36.それは、偽りの全力と本気の手加減
なし崩しに決まった俺と団長、ミズキと団長の部下の試合。
なんかこの世界にきてからクエストよりも、よそ事してる時間のが多いよな。ゲームの中では依頼を受けて、討伐して、報酬受けて。その繰り返しだったけど、いざ実際に生活するとクエストとか行く時間なかなかないぞ。
こりゃあミズキのランクアップ用にクエスト行く時間も、捻出しないとあかんかもしれん。
そんな事を考えていると、フローリア様が声をかけてきた。
「どうされましたカズキ様。緊張しているのですか?」
「違うよフローリア様。お兄ちゃんは、今からの試合なんて全然考えてないよ」
「え、そうなのですか?」
思案顔を見られたのか、今から始まる試合について考えていたと思われてしまった。
「今からの試合は、まあどうとでもなります。それより、ミズキのランクを早く上げておかないと、今後も何か不都合があったりするかなぁと思いまして」
「それじゃあお兄ちゃん。ミスフェア行ったら、向こうで何か手ごろなクエストやってみようよ」
「面白そうですね。それなら是非私もご一緒に」
「あのですねぇ……」
やいのやいのと会話がはずむ二人。……もしかして。
「あの、フローリア様。一つお聞きしたいことが……」
「はい。なんでしょうか?」
「ミスフェアのミレーヌ様は、いったいどのような方でしょうか?」
「どのような、と申しますと?」
「その、今のフローリア様のようにクエストに着いて来ようとする、自由奔放で活発なご令嬢なのかと……」
「まあ。ふふふ……」
あんれ。フローリア様の表情が、すごく良い笑顔で固まった。これ絶対に笑顔じゃない笑顔だ。
「大丈夫ですよー。ミレーヌは大人しく清楚な女の子ですからー。うふふー」
なんだろう。フローリア様が本当に怖い。
なんかもう設定に“聖女”ってあるけど、なんか違う気がする。それともミズキの影響か?
今から始まる試合とは、まったく関係のない懸案事項が増えてしまった。
城内の闘技場に到着すると、既に騎士団長は待機していた。その側に若い騎士がいるが、あれがミズキの対戦相手だろうか。
「ミズキ様のお相手はアデルですか」
「アデル?」
フローリア様から出た名前はミズキも知らないらしい。流石に騎士団のおっかけでもなければ、全員の名前なんて知らないだろう。
「はい。若手の騎士団ですが、その実力は騎士団長も認めています」
「そっか。なら、適当な下っ端を宛がわれたってわけじゃないんだね」
「ええ。アデルは騎士団の中でも相当な実力者です。ミズキ様、本当に大丈夫ですか?」
「んー……どうかな、お兄ちゃん」
どうだろうかと俺に聞いてくるが、あのアデルって人の実力を知らないし。
と言っても、この世界の人間にミズキが負けるとは思えない。よほど油断して、手を抜いて、それでも負けないだけのステータス持ちだからなぁ。
「絶対に負けない」
「そっか。というわけでフローリア様、私は勝ちます」
「……わかりました。信じております」
その言葉を本当に信じたのか、それとも大切な友達の言葉だからなのか、フローリア様は笑顔で納得してくれた。
「では、行ってきます。フローリア様、お兄ちゃん」
「はい。がんばってください」
「おう。行ってこい」
闘技場の中へ、ミズキが入っていった。
「王国騎士団アデルです。本日は貴女の相手を致します」
「冒険者のミズキです。どうぞよろしくお願いします」
闘技場の中央にて、アデルとミズキが試合前の挨拶を交わす。
その様子を俺とフローリア様は外から見ているが、丁度反対側に騎士団長の姿がある。
アデルはミズキの姿を確認すると、きちんと姿勢を正したまま言った。
「お嬢さん、団長からの命令で手を抜かずにやれと言われています。なので全力でいきますので、よければ早々に棄権して頂ける事をおすすめ致します」
「……棄権したいの? いいよ、どうぞどうぞ」
「違います。私がではなく、貴女がです」
「えっと、騎士団ってのは、弱い人が強い人に棄権をすすめるルールでもあるの?」
「……わかりました。では、全力でいかせていただきます」
二人の会話が見える。
というのも“音”としては少々聞き取りづらいのだが、視界にあるUIのメッセージウィンドウに“文字”としてつらつらと表示されているのだ。文字は音量によってサイズが変化するような仕組みもないので、ギリギリ聞き取れる内容は全部文字表記される。
「ミズキのやつ……」
「どうなされましたか?」
「いや、ミズキが無意識に相手を煽ってるみたいで……まあ、それでも勝敗に何の影響もないけど」
刃を落とした練習用の剣を、ミズキとアデルが構えた。そこへ「はじめ!」と開始の声がかかる。
「いきますっ!」
アデルが声をあげて前へ出る。わざわざ声を出したのは、構えろとかそういう合図なのだろう。
そんなアデルを見てミズキは少しだけ剣を後ろに下げて構える。
「早っ……」
横にいたフローリア様が驚いて息を呑む。確かに早い。とても訓練がなされた、良い騎士なんだろうと思う。だが、いかんせん相手はミズキだ。
高速突進をしながら剣を突き出すアデルに対し、あと少しで届くという瞬間ミズキがそれ以上の速度で踏み込んだ。そしてアデルの剣に自らの剣を絡ませるように触れさせ、そして手首の捻りと巻き込む動作で剣を高く吹き飛ばす。いや、巻き込み飛ばすと言うのが正解か。
「なっ!?」
「な、何が……」
騎士団長とアデルの驚く声が響く。フローリア様は見切れなったのか「?」という顔をしている。
そしてミズキは、やや半目にした顔でアデルを睨みつける。
「どうして全力で来ないの?」
「なっ、それは……」
アデルは自分でも気付かない事を指摘され狼狽した。
確かに自分は全力で行動したつもりだった。だが、まだどこかに相手を見下す気持ちがあったのは否めない。その結果がこれだ。
「カズキ様、何を言っているかわかりますか?」
「はい。どうやらミズキは全力で来ると言った言葉が、偽りだと怒っているようです」
「先ほどのアデルは、全力ではなかったと?」
「そうですね……。騎士の戦いにおいてなら、先ほどの動きは合格なのかもしれません。でも試合で全力を出すと言ったのであれば、あんな風に剣をはじかれただけで立ち止まる突進。それのどこが全力なんだ……と、ミズキは言いたいんでしょう」
視線の先にいるミズキは動かない。そんなミズキをアデルは怪訝そうに見る。普通ならこれで剣を喉元につきつけて、それで勝負は終わりになる場面だからだ。
「全力を出したいのなら、もう一度剣を取りなさい。そうじゃないなら棄権して」
「……わかりました。今度は本当に全力でいきます」
戦う相手を前に敗北は恥ずべきこと。だが、戦いから逃げて棄権するのはもっと恥ずべきことだ。ならば今度は、偽り無く全力を出すことが成すべきことだとアデルは思った。
剣を拾い一振り。そして抜き身のまま最初の位置に戻り、構える。
「今度は本当に全力で行きます。なので、貴女も全力をお願いします」
「いやです」
「……何故ですか」
「あなたが弱いから」
「クッ……」
屈辱的な言葉を浴びせられるも、それが全くの事実だと痛感するアデル。
先の一合で十分理解できた。今目の前にいる女冒険者は、自分の……いや、騎士団の誰もが到達してない領域の人間だと。
だからこそ、今一度本当の全力をぶつける相手なんだと。
軽く息を整えて、剣をしっかりと構える。そして、
「いきますッ!」
再び掛け声とともに突進する。だが、その胸中は先ほどのような義務感ではない。この一撃をよけられたら終わり、そんな気持ちをうかがわせるような気迫の突進だ。
それを見たミズキは一瞬目を細める。今目の前にいる相手が、己の持てる全力を出したことが理解できたのだろう。
だから、ミズキも遠慮はしなかった。
全力は出さない。でも、きちんと礼をもって戦う。
先ほどより強く突っ込んでくるアデルの剣に対し、今度は下から切り上げるように剣をぶつける。その力強さは方向が逸れるというより捻じ曲げると表現したほうが的確だった。全力で前へ進んでいた剣が、圧倒的な力で頭上方向へ曲がる。その急激な加重は、体に悲鳴をあげさせて全力の突進の威力をも殺した。
全身の痛みを感じたアデルは、何がおこったのかわからず困惑する。目の前にいるミズキがその手の剣を上に振り上げてぬきながら……体を後方に反らす。
そして脳が揺れるような衝撃と共に、アデルの意識はここで消えうせた。
「今、何があったんですか?」
どうにも理解が追いつかないフローリア様が聞いてくる。
「あの騎士の突進をミズキが剣で上に逸らした後、その剣を振り上げる力で自分の体を回転させて、相手のアゴを蹴り上げて気絶させたんですよ」
「まあ、そんな事が今の一瞬で……」
ミズキはアデルから少し離れて剣を鞘に納める。試合の審判係がアデルの元へいき、その状況を確認する。すぐに立ち上がり、ミズキの方へ手を伸ばし宣言する。
「アデル試合続行不能につき、勝者ミズキ!」
勝敗を告げる声が闘技場に響く。だが、それっきりまた静かになってしまう。
「お兄ちゃん、フローリア様、やったよー!」
ただし、一人だけマイペースに声を出すものがいた。無論ミズキだ。
満面の笑みでこっちに手を振って、Vサインを送ってくる。
……えっ!? この世界ってピースする習慣なんてあった?
試合よりも俺は、どうでもいいことに驚いていた。




