まとった魔力が拳だけじゃなく、全身を覆って大きな弾丸のように打ち抜いたのだ。
打ち抜かれたデーモンロードの体は、ゆっくりと仰向けになりそのまま床に倒れた。そしてそのまま、微動だにしない。完全に倒しきったのだ。
後残るはデーモンイリュージョンだ。そっちはどうなっているかと見れば、指揮系統たるデーモンロードが討伐されたので、元々固体意識のないデーモンイリュージョンは、単純にフローリアへのヘイトのみで追いすがるように彼女に迫るだけだった。
「フローリアー! こっちは倒したから、もうやっていいよー!」
離れてみていたフローリアにミズキが討伐の報告をすると、横にいたミレーヌがもう一度弓を構える。そしてホルケが浮かび上がり、魔法障壁の向こう側へと飛んでいく。
そしてデーモンイリュージョンの上に位置取り、弓を下に構えて魔法矢を放つ。ミレーヌがよくやる、空中から地上にいる相手を一掃する先方だ。特に今回の場合、相手はかなり濃密なアンデッド系なのに対してフローリアの光魔力を存分に蓄積した魔法矢を放つことになる。ミレーヌの矢は一射で何十もの矢を打ち出すことが出来るほどだ。
彼女の手から放たれた一筋の光は、すぐに何十もに枝分かれしてデーモンイリュージョンに降り注いだ。
『────!!!!』
デーモンロードと違い、うめき声を出す器官もないため声にならない悲鳴をあげるデーモンイリュージョン。だがその驚愕は空気の振動となって、この部屋にいる者たちには感じられるほどの現象となった。
一斉に放たれた光の矢雨。それが止んだあとには、既にデーモンイリュージョンの姿はなく、4つの魔石だけが残されていた。
みればデーモンロードが倒れた場所も、既に遺体はなく大きめの魔石があるのみ。それをエレリナがそっと拾ってもってくる。
「お疲れ」
「お疲れ様です」
やってきたミズキが手のひらを掲げ、フレイヤがパチンとハイタッチをかわす。
これにて無事、古城の攻略が完了したのだった。
うん、うん。お疲れ様でした。
先日「彩和と時差10時間ならば、最初に海上を飛んで行った日数ではつじつまがあわないのでは?」という指摘を頂きました。それについてですが、この星は地球にくらべると小さいため、ほぼ反対側にある場所への実距離もかなり短い設定になっております。メイン舞台である王都やヤマト領のある大陸は、地球でいうユーラシア大陸的な存在ですがサイズはオーストラリア大陸ほどを想定しております。それだけの質量の惑星で1Gとなるには……という話にもつながりそうですが、そのあたりはお目を瞑っていただければと思います。貴重なご意見ありがとうございました。




