352.そして、新たに締める志と夢
ヤマト領内にある広場──“水の憩い広場”にて、俺はのんびりと休んでいる。先ほどまで同行していたミレーヌは、今はミズキと一緒に触れ合いスペースにいる。ここはペンギンとオットセイが、安全な召喚獣として呼び出されており、日々子供達が楽しく触れ合って遊んでいる。
そこに今日はミズキの召喚獣であるペンギンのペトペンが混じっているが、どうやら他のペンギンからも一目置かれているようで、群れのリーダー的な立場になっているっぽい。
といっても、ペンギンは特定のリーダーがいない群れだ。だからこそ、最初の行動を起こす者を“ファーストペンギン”と呼ぶ。ここではどうやらペトペンがいる場合、ファーストペンギンは決定らしい。まぁ……だからといってここでは子供達と遊ぶのが主なので、そんなにリーダーシップを発揮する場面もないっぽいんだけどね。
「領主様、こんにちは」
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
近くのベンチに座っていると、近くを通りかかったご夫婦に挨拶をされた。聞けばこちらの夫婦の子供も、今あそこでペンギンたちと遊んでいるらしい。こちらの家族はこのヤマト領が出来る時、思い切ってグランティル王都の借家住まいから、こっちで一戸建てを購入して移ってきたそうだ。領地立ち上げはやはり重要なので、同様のケースで移ってきてもらった人達は結構多い。そんな人達からの評価は当然気になるところだ。
「ここは本当にいい所ですね。活気はありますが、こうやって心を落ち着かせられる場所もあります。それに領民は無料でいつでも入れる温泉もあります」
「それにここで取れる野菜はどれも美味しいですね。街の中も綺麗な水が通っていて、いつも清潔ですし、家事でも何でも水が自由に使えて……本当に助かってます」
ここでは初期の施工工事で、浄化の魔石を区分けした範囲に全部設置したから、この世界では考えられないほどの上下水道設備が通っている。そのため領民であれば、身分関係なく家で自由に水がいつでも使えるので皆からとても感謝された。
その水も只綺麗というだけじゃなく、元をたどればノース湖の主である大亀が発する力が様々な効果を含んでおり、飲料は無論掃除や植物飼育など用途全般で良い効果を及ぼしている。
そして何より喜ばれたのは、領民であれば24時間いつでも無料で自由に入れる公共温泉だ。広い湯船と野外というのが好評で、昼間は子供が、そして夜は大人がお酒をお供に入るのが通例になっている。
他にも、子供が以前よりも明るくなって、近所の子達とよく遊ぶようになったとか。美味しい物も豊富で、おなかをせかせた子供がよく食べるから目に見えて成長していると感じてるそうだ。やっぱり子供は、よく遊び、よく食べ、よく寝る、だね。
そうやって話を伺っていると、こちらにやってくる子供に気がついた。
「パパ、ママ~!」
そういってお隣の夫婦に抱きついていく男の子。5歳くらいかな?
「ほら、こちら領主さまよ。挨拶なさい」
「こんにちは、領主のカズキです」
「……こんにちは」
そう言うと、恥かしいのかお父さんに顔をくっつけて隠れてしまう。うんうん、わかるよそういう反応。これってばどの世界でも同じなんだね。
「まったく……すみません、長々と」
そう言って夫婦がベンチから立ち上がる。そういえば、そこそこ話し込んでしまったかも。
「いえいえ、かまいませんよ。あ、そうだ。えっと……はいどうぞ、お菓子だよ」
そう言ってストレージから小分けにしてあるお菓子袋を取り出す。クッキーが入ったものだ。
「…………ありがとうございます」
「うん、どういたしまして」
少し驚いた男の子は、おずおずと袋を手にしてお礼を言った。その後またすぐ隠れてしまったけど、ちゃんとお礼が言えたのは偉いと思うよ。
そしてご夫婦はもう一度お礼を言ってから別れた。笑顔で帰っていく家族をしばらく見送っていると、すぐ隣から声をかけられた。
「お待たせしましたカズキさん」
みればミレーヌがそこに居た。てっきりミズキも一緒かと思ったけど、一人のようだ。見ればまだ触れ合いスペースにいるようだ。
「さっきまで王都からここに移住してきた家族と話をしててね。来てよかったと言ってもらえて、ほっとしているところだよ」
「そうですか。ふふっ、よかったですねカズキさん」
そう言いながら隣に座るミレーヌ。てっきりどこかへ移動すると思ったいたけど、まだ話すのね。
「ミズキは一緒じゃないのか? てっきり一緒に戻ってくると思ったんだけど」
「はい。私もそうなると思ったんですが、なんでも『今日はミレーヌちゃんがデートしてるんだから邪魔しないよ』と言われました」
「おや、予想外の気の使いようだな」
「ふふっ、ミズキさんに失礼ですよ」
ちょっとばかり嗜めながらも笑みを零した。多分、皆の中でそういう決まりごととかがあるんだろう。まぁ、今日はミレーヌとお出かけする事にしてるから、勿論全然かまわないんだけど。
笑った後、ミレーヌはぐるりと広場を見渡す。先ほどいた場所以外にも、子供達や家族連れが笑顔を沢山裂かせている。その視線がゆっくりと一周して、俺の方へ向く。
「ここはいい場所ですね。もちろんミスフェアもグランティルも良いところですが、ここは……なんでしょう、落ち着くというか、帰ってくる場所と言うか……」
「うん、わかるよ。俺も正直、こんなに心安らぐ場所になるとは思ってなかった。自分達が腰を落ち着かせる場所だから、自然と好きになるだろう……なんて思ってはいたけど」
思い返せば、この世界にきて初めてこの場所を通ったのは、グランティルからミスフェアへ移動する時だろう。あの頃は当然何もなく、ただの通過点ですらなかった。気持ち『横に流れている川が近いな』くらいの感想を抱いたくらいだ。
それがいまや、両国を結ぶ商業道の中継としての役割を持ち、移り住んできた人々からも愛され始めている場所になってきている。もちろんそれを目指していたんだけど、今日みたいに直で声を聞けると気持ちが引き締まるってものだ。
「でも、まだまだこれからですよね?」
「ああ、そうだな。さっきも話してた学校もそうだけど、他に色々整備して……」
隣のミレーヌを見る。彼女を含め皆を幸せにするため、最終的にここを国として認めてもらう。そのための努力を今進めているところだ。
先日のレジスト共和国での大武闘大会。あれを切欠に、あの国とも以前よりも国交を強めている。そういった繋がりも強くなってきているので、後はこの領地自体をしっかりとしたものにしていく。
……あ、国といえば。
「そうだミレーヌ、話は全然変わるんだが……最近は彩和の広忠様と会ったりはしてるのか?」
彩和の君主である松平広忠様は、現実の史実とは異なり、この世界では10歳の女の子だ。“光の夢巫女”とも呼ばれ、国を担う先見──夢見をする力を持っている。あることで知り合って、特に年齢の近いミレーヌとは遠いながらも信頼を深めた大親友である。
「はい、会ってます。その……私達が個人で【ワープポータル】を使用できるようにしてくださったので、時々フローリア姉さまと一緒に」
「フローリアと? それはどうして──って、アルテミスか」
「はい」
フロールアは召喚ペットの白いセキセイインコ──アルテミスを所持しているから、それを城へ飛ばして訪問を伝えているのだと。そうやって来たことを教えるとアルテミスは、広忠の召喚ペットの白いブンチョウ──雪華を連れて戻ってくるとの事。城から出られぬ広忠の、大切な友達である。
しかし、そうなんだなぁと感心していると、楽しげな笑みを浮かべてミレーヌは言った。
「私以外にも皆さん【ワープポータル】を活用されてますよ?」
「え、そんなに使ってるの?」
「はい。ミズキさんとゆきさんはダンジョン前にあるポータルへよく跳んでますし、フローリア姉さまはよくラウール王国へ行ってます。エレリナは各国のお酒を色々買ってますね。一番多いのは彩和のお酒みたいですけど」
「おおぅ、なんと逞しい……」
使えば便利だろうなとは思っていたが、皆が思った以上に順応しているっぽい。この世界で俺達以外の人間が使ってる転移魔法は、気軽に使えるものじゃないらしいからなぁ。
「……そうだな。近いうちに、皆でゆっくりと彩和へ行って、広忠様に会いにいこうか?」
「はいっ。楽しみにしてますね」
笑顔で嬉しそうに返事をするミレーヌ。この後、また色々とのんびり見て回り、今日のお勤め……ミレーヌとのデートは終了したのだった。




