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348.そして、振るう刃は世の為人の為と

 上空より降下してきたヤオは、まさに雷鳴轟くといわんばかりの激しさで登場し、クラーケンの退路をその巨躯でもって封鎖した。

 今回大きな懸念の一つに、戦闘中クラーケンが逃走しようとした時の対処だった。はっきり言って、ヤオと同等なほどのクラーケンが本気で逃げようとするなら、それを足止めできるのはここではヤオしかいないだろう。

 ただし、それでも不安な要素はあった。何よりクラーケンは海洋生物であり、たとえ浅瀬であっても水辺での利は大きいかもしれないということだ。特に十本もある手は、浅瀬での移動では自身を引き摺り移動するための重要な手段となるだろう。だからこそ、その手の全てを海側ではなく陸側に伸ばし、海への逃走へ瞬時に移行できない状況でヤオを下ろして強固な壁としたのだった。

 ここへきて、ようやくヤオが大いなる障害であると気付き、その手を幾つか振りぬいて攻撃をしてくる。だが今のヤオは本来の八岐大蛇(ヤマタノオロチ)。その首と尻尾の合計は、クラーケンの手より多く簡単に押し返す。


『焦るな下郎が。我はお前が逃げないための、ただの逃走防止の壁じゃ。主の相手はそっちじゃ』


 魔力を込めた言葉を、ヤオがクラーケンに向けて発する。言われた内容を理解するだけの知能はあるらしく、ヤオへ向けての攻撃を止めると、自分を挟んで反対側にいるこちらに目を向けてきた。


「あれ? なんか様子が変わってきてない?」

「ああ、随分と赤くなってきてるな。あれは興奮した状態……つまり怒ってるんだ」


 イカなどの海洋生物は、興奮すると体表の色素の影響で色が変わったりするものがいる。このクラーケンも基礎がイカのようで、そのあたりの特徴は同じらしい。


 ヤオが本来の姿である八岐大蛇(ヤマタノオロチ)形態で立ちふさがり、クラーケンの逃げ場は完全に無くなった。そのクラーケンの足元低空に滑空してくる者がいた。自身の召喚獣キークに乗ったミズキだ。迫ってくる手をかいくぐり、クラーケンとヤオの間で浅瀬に飛び降りる。そしてそのまま、ナックルに込めた魔力を放出する。


「はぁああああああッ!!」


 気合とともに繰り出す右の拳。その拳が繰り出されると同時に、放出した魔力が拳の前に大きな光の壁を作り出す。そしてその壁を、そのままの勢いで押し出して……クラーケンへとぶつけた。

 大きな壁がクラーケンの巨躯にぶつかり、空気がひずむような音を発すると、ぶつけられたクラーケンがそのまま滑るように浜辺へと打ちあがってしまった。


「よしっ!」


 吹き飛ばした後の浅瀬は、一緒に舞い散った水が流れ戻ってきており、その中心でミズキが正拳突きの構えで嬉しそうに声をあげた。つい先日開催した大武闘大会でも同じ技を見たが、今回はナックルに溢れんばかりに蓄積した魔力を一気に開放して繰り出した技だ。その威力は規模が違いすぎる。もしこれを大武闘大会でやっていたら、あの闘技場は全壊したんじゃないかな。

 だが、これでクラーケンが完全に浜辺へ打ち上げられ、わずかな水からも切り離された。吹き飛ばされたクラーケンは、少しばかり状況整理が追いついてないのか、目を回したように少しフラフラしている。だがタフな存在なのだろう、少しずつその揺れが収まってきてる。

 さあ、次は……と視線をクラーケンの上へ向けると。


「ミレーヌ!」

「はいっ!」


 上空から可愛らしくも気合の込められた声が二つ。

 その直後まっすぐにクラーケンの手に向かい、強力な光の矢が降り注ぐ。合計10本の矢が、数回分降り注ぐ光景は、天から降り注ぐ神の所業のようでもあった。

 ミレーヌ撃つ魔弓(マジックボウ)の弓を、フローリアの魔力で大幅に強化したのだ。この二人は魔力性質が似通っているので、これまでも何度か一緒に魔法を行使したりしている。今回は、威力、数、そして行動を鈍らせる補助効果を付与したのだ。

 突き刺さった魔法の矢は、クラーケンの手を通してその効果を及ぼすと消えていいった。すべての矢が消えた後には、浜辺で10本の手を投げ出して痙攣しているようなクラーケンだけが残った。

 浅瀬から浜辺へ打ち上げたのは、その魔力を込めた矢の効果が海水でいくらか鈍る可能性を考慮しての事だ。


「ゆき! エレリナ!」

「「了解!」」


 俺の呼びかけで、じっと待機していたゆきとエレリナがクラーケンの元へ飛び出す。さすがに巨大な海洋生物だけあって、すでに少しずつ意識を戻して身体も動かそうとしている。そこへ二人が、左右から挟むように飛び掛る。その手に持つのは、ミズキやミレーヌの武器と同じく、以前ギリムに作ってもらった魔力を込めて性能を上げられる(スピア)だ。

 二人はクラーケンを挟んで対角線上に位置を取り、鏡写しかのように同時に振りかぶり、魔力を込めて、振り下ろした。狙うは手の付け根付近。とても太く手にした槍の刃では、とうてい切り落とせるものではないのだが。



 ザシュウッ!



 クラーケンの両側から、まったく同じ音がステレオで聞こえてきた。槍に込めた魔力を、振り下ろした一瞬だけ開放し、太いクラーケンの手をも切り落とす刃をしたのだ。

 だが、二人は切り落とした手には目もくれず、お互い時計回りに移動して次の手を目標に定める。そしてまた、シンメトリーダンスを舞うかのように、華麗に振り刻む刃で次の手を切り落とす。

 それを合計5回行うと、クラーケンの手がすべて切り落とされた。浜辺に立つその巨体は、既に手を失ったため逃げることもままならない状態だ。


「お兄ちゃん、最後よろしくね!」

「ああ」


 そう返事をして、俺はストレージより剣を取り出す。これもギリムが造った武器の一つで、同様に魔力を込めて威力を大幅に上げることができる。

 その剣に魔力を込める。見えない剣の魔力刃を、細く、長く、強く。そしてその剣を構えて、まっすぐとクラーケンの心臓の方へ向け、


「終わりだ」


 そのまま突き出し、魔力刃がクラーケンを貫くのを感じた。






「なっ……、も、もう依頼を達成したのですか!?」


 クラーケンの討伐を完遂し、その素材をすべてストレージにしまった俺達は、意気揚々と冒険者組合へ戻り報告をした。クラーケンの素材はどれもかなり大きく、ストレージに入らなかったらどうしようと思っていたが、やはり俺のストレージは良い意味でインチキだ。ストレージ枠には、


 ・クラーケンの触腕(しょくわん)×2

 ・クラーケンの腕×8

 ・クラーケンの胴体×1


 となっている。あの二本の長い手は、他の手とは違うのか……などという、どこにも役立ちそうにない雑学知識を会得して、俺達は戻ってきたのだ。


「それで、討伐対象の遺体や素材は……?」

「それなら全部ストレージにしまってありますよ」

「全部ですかっ!?」

「あ、はい」


 俺の言葉にまたしても受付嬢が愕いてしまう。確かに俺達以外の人の収納魔法って、そこそこ入るってレベルのものばかりだもんなぁ。

 組合長を呼んできますと奥へいった受付嬢は、少しすると組合長を連れてきた。少し騒がしかったせいで、今建物内の冒険者は皆が事の成り行きを見ている。


「お前達、もうクラーケンの討伐を終わらせたと聞いたんだが……」


 その言葉を聞いた冒険者達がざわざわし始める。だが、話途中で組合長が何かに気付いたように言葉を切る。


「──もしかして、さっきまで報告のあった小島の裏側で何か大きな音がしていたというのは……」

「ああ、教えてくださった島ですよね? はい俺達です。あそこにクラーケンを引きずりあげて、一気に討伐しました」

「ああ、なるほど……」

「そうか、さっきまでのは……」


 俺の言葉に不審そうにざわついていた冒険者達から、何人かが愕きと納得の声をあげた。どうやら離れ小島での騒音を知っている者たちのようだ。


「それで、クラーケンはどうしたんだ?」

「組合長。彼が言うには、自分の収納魔法で全部納めてあるとの事で……」

「なにっ!?」


 受付嬢の言葉に、組合長が驚きの声をあげる。うーん、やっぱり規格外ストレージか。


「とりあえず討伐の証明がしたいので、どこか出しても良い場所はありますか? えっと……先程行った闘技場くらいの広さがあればいいのですけど」

「そうか、ならば……いや、解体するなら大勢これる方がいいだろう。それにアイルには大勢の者が迷惑をうけたんだ。できるだけ多くの人に見てもらえるようにしよう。広場に案内する」

「わかりました」


 そう告げた組合長の後をついて、俺達は広場にやってきた。組合に居た冒険者全員と、途中で話をきいた人々がぞろぞろついてきたけど、それこそ組合長の思惑なのだろう。クラーケンが討伐されたのであれば、それこそこの街の人全員に知らせないといけないから。


「よし、このへんでいいだろう。出してもらえるか?」

「わかりました、それじゃ……はいっ」


 ストレージから地面の上へ出された、大きな物体の数々。べつに落とすわけじゃないので大きな音はならなかったが、それでもいきなり出現したクラーケンの遺体に、人々は心底愕いた。


「おおおおおっ!?」

「な、なんじゃこりゃ!?」

「これ、あの化け物の手じゃないか!」

「こっち見て! 化け物の目がある!」

「それじゃあこの太いのが胴体ってことか!」


 驚きの質が、得たいの知れない物体がクラーケンだと理解した瞬間、広場に集まった人々の声が喜びを含む歓声へとかわっていった。

 少しずつだが生活に悪影響が出始めていたのだ。その憂いのタネが、こうして取り除かれたのは諸手を挙げて喜ぶことである。

 喜びと脱力で、少し放心気味な組合長に俺は近寄り、


「組合長。俺達はほんの少しの素材と、魔石をいただければ十分ですから、残りの素材はどうぞ自由にして下さい」

「ほ、本当か!?」

「はい。魔石は是非いただきたいのですが、素材は可能な範囲で……」

「大丈夫だ! 魔石は無論、素材だって所有権は君たちにある。むしろこちらが買い取るべき事だ」


 なるほど、道理だ。でもこのクラーケンのせいで、街の人たちは色々苦労してたんだよね。聞いた話では、いくつか船とかも襲われたって言ってたし。


「わかりました。魔石と少しの素材だけいただき、あとは組合へお譲りします。こいつのせいで受けた被害への賠償や復興に当ててください」

「いいのか?」

「はい」

「……わかった。ありがとう」


 そう言って組合長は静かに、だが深く礼をした。

 その後、素材を総出で一気に解体した。その際に出てきた大きな魔石……クラーケンの魔石と、幾分かの素材を譲り受けた。

 クラーケン討伐依頼は、こうやって幕を閉じたのだった。



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