346.それは、共にと願う心意気故に
「あの、本当にこちらでよろしいのでしょうか?」
海洋巨大烏賊──通称クラーケンの討伐依頼書を受付に提示すると、それを受け取った担当者は俺達を見てそのように聞いてきた。
まぁ、確かにクラーケンってのはちょっとした災害クラスの相手でし、何より生息地が海ってことで普通の手段じゃまともに戦えないもんな。
「ああ、そうだが……何か問題でも?」
「えっと……すみません、少々お待ちいただけますか?」
その言葉に頷くと、受付嬢はあわてて奥へと行ってしまった。どうしたのかと思っていると、すぐさま誰かを連れて戻ってきた。その連れてこられた男性が俺達の方へ来る。
「……君達がこの依頼を受けるという冒険者ですか?」
「ああ、そうだけど……貴方は?」
「これは失礼をした。私はここの組合長です」
そういってじっと俺達を見る。そしてすっと目を細めると本題を切り出してきた。
「こちらの依頼書は、一等級の討伐依頼です。ただ、もしかしたらそれ以上のものかもしれません。今はまだ組合への依頼ですが、場合によってはもっと上へ通すほどの内容かとも思っております」
それはつまり、一介の冒険者では手に負えないと国が判断したらってことか。
「それほどの内容なので、私達はそれを受ける者に対して厳正な判断をしなければなりません。そうでなければ、冒険者達をいたずらに死地に追いやることになってしまいますから。それでなのですが、貴方達は余所から来た冒険者のようですので、その腕前などを私達は知りません。まずは冒険者登録証を提示していただいてから、判断をさせていただけませんか」
「ふむ、わかった」
組合長に言われ俺達は冒険者登録証──ギルドカードを提示する。ただ、フローリアの提示はちょっと待ってもらった。ちなみにミレーヌはまだ登録できないので持ってない。
「では失礼します…………なっ、これは……これも……」
「どうされました組合長。……え、皆さん特等級か一等級……」
覗きこんだ受付嬢の言葉に、組合内の冒険者たちからざわめきが起きる。提示したのは俺とミズキ、そしてゆきとエレリナなので、全員がSランクかAランク……彩和での呼び方なら特等級か一等級だ。
十分に確認したのか、組合長がギルドカードを俺達に返す。
「ありがとうございました。では──」
「あ、そうだ。すみませんが、少し奥でお話とかできませんか?」
「はい、かまいません。そうですね、その方がよろしいでしょう」
そのまま受付に移行しそうだったので、俺は少し話がしたいと願い出た。
案の定、ここでも建物の基本構造は近しいようで、俺達は冒険者組合の応接室へと案内された。ただ少し違ったのは、そこは応接間という感じで畳部屋だった。もっとも、俺達は皆畳に慣れてるので驚いたりはしなかったけど。
部屋に通されて皆座ると、用件がある俺から話を切り出した。
「フローリア、ギルドカードを提示して」
「え? ……ああ、そういう事ですか」
何かを察したフローリアがギルドカードを出す。それを「何故先ほどは提示しなかったのだろう」という顔をしながら、組合長が手に取り──
「なっ……こ、これは……!?」
書かれている事に驚きを示す。そこに記されたフローリアのランクは──EX-S。権限も持ち主も非常識という事を、暗に示しているランク表記である。そんな非常識をあまりまわりに広めたくないので、念のためここで提示したのだ。
当然、これでフローリアもクエストに参加できる。
さて、そうなるとミレーヌだ。彼女はまだ冒険者登録をしてないので、普通であればクエストに参加できない。同行だけなら出来るが、そこで一緒に戦えば“参加”となってしまう。ただ、ミレーヌの今の力であれば、下手な冒険者より何倍も優秀だ。それに出来ればちゃんと正式に参加してもらいたいとも思う。なので今回は、ちょっとばかりその辺りも考慮することにした。
なのでミレーヌも、まだ冒険者登録をしてないが、今回のクエストに参加させたいとの旨を伝える。さすがにそれは……と渋られるが、こちらとしても是非とお願いをする。
その結果、ならばどれほどの力があるから見せて欲しいとの結論となった。組合員の中に、高位の二等級冒険者がいるので、その人と模擬戦をして実力を見たいとのこと。相手はだれかと思ったら、先ほどの受付嬢だった。受付嬢って以外と腕っ節が強いのかね。
そんな訳で、俺達は組合に隣接された闘技場にきた。幸い今の時間は誰もいなかったので、俺達が入った後ですぐに閉めてもらった。
そしてすぐにでも……という感じになったので、俺は一つだけ確認することにした。
「あの……これからの模擬戦は、ミレーヌが“あの依頼でどのくらい有用か”を見るんですよね?」
「ああ、そうだな」
「ならば、ミレーヌが持ってる力を全部見せたほうがいいですかね?」
「まぁ、そういう事にもなるのだろうな」
俺達の会話を聞いて、ミレーヌは「うん、わかった」と頷く。利口な彼女のことだ、本当の意味でわかっているのだろう。
では行ってきますと、すたすたと闘技場の中へ歩いていくミレーヌ。それを見て、ちょっと驚く組合長と対戦する受付嬢。向こうからしてみれば、武器も持たずにフラフラと行ってしまったように見えたのだろう。
「おい、あのお嬢さん、何も持たずに行っちまったが……」
「ああ、大丈夫ですよ。というか、ミレーヌが力の一端を見せれば、十分分かりますから」
「……わかりました」
受付嬢は、訓練用の片手剣と盾を装備して闘技場へ。それを見て、やはりまだ不安そうな組合長が俺に話しかけてくる。
「本当に大丈夫か? 行っておくが、ウチのは二等級だが実力は一等級に近いぞ」
「ええ、大丈夫ですよ。だって……多分ミレーヌには何も届きませんから」
俺の言葉に絶句するも、気を取り直して組合長は大声を出す。
「よぉし! 二人共準備はいいか!」
「「はいっ」」
二人の返事が重なる。それを聞いた組合長は「始め!」と合図を送った。
そこで受付嬢は、相手の出方を伺おうとまず“待ち”の姿勢となった。それがこの試合、彼女にとって唯一で全てのミスだった。何も考えずに間へ飛び出せば、もしかしたら間に合ったかもしれなかったから。
「ホルケッ!」
「っ!?」
ミレーヌの言葉をうけ、指輪から召喚獣ホルケが召喚される。刹那で実体化し、気付けばその背中にミレーヌが飛び乗っていた。初見の二人が驚きの声をあげる間もなく、ホルケは闘技場高く飛び上がる。
「なっ……と、飛んだ……」
唖然と見上げる受付嬢。彼女の手持ちは剣と盾。どうがんばってもミレーヌに攻撃は届かない。だから俺は“届かない”と言ったのに。
「なるほど……確かにあの手段なら、海上を自在に飛べて船乗りよりも有用かもしれんな」
感心したように組合長が言う。
「しかし、攻撃手段はどうなんだ。あのお嬢さんは、飛び込んで攻撃を出すようには見えないが……」
そんな事を言っている視線の先、ミレーヌが今度はストレージからあるモノを取り出す。
──そう、彼女の得意武器である魔弓だ。
「えっ!? ゆ、弓……!」
立て続けに起きる事態に、ただただ狼狽する受付嬢。巨大な狼の召喚獣を呼び出したかと思えば、その背に乗ってなんと空を駆けていくではないか。しかもその騎乗から、今度は弓を取り出した。そして構えると、光り輝く魔法の矢が装填されたのが見える。驚いている間にも、その矢は後ろに引かれて手が開く。
「そんな! 魔法の矢──きゃっ!?」
受付嬢の握っていた剣が、矢の衝撃で手から弾き飛ばされた。しっかりと重みを乗せた魔法の矢だったため、剣から鈍く重い衝撃がつたわって手放してしまったのだ。
正直なところ、なんだか凄いイジメを見ているように思えたが、これほどに力の差があることを示さなければならなかったのだ。
「……もう十分では?」
「はっ!? そ、そこまで、そこまでーっ!!」
放心状態からかえってきた組合長の、本気で慌てた声が闘技場に響く。その声を聞いて受付嬢は、ちょっぴり半泣きになりながら、ずるずると地面へへたりこんでしまったのだった。
……なんか悪いことしちゃったな。後でスイーツでもおすそわけしておくか……。




