354.そして、準備は完全に整った……のか?
この古城はLoUで実装された物と同じだ。そのため俺達がいた庭園から、とりあえず外へ出る門へと向かった。だがどうにも嫌な感じがしたので、念話をヤオや皆に送ってみた。だが──
「返事が無い……」
「ですねぇ……」
隣にいるフローリア以外の全員に念話を送ったが、そのどれもが不返答だった。しかし、ただ返事がなかったというより、感覚としては“繋がらなかった”というような気がする。今までそんな事は無かったので、得たいの知れない不安が広がっていく。でも、こうなると殊更とっとと出て行かないと不安でしかたなくなってしまう。
ともあれ、俺達はようやく古城の正門までやってきた。ここから出れば、すぐそこがマップ移動フィールドなのでポータルが使えるようになる。はやる気持ちをおさえ、俺達は門から外へ出ようとして──
「ここ、どこだ?」
立ち止まってそう漏らす俺の疑問に、答えを持ち合わせている者はそこにはいなかった。
古城の正門の外は、本来ならば森が囲んでいるはずなのだが……そこには森どころか、まともな地面すらなかったのだ。
「どういう事でしょう。まさか古城が丸々どこかに閉じ込められてしまった……?」
俺が考えている事と同じことをフローリアが口にする。この光景をみたら誰でもそう考えるのが自然ということなのだろう。
ただ一つ言えることは、これは普通ではないという事。今となっては、前もってGMキャラに切り替えておいてよかったと心底思っている。なんせ先程UIを操作して、以前作った現実のネットを見れるメニューを表示したのだが、いつまでたっても通信の返事が返ってこないのだ。
こうなってくると、今いるこの空間が外の世界だけじゃなく、システムを解した他の世界とすら繋がっていない気がする。幸いストレージは使用だったので、所持品が心もとないという事にはならずに済んだ。
「まだ断言できないが、どうもこの空間は他と切り離されているらしい。外にも現実にも繋がらないからな」
「そんな事が……」
驚きの表情を浮かべるも、すぐに気をとりなおして視線を門より外へ向ける。そして暫しじっと眺めていたが、はぁと一つため息をついてこちらを振り向いた。
「どうやら幻影か何かの類でそう思わせている……という訳ではなさそうです。私の眼をもってしても、この先に幻術の類が施されているようには見えませんでした」
「つまり、本当にこの不可思議な空間に閉じ込められているという事か」
「そういう事になりますね。……もう、折角カズキと二人きりなら、もう少しロマンチックな場所にしてくださってもいいのに」
「……あのなぁ」
こんな状況でも冗談が言えるとは、なかなかどうして大した王女様だ。
「案外余裕あるんだな。もっと不安そうな感じになるかと思ったんだが」
「あら、カズキはおびえる私の方が好みですか? ですが──」
まったくおびえる様子もなく、笑顔で腕をからませながら見上げてくるフローリア。
「カズキが傍にいてくれるのでしたら、何の問題もないでしょ?」
何か間違ってますか? といわんばかりに、堂々と楽しげにそう言い切った。そんな風に言われたら、それに応えるしかないだろう。
「……そうだな。よし! 庭園に戻って先に進んでみるか」
「先に、ですか? 確かにここに居て、事態が進展するとも思えませんが……」
期待の持てる解決案が浮かばない中、闇雲に進むのはどうなんだろうという事だろう。だが俺としても、別にまったくの考えなしで言ってるわけじゃない。
なので俺は、先程まで考えていた事をフローリアに話した。この古城が中途半端な状態で存在している理由は、本来の主であるデーモンロードを城が稼動するまえに外で倒してしまったからではないかという話を。
この辺りはフィールドの稼動プログラム仕様からの推測だ。というのも本来デーモンロードの出現は、古城の最深部に初めてプレイヤーが到達した時になされるはずだった。そこでプレイヤーが勝てば、デーモンロードは一定期間の不在状態となり、それが終わり次第最深部に出現するようになる。つまり二回目以降はフィールド沸きのレイドボスと同じような感じになるのだ。もしプレイヤーが負けた場合は、そのままデーモンロードは最深部に居座り、次のプレイヤーが来るのを待つだけだ。
だがここで、ゲームではありえない矛盾が発生した。まだ出現してないはずのデーモンロードが倒されてしまったのだ。おかげで古城がこの世界に実装──実在化するプロセスで矛盾が起きたと考えられる。その場合、動作していないプロセスの完了をプログラムが監視待機してしまうことになる。いわゆる処理の無限ループ──不具合だ。なので本来なら“誰も干渉できないので何も起きない”となり、この世界に古城は実装されなかった──となるハズだった。
だが、そんなシステムの壁をフローリアは乗り越えてしまった。あっさりと不可侵のはずだった領域に踏み込んだせいで、その無限ループにとらわれた遮断された空間に踏み込めてしまったのだ。
「多分俺が、不用意にフローリアをつれてきたから、こんな事になったんだと思う。その、すまな──っ!?」
「ふふっ、ダメですよ?」
謝ろうとした俺の口元に、指をそっと添えてフローリアは笑う。
「カズキは必要なことだと思って、私を連れてきたんですよね? それに私も、カズキの役に立てるならと喜んでやってきたんですよ? わかってます?」
「あ、ああ。わかっている。だから……」
「わかってないじゃないですかー」
今度は腕をくんで、少しぷくっとむくれる。それが「今私はお説教してますよ」ポーズだというのは重々理解できるのだが、とても愛らしくて力が抜けてしまう。
「カズキは何でも出来るけど、それでも失敗することもあるでしょ? そんな時、傍で支えることが出来るのって実は結構嬉しいんですよ。知ってました?」
「いや、知らなかった……」
「でしょ? いつだって私達はカズキに助けてもらってますけど、そんなカズキを助けてあげたいってのは私達の共通の想いなんです。困ったことになった? 絶賛ピンチ中? もう大歓迎ですよっ。寧ろ、今ここに私しかいなくて、他の方々に申し訳ないほどです」
そう言うフローリアの顔は、自信に満ち溢れていた。無理をしているとか、そういったことは微塵も感じない。
「そんな訳ですから、今は前を見て進みましょう。ね?」
「……そうだな。わかったよ、ありがとう」
「どういたしまして、です。それでは──」
にこにこと笑みを浮かべたまま、フローリアはストレージよりアイテムを取り出す。両腕に腕輪が装着される。装備者の力や防御を向上させるだけでなく、大量の魔力貯蔵を可能にする装備品だ。そして更にその手には、戦棍が握られている。こちらも魔力使用で、大幅に威力が向上する武器である。
「……さぁ参りましょう」
「あ、ああ。そうだな」
お出かけ用のドレスを身にまとった可憐な少女が、魔力に満ち溢れた腕輪を両手に装備し、これまた魔力がもれるほど溢れている戦棍を片手に歩いていく。片手用の戦棍ではあるが、王女様が持つには少し……いや、かなり手に余るエモノなのだが、フローリアはそれを軽々と持っている。まるで指揮棒でもふるように、軽々しくブンブンと。
「ふっふっふ……。せっかくのカズキとのデート、それをよもやこんな風情の無い場所にとじこめるなんて……デーモンロードさんにはきつーく言い聞かせてあげないといけませんわね」
……うわぉお、やっぱりちょっと根に持ってる。というか、この現象にデーモンロードは責任ないんだけどなぁ。随分とでかいとばっちりだ。
えーっと……デーモンロードよ、これからそっちへ向かうけど……色々スマンな。




