360.そして、さらなる来訪を
ゆきの妹である陽光ちゃんの希望する観光場所……それを聞いて、幾つか見ることに。
てっきり俺は、原宿だ新宿だ六本木だとか、千葉にあるでっかい何とかランドだと思ったのだが、意外なことに浅草寺だとか東京タワーだとか言われた。
原宿とか興味ないの? って聞いてみたところ、
「新宿駅って日本一利用客が多い駅なんでしょ? ソレは見てみたい!」
と、なんだかちょっと変わった返事が返って来た。ちなみにソレは却下したけど。そんな生ぬるい気持ちでいったら人に流されてお終いだゾ。
それにしても、スカイツリーじゃなくて東京タワーを選ぶとは……陽光ちゃんって、案外老舗モノが好きなのかな。浅草行ったら雷おこし食べてそうな雰囲気だ。
そんな話をしならが過ごす中、時々陽光ちゃんが何かを考えるようなしぐさを見せる。
「陽光? どうかした?」
「な、なにが?」
さすがにゆきは前世でのお姉さんってこともあり、陽光ちゃんの様子に気付いたようだ。ほんの些細な変化だったが、エレリナも気付いていたっぽいな。
「なんだかさっきから、何かを言いたそうにしてるじゃない。わかるわよ」
「あ、うん。えっとね……」
チラリと俺のほうを見る。なんだ? 俺になんかあるのか?
「その……カズキさんは、現実世界の人で、他の人は全員が異世界の人なんですよね?」
「まぁ、そうだけど」
事実そうなので頷くと、何か少し考える様子を見せた後にとんでもない事を言い出した。
「……そのっ、私も皆さんの世界に行くことって出来ませんか?」
「えっ」
驚きで思考が停止する。それは皆も同じらしく、その場でピタリと動きをとめて表情も固まってしまっている。
暫し微妙な空気が流れ、それを感じた陽光ちゃんが慌てて言葉を続ける。
「あ、あの、別にそっちに住みたいとかそういうのじゃなくて、ちょっと遊びに……そう! 観光旅行でもできたらいいなぁって思って……」
わたわたしながらそんな事を言うが、俺達としては予想もしてなかった申し出に愕いている。確かに俺達が二つの世界を行き来している事を知る者は、どっちの世界を見ても当事者以外は陽光ちゃんだけだ。その陽光ちゃんも普段は遠い北海道にいるから、ここまで踏み込んだ話をしたことはなかった。
だからこそ思いつかなかったし、その必要性がある人物もいなかった。
ただ……どうなんだろうな。
「陽光ちゃん」
「は、はいっ」
「正直な事を言うと、俺にもわからない。陽光ちゃんを向こうの世界へ連れて行っていいかどうか以前に、その方法もわからない……という所かな」
「……そうですか」
俺の言葉にあからさまに気落ちする陽光ちゃん。でも、こればっかりは本当にわからないからな。そう思っていると、フローリアが横から口をはさんできた。
「お話に割り込んで申し訳ありません。その、もしかしたら方法があるかもしれません」
「えっ!? ほ、本当ですか?」
「はい。私達が向こうの世界からこちらへ来る際、こうやって──」
そう言いながら俺の手をぎゅっとにぎる。
「こうやってカズキさんを──服でもよいのですが、捕まっているとカズキさんが移動する時一緒に移動することが出来ます。ですので、この世界の陽光さんは同じようにすれば移動できるかもしれません」
「おおぉ~っ!」
希望がわいたと盛り上がる陽光ちゃん。しかし……そんな事で行けるのか? というか、行ってしまってもいいものなのか?
幾つかの迷いを巡らせている俺を尻目に、陽光ちゃんは「試す!試す!」とすっかりやる気だ。ゆき曰く、こうなったらもうやるまで収まらないとの事。皆の顔をみると「やってみる?」みたいな顔を俺に向けてくる。一つ大きなため息を吐き出して、
「それじゃあ、一度やってみる?」
「うん! やるっ!」
これでもかっという元気な返事が返ってきたのだった。
「それじゃあ、どこかに捕まって」
「あ、はい。では失礼しまーす……」
ちょこんと袖の部分をつかまれる。ちなみに皆は何もししてない。というのも、これは少し前に知ったことなのだが、皆が異世界からこっちに来るときは俺につかまる必要があるけど、戻る際は俺基準になっているらしく全員が必ず戻る仕様になっていた。つまり、誰か一人だけ間違ってこの世界に残る……ということはないらしい。
そんな訳でこの世界から移動するなら、陽光ちゃんだけが掴まる必要があると。
「それじゃあいくよ」
「はい!」
元気の良い返事を聞きながら、俺はLoUのキャラクター選択画面でメインキャラ『カズキ』を選ぶ。その瞬間、もうすっかりなれた異世界への転移が開始された。
刹那の意識切り替えからのホワイトインアウト。それで視界に写るのは俺達の家のリビング。それではどうかなと期待と不安を乗せて振り返る。
そして……沈黙が流れる。
「……居ないな」
「だね」
ゆきが少し寂しげに返事をする。なんだかんだ言っても、陽光ちゃんが来るほうが嬉しいのだろう。だがエレリナは落ち着いて俺のほうを見て。
「直ぐにまた向こうへ行きましょう。もし陽光さんがこっちに来れていたにも関わらず、この場に出なかったらという可能性も否定できません」
「なるほど。もしそうなら向こうへ行けば呼び戻せるか」
「多分」
その言葉を聞いて、俺達はまたすぐ向こうへ行く。また転移のフェードに包まれ、それが収まると先程までいた自分の部屋のPC前に戻っていた。
「ああ~っ、帰ってきた! よかったあ~っ!」
「わ、ちょっ、陽光っ」
わはーっと抱きつく陽光ちゃんに少しばかり狼狽するゆき。聞けば、俺がLoUにインした瞬間、俺を含めて全員がその場から消えてしまったとの事。皆が消えるのは予想通りだが……そうか、俺も消えるのか。あちらに行ってる時の俺は、こっちでどうなってるかを初めて知った。
残念ながら陽光ちゃんが異世界へ行くのは無理だと判明した。とはいえ、本人を含め皆が無理なんじゃないかなという考えだったので「しかたないよ」という感じで終わった。
その後、なんとなく陽光ちゃんが向こうの世界ってどんな感じ? みたいな事を聞いてきた。なのでサブPCを起動して、色々見せようとしたとき……俺の脳裏の「ひょっとして……」という事柄が浮かんだ。
「お兄ちゃん? どうしたの?」
考え込んで動きをとめていた俺を、怪訝そうにみるミズキ。だが俺はニヤリと笑みを浮かべながら、陽光ちゃんのほうを見る。
「陽光ちゃん。もう一つだけ、試したい事があるんだけど……いいかな?」
俺の試したい事、それは……LoUのサーバーに、陽光ちゃんのキャラクターデータを作成することだった。ゲームをやっていなかった陽光ちゃんのキャラは、当然サーバーには登録されていない。もしかしたら、それが向こうにいけなかった理由なのかもと考えたのだ。
今のサーバは俺のPCから自由にアクセスできる。なのでここに新たなアカウントと、キャラクターを設定する。
「陽光ちゃん。向こうの世界に行くなら、名前はどうする?」
「本名じゃダメなんですか?」
「んー……普通は薦めないけど、この場合はネトゲと違うし別にいいのかな」
「それじゃあ……あ! カタカナで“ヒカリ”とかは?」
「じゃあそれで。俺も向こうの名前は本名のカタカナだしな」
カタカタと新規作成したキャラの名前を設定する。パラメータとかは無難な感じで適度に。冒険者でいうならそこそこクラスでいいだろう。何も最前線で戦うわけじゃないし。
そばらく俺がPCを見ながらデータを打ち込む時間が流れる。そして──
「よし! こんなところかな。それじゃもう一度──」
「はい! やってみましょう!」
くい気味に返事をする陽光ちゃん。とはいっても、一縷の望みをというだけで、これで入れるという確証はない。
「ともかく、これで無理だったらもう手立てはないから」
「はい。流石にそうなったら諦めます」
そういってPC前に座る俺の袖をつまむ。その表情はこころなしか、緊張しているようにみえる。
「じゃあ……いくぞ」
「はい」
そして俺は、先程と同じようにゲームにインした。
同じ景色、同じフェード、同じ経過。
そしてまた視界に俺達の家のリビングが見える。
「っ!?」
「なっ……」
「わぁ……」
背後から息を呑むような声が聞こえてくる。さっきと同じ光景なのに違う。
それがどういう事を意味するのか、振り返った俺は目の当たりにした。
「えっと……ここが……異世界ですか?」
高揚を隠せない表情をした人物──菅野陽光……いや、ヒカリがそこに居たのだった。




