350.それは、理想と思いの甘き和(なごみ)なりて
明けて翌日。丁寧な見送りとお土産までいただいて、俺達は温泉宿を後にした。ちなみに朝食は、さっそく新鮮の海の幸を頂いた。伊勢と聞くとつい伊勢エビを思い浮かべるが、サザエやカキなども豊富で美味しかった。やはり和風の料理はどこか落ち着く。
そんな感じですっかりリフレッシュした俺達。皆の念頭にあった「とりあえず一度思いっきり力を発散する」という事も済み、幾分穏やかな顔をしている気がする。
さて、それじゃあ本日は……という感じではあるが、とりあえず今回の彩和・伊勢の旅行はこれでお開きとした。
理由はいくつかあるけど、やはり領主である俺はできるだけヤマト領に常駐していたほうがいいからという事だ。もしこれが現実での旅行なら時間経過をきにせずに住むが、こちらで離れた場所となれば普通に時間は経過していく。
それにまあ、今回伊勢の冒険者組合近くにポータル設置したので、今後は個人でも勝手にやってくることが可能だしね。そんな訳で俺達は、帰路についたのだが。
「ん~~~! やっぱりスイーツのレベルは、まだまだこっちの方が何枚も上よね!」
レアチーズのカップケーキを食べながら、ゆきが満面の笑みを浮かべる。
ここは俺の家のリビングで、例のごとくこっちの行き着けスイーツ店で購入したケーキを皆で味わっているところだ。
俺はあっさりチーズケーキを一つとコーヒーだが、皆は全員3個ほど自分の前に置いている。これでいて、皆案外食事を普通に食べるので愕きが隠せない。
時差を考えると、今頃ヤマト領は丁度深夜という時間帯。なのでいつものように、こちらで時差調整をしてから帰宅することにした。なのでそのまま、これも恒例となっている“スイーツを買って帰る”が行われたわけだ。
ちなみにこのスイーツだが、今目の前にあるのだけで全部ではない。というのも、エレリナが幾つかあちらでも再現できそうなやつを見繕って、既にストレージにしまってあるからだ。彼女はこちらへ来た際、時々こうやって参考になりそうなものを余分に購入して持ち帰っている。そして担当者と色々と吟味し、似たよな製品をあっちで売り出しているのだ。
おかげで向こうでもいちごのショートケーキみたいなもが食べることが出来る。良く似た果物があり、それでほぼ再現が可能なんだとか。人の……いや、女性の探究心たるや凄いね。
「カズキ、それにゆき。こちらとあちらのスイーツ……比べて何が違うと思いますか?」
「ん?」
「は?」
ふいにエレリナがそんな質問をしてきた。さっきのゆきじゃないけど、俺も違うなぁという気はしていたけれど。だが俺がそこまでスイーツに詳しくないからだろう、あまり気の利いた事が思い浮かばない。
「そうだねぇ……味とかは結構遜色ないと思うけど……」
「ど?」
「……うん、やっぱり大きいのは見た目かな? こればっかりは技術もセンスも必要だし、なにより設備とかも関わってくるから同じ様には出来ないだろうけど」
そういいながら、一口食べた二つ目のカップケーキを手にしてじっと見つめる。
「美味しいのはもちろんだけど、見た目もそそるよね。上側のデコレーションもかわいいけど、こっちのカップって側面が透明だから、中のケーキやクリームが層になってるのが見えてワクワクするし。カップの形もちょっとおしゃれよね」
「言われてみますと……」
「綺麗ですよね」
「箱なんかもリボンをあしらってたり」
俺達がよくいくスイーツ屋の梱包は、とてもシンプルだけどさりげないおしゃれ気質を感じる。そんな袋を見て、俺はちょっと感じた事を聞いた。
「そういえば向こうだと、ケーキの持ち帰り用の袋ってあるのか?」
「ケーキの持ち帰り用……ですか?」
「あー……言われてみれば、見たことないね」
いまいち意図が汲めなかったエレリナに代わり、ゆきが明確に答えを教えてくれた。ケーキを持ち帰るための紙袋というのが、それに適した形状をしているという事を皆に教えると、ミズキが不思議そうな顔で口をひらく。
「それなら同じように作ったらどうなの?」
「まぁ、そうなんだけど……こっちと違って、紙袋を作って運用するのが可能かどうかなんだろ?」
「……そうですね。そういった手段を用いれば、一度の購入も増え収益もあがるかもしれませんが、同時に費用代もあがりますし……」
皆で少しばかり悩んでいると、二つ目のケーキを食べ終わったゆきが言った。
「だったらさ、お店専用のケーキ持ち帰り袋を作ればいいんじゃない? エコバックのケーキ版」
「ああ、なるほどな」
「えこばっく……?」
それいいかもと思った俺に対し、他の皆はエコバックという言葉に「?」となる。たしかに“エコ”という言葉は、あちらには皆無だもんな。
「要するに、そのお店で購入したケーキを持ち帰る為専用の手提げ袋を作るってコト。袋はこんな感じに……」
そう言ってスイーツ店の紙袋の底が見えるように皆の前に置く。
「底に厚紙があるけど、ここを軽くて丈夫な板にするの。まわりの紙は布ね。そんでもって布にはお店の名前とか書くの。なんだったらお店のシンボルマークとか作って、それを描いてもいいわね。そこそこ丈夫な袋になるから、他の用途でも使ってもらえればいい宣伝にもなるわよ」
「なるほど……。そうですね、なんでしたらその袋で買いに来た客には、別途サービスなりあればより良くなるのでは?」
ゆきの説明をすぐに理解したフローリアが、ならばとアイディアを出す。それがきっかけで、皆があーだこーだと意見を出し合い始めた。先程まではまったりお茶会だったのが、いきなりプチ商品企業会議みたいになってちょっと笑う。
こういう事は女性のほうが理解があるだろうと、俺は自分のコーヒーを持ってテーブルの端へ。そこではにこにこと笑みをこぼしながらケーキを食べているヤオが。
「ヤオは話に参加しないのか?」
「そうじゃな。わしはああいった創意工夫は苦手じゃからの」
そう言ってケーキを口にはこび、そして美味しいと笑顔になる。確かにこっちの光景の方が、見慣れた感じがするもんな。
そんな、少しばかり騒がしくも華やかな話し合いの末、スイーツ店のシンボルマークを作ることに決定した。そしてそれを入れた買い物袋だけじゃなく、ケーキ皿、ティーカップ、柄にマークを入れたフォークやスプーンなどの食器も店頭に置くとか。基本お店のイートコーナーで使うのだが、店内で販売もして希望者には売るということに。ゆき曰く、
「むこうにはキャラクタークッズとか、そういう概念がないのよ。こういう品なら、スイーツ好き同士の琴線に触れて広まるわよ」
とのことらしい。
正直俺があまり考えつかなかった事だから、有る意味非常に興味がわいた。なのでエレリナ指導の下、ゆきがアドバイザーとなって自由にやってみてくれという話になった。
その結果、ヤマト領にあるスイーツ店“和”は、より多くの顧客獲得に成功した。女性は少女からご婦人、ご年配に至るまで幅広く指示された。
数回足を運んで常連になった人は、漏れなくみな専用バックも購入していくようになり、思った以上に多くの人がカップなどを購入して家で愛用するようになった。また、このバックは非常に丈夫で便利だとの話も広がり、他の買い物用途でも愛用し追加で購入する人も増えた。ヤマト領での買い物で、このバッグを持っている光景も日常となっていった。
さらには王都の商業ギルドサブマスであるアイナさんの働きで、王都でも同じサービスや展開を行っていった。そしてより多くの女性に“和”のスイーツが広がっていったのだった。




