351.それは、健やかな心がもたらすモノ
ヤマト領に戻った翌日、俺はヤマト領を散歩していた。もちろんただ時間をつぶす散歩ではなく、見回り等とかねた行動だ。
そして今日はミレーヌが同行している。別に約束していたとかではなく、朝起きて皆が各自の予定で出かけた後、俺も出かけようかな~と思ったところをミレーヌに捕まったのだ。別に断る理由もないので了承したら「ふふっ、久しぶりに二人でデートですね」と嬉しそうに言う。まぁ、可愛らしい笑顔も見れたしそういうことにしておくか。
家を出てまずは道なりに東側へ。足湯などに腰を落ち着かせている領民達が、俺達に気付いて会釈や手を振ってくる。俺もミレーヌもそれに手を振り返す。なんかのどかな田舎の農村風景みたいだな。
しばらく歩いていると領区域の端まで到達。ちょっとした垣根はあるが、特に守備防衛を目的とした塀や壁はない。というのもこの辺りはバフォメットのお陰で、よほどの魔物でも無い限り近寄ってこないからだ。そんな境目の向こうは、開拓中の土地と森が広がっている。人口増加と共に領地を拡大していくため、折を見て領地を広げる作業をしている。
「カズキさん、この辺りって何にする予定なんですか?」
「この辺り? ん~……そうだなぁ……」
ふとミレーヌがそんな事を聞いてきた。もちろんある程度の予定はあるが、実際はその時の人口や地質、あと必要と思われる施設などを考慮していくものなんだけど。
「領民人口が増えたら居住施設は必須だと思うけど、それ以外なら……そうだな、学校かな」
「学校……そういえば、向こうで旅行をしていた時、フローリア姉さまがヤマト領に学校を作りたいとおっしゃってました」
「おお、良く覚えてるなぁ。そう、その学校だよ」
以前現実での温泉旅行をしていた時、ちょっとした雑談から領地に学校を造りたいとフローリアが言い出した。それに関しては俺も以前より考えていたので、徐々に領地運営が落ち着き始めたこのあたりで着工していくのがいいのかもしれない。
学校といっても、自分達がうけた小中高を通しての学校とは違う。領地の子供達に読み書きや計算を教え、また集団行動や仲間意識の確立等の心身学習が主だ。場合によっては、個別に指導をしていくこともあるかもしれないが、そういうのは徐々にやっていくしかないだろう。
そんな事を考えながら領地の端から、より奥の森林を見る。
「……カズキさん、たまにはもっと奥まで行ってみませんか?」
「え? この森の奥?」
その申し出に少し愕いていると、ミレーヌが森のおくの方をみながら言った。
「実はですね……この森の少し奥まったところから、何か清らかな光が溢れているように見えまして」
「清らかな光?」
「はい。さほど強くないのでここまで来ないと気付きませんでしたが、何かこう……澄んだ光がふわりと湧き出ているような……」
そういいながら、今いる場所より奥をじいっと見ているミレーヌ。でも確かミレーヌの魔眼って、見た人の纏ってるオーラみたいなのが見えるんじゃなかったか? そう思ってたずねると、
「はい、私もそう思っています。ですが今あちらに見える光……カズキさんには見えませんよね?」
「そうだな。そもそも見えないから、どこの光なのか明確じゃないけど」
ミレーヌの視線の先にあるのは、他と変わらない森林のみだ。
「行ってみる? ここの森林なら守護の力が働いてるから、変な魔物も出てこないだろうし」
「……そうですね。よろしければお願いできますか?」
「もちろん」
ミレーヌからの願いもあり、すぐさま目的地まで行ってみる。念のためにホルケを呼び出して、ミレーヌはその背中に。さて何があるのか……と思い近付いていくが、途中でミレーヌが「わぁ……」と声を漏らした。
その視線の先には、小さな池があった。池には流れ込む川と、流れ出る川がそれぞれあり、その川もとても澄んだ水を運ぶ道となっている。
池に近付くと、ミレーヌは膝を折って池の辺から手を差し入れる。
「……池の周りにいくつもの精霊が集まってます」
「精霊? えっと、俺には見えてないってことかな」
「おそらくは。私も精霊本体ではなく、集まっている精霊達から出ている光を見ているだけです」
そう言って手を差し出した後、そっとかかえるように手をかざし笑みをこぼす。多分精霊達がミレーヌに挨拶のような行動をとったのだろう。
その時、背後から何かが近付いてくる気配がした。この森では余程でない限り魔物に出会うことはないが、それでも油断は禁物だ。少し警戒して後ろを見ていると、少ししてガサガサと刺激から出てきたのは。
「バフォちゃん!」
笑みを浮かべたミレーヌに、バフォメットの子供──バフォちゃんは楽しそうに近寄る。そのテクテクした歩きが可愛くて、ミレーヌが嬉しそうに抱き上げた。
「こんにちはバフォちゃん。遊びに来たのですか?」
コクコクと頷くバフォちゃん。そして、その後からのっそりと現われたのは。
『フム、コンナ所デ会ウノハ珍シイ』
「そうかもしれないな。こんにちは、バフォメット」
バフォちゃんの親であるバフォメットだった。まぁ、いくら安全性の高い森とはいえ、一人でバフォちゃんがウロウロしているとは思えないしね。聞けば、ここはバフォちゃんが毎日一度は訪れるお気に入りの場所なんだとか。なんでも以前は汚らしい沼だったが、ヤマト領に祝福の樹が植えられ、それにより土地が浄化されていくと泥水が澄んだ水になっていったとか。すると今まで寄り付かなかった精霊達が、池に集まるようになったとか。
それともう一つ。バフォちゃんはよく祝福の樹のところで昼寝をしているが、それが純粋な心を持っていたせいか、魔獣というより神獣のような感じになっているらしい。そのためよく立ち寄るこの池が、より一層綺麗なものになっていったとか。
「ふふ、バフォちゃんは凄いですね」
抱きかかえたバフォちゃんの頭をそっとなでるミレーヌ。それが心地よいのか、嬉しそうに目を細めてうっとりする様子は、気持ちよく毛づくろいをされるペットのようでもあった。
それから俺は、丁度よいとバフォメットに少し土地開拓をする事を伝えた。この森の守護者であるバフォメットに予め言っておけば、作業も問題なく進むから。
俺はバフォメットと話し、ミレーヌはバフォちゃんと遊ぶという時間を暫しすごし、俺達は池を後にした。
森を抜け領地に戻ってきた俺達は、今度は領地の中を西へ進んでいく。暫くいくと領民や観光客が、のんびりとした時間を過ごす場所──『水の憩い広場』に出た。
子供達の遊び場になっている噴水の足水場は、今日も楽しげにはしゃぐ子供達でにぎわっている。色とりどりの観賞魚が収まった水槽は、のんびり眺める人、目を輝かせてガラスに張り付く子供、お気に入りの魚をずっと追いかける子など、多様に楽しく見ている。
そんな中、観光客にもひときわ人気の場所は、ペンギンなどの水棲動物と触れ合える場所だ。王都にあるものと同じで、日の出と共に中央の魔石から出てきて、日没と共に戻っていく動物たち。子供達はその動物達と遊ぶのが大好きなのだ。
そんな子供達を見るのも心安らぐ光景の一つ。少し眺めていこうか……と思ったのだが。
「あの、カズキさん」
「……何かな?」
「あれ……ミズキさんですよね?」
「そうだね。まぁ……たぶんペトペンのためにだよ」
俺達の視線の先、子供達にまじって笑顔戯れているのはミズキだった。その横には、ミズキの召喚獣であるペトペンもいて、他のペンギンと一緒に楽しげに手をパタパタさせている。実に伸び伸びしており、ペンギンじゃなければ浮かれて飛ぶんじゃないかと思うほどだ。
そんなミズキたちをじっと見ていると、それに気付いたミズキがこっちに手をふった。
「……行くか」
「はいっ」
嬉しそうに返事をしたミレーヌは、俺の手をつかみ歩いていく。
「ほらほらカズキさん、行きますよ」
そうやって少し興奮気味に手を引くミレーヌは、向こうで動物達と無邪気に遊んでいる子供達と同じ笑みを浮かべていた。幸せそうな、何にも変えられない笑顔を。




