358.それは、ありふれないおのぼりさん
俺達は今、現実世界の最寄り駅にいる。そこの有名な待ち合わせ場所で、ある人物を待っているのだ。
「ゆき、本当にいいのか? その……俺達が居て」
「もう……何度言えばいいのよ。いいにきまってるでしょ」
まだ言うか……という表情をありありと浮かべ、ゆきが一瞥するのは自分を引いたいつもの面子。それでもと俺が口を開こうとすると、ミズキが横から口を挟む。
「そんな事言ったら、宿泊用に部屋を提供するお兄ちゃんはまだしも、何もしない私とかどうすんのよ」
「そうですわ。こちらの世界では私やミレーヌの立場なんて、何の役にも立たないのですから」
続けて文句を言うフローリアの言葉に、ミレーヌもうんうんと頷く。だが、すぐに視線を横に向け、
「でもエレリナは違いますね。ゆきさんの姉ということで、結構興味を持たれてますし」
「そ、それはそうですけど……」
ミレーヌのちょいと皮肉った物言いに、困り表情をするエレリナ。本心で嫌味を言ってるわけじゃないとわかっているけど、少々心苦しいのも本当なんだろう。
「あ! もしかして、アレかな!?」
こちらの会話を横目にしながら、ずっと改札から出てくる人の流れを見ていたゆきが声をあげる。それにつられて皆の視線が一斉にそちらを見る。
その先には、リュックを背負ってちょいとした旅行スタイルの女性がいた。辺りを見ながら歩いてきて、こちらを見た瞬間表情を一変させて足早にやってくる。
「お姉ちゃん!」
「陽光!」
駆け寄ってきた人物──ゆきの前世である菅野雪音の妹、菅野陽光を、笑顔で抱きしめるゆき。その光景に俺達もなんだか嬉しくなって笑みを零してしまう。
「よく来たわね。迷わなかった?」
「うん。予め汽車を降りる駅の案内図とか調べておいたから」
「ふふっ、汽車って言うのも北海道らしいわね」
「えっ、そうなの!? ん~……方言には注意してたけど、そんなボロが……」
そういや彼女は北海道出身だったか。なんだか地元ネタで盛り上がってるなぁと見ていると、はっと気付いたように陽光ちゃんがこっちを見る。
「お久しぶりです。その……えっと、なんて言えばいいんでしょうね……」
「そうだね。お久しぶりです。元気そうですね」
「はい。皆さんもお変わりなく」
こちらにやってきてペコリと頭を下げる陽光ちゃん。この度、連休を使ってこちらに遊びに来たのだ。
きっかけは少し前にゆきとの電話での事だった。そこで俺達が会った北海道旅行の話が出た際、
「陽光も都合つけて東京に遊びにくればいいのに」
というゆきの発言だった。そこから上手い具合に連休がある箇所を見つけ、あれよあれよという間にこっちへ旅行をする計画が出来上がってしまったのだ。
そしてその結果──
「でもいいんですか? 私までカズキさんの所に宿泊させてもらって……」
「ああ、大丈夫だよ。使ってない部屋はまだあるし、どうしても手狭ならこっちのを何人か異世界に送っても──」
「「ダメ!」」
「「嫌です」」
「却下」
「…………くすっ」
部屋を広くするアイディアを即効で全却下された。それが面白かったのか、陽光ちゃんにはウケたけど少し寂しい。
くすくすと笑った陽光ちゃんは、ふと周りをきょろきょろ見る。何か探してるのかなと思ったら。
「そういえばヤオちゃんは居ないんですか?」
「あー……ヤオなら今、家でアニメでも見てると思うぞ」
「ぷっ……ア、アニメですか……? ヤマタノオロチがアニメ……ぷぷっ……」
お、強烈にツボった。ヤオの正体も既に陽光ちゃんは知っているから、そのまさかに具合が面白かったんだろう。
その後しばらくして落ち着いた陽光ちゃんと共に、俺達は帰路についた。
「ただいまー」
「まー」
「お邪魔しまーす」
家に帰ると、奥の部屋から少し賑やかしい音が聞こえてくる。ヤオが見ているテレビの音だ。いつものスイーツ屋にも寄って来たので、それを食べるために皆でリビングへ。
「ふむ、おかえりじゃ」
「おう。これがケーキな。それと──」
「ヤオちゃん! うーん、かわいいっ!」
「おわっ! な、なんじゃ!?」
喜色満面で陽光ちゃんに抱きつかれたヤオは、あまりに唐突すぎてただ驚くだけだ。
「ちょ、陽光! ヤオちゃんがビックリしてるじゃないの。ごめんね、この子私のこっちでの妹の陽光」
「へへっ~、菅野陽光です」
「お、おう……ヤオじゃ、よろしくじゃえ」
その勢いに気圧されてしまい、なかなか見れない表情を見せるヤオ。中々に強いな陽光ちゃん。そういえば以前旅行で彼女に会った場では、ヤオは送還してたんだっけ。
とりあえず買ってきたケーキを用意しながら、エレリナに紅茶を入れてもらって軽くお茶会の時間となった。
一先ず停止したアニメだが、さっそくヤオとフローリアとミレーヌが、次は何を見るかと意見交換をしている。……なんだかその時間が、彼女達が一番真剣な顔をしているように見えるのは気のせいか。
陽光ちゃんは、ゆきとエレリナ、そしてミズキも交えてケーキ談話をしている。特に陽光ちゃんは、雑誌に載ってた新作ケーキを食べれてご満悦のようだ。
「ん~最高! 地元でもコレ食べたのって、もしかして私くらいかも」
「まぁアッチだとねぇ……。でも、向こうにはアレがあるじゃない」
「まあねぇ~」
彼女達の会話に、俺は思わず視線を向ける。会話にでてきたアレというのは、彼女の地元にある有名なスイーツの老舗の商品だ。実をいうと、そこの商品を参考にしたのが、異世界のヤマト領のスイーツ店“和”で出した新作ケーキだったりするからだ。そのケーキは通販でならば、冷凍状態で入手可能なので、それを元に皆で検討して再現してみたのだった。結果は中々の出来になったので、ようやくあちらでも販売を開始した所だ。
和やかなソイーツ談義もおわり、あちらの視聴アニメ会議も区切りが着いた頃合で、ゆきが改めて陽光ちゃんに話しかける。
「……で。アンタは東京で見たいものとか、ちゃんと決めたの?」
「うん。色々見たいところあるけど、皆さん宜しくお願いします」
ペコリと頭を下げる陽光ちゃんを見て、皆が口々に了解の返事を返す。それを見てもう一度頭を下げる様子は、本当に嬉しいという気持ちが溢れていて微笑ましい。
「それでどこに行きたいの?」
「えっと、私が見たいのは──」




