343.そして、決する勝利者
ミズキは腰を下げ、重心がしっかりとした構えを取る。それを見て、俺は違和感を覚える。というか、もっと正確に言えば、違和感を覚えないことに違和感を覚えた。なので、その要因として思い当たる相手……ヤオに質問をする。
「ヤオ。お前がミズキに指導したのか?」
「空手のことか? そのの通りじゃぞ。アヤツ、立派な拳装備をもらえたから、それを生かせる戦いを習いたいと言っての。それならばと基本だけじゃが指導してやったんじゃよ」
何時の間に……と思ったのだが、確かにミズキはヤオを師匠としてよく鍛錬をしている。ヤマト領にて皆で生活するようになってからは、一日中屋上の温泉に浸かっていると思っていたが、時々ミズキの鍛錬もしていたらしい。
そんなミズキを見て、ゆらは警戒心を強める。先ほどまでも警戒はしていただろうが、それよりもかなり強い思いが顔にも浮かんでいる。
だが、いつまでも見合っている訳にはいかない。そう誰もが思っていると。
『ハッ!』
気合を込めてミズキが踏み込む。それを一瞬送れて、先ほどと同じように打ち返す。おそらく同様に、“気”を乗せて打ち返す算段だろう。
そして、一瞬で間合いをゼロにした両者の拳がぶつか──らない。
『ッ!?』
本気の焦りを含んだゆらの声が、ヤオの念話経由で聞こえた。拳がぶつかる瞬間、ゆらが咄嗟に後ろに引いたのだ。
少し距離をとり後方に跳んだゆらを見て、観客達も少しざわっとする。なんせ先ほどまで優勢にことを進めていたゆらが、ミズキの攻撃に急に引いたのだから。
「ねえカズキ。お姉ちゃんが引いた理由って……」
「ああ、おそらくミズキの構えが原因だろうな」
「どういう事?」
まったく理解できないとフローリア達が説明を求める。といってもまあ、俺も憶測でしかないけど。
「多分だが……先ほどまでのミズキは、いつもどおり自由に拳を振るっていたんだと思う。ミズキの身体能力からすれば、それだけで普通なら十分だ。でも今回の相手はゆらだ。ミズキが気ままに繰り出した攻撃に対し、攻撃の軸をずらして反撃すればその反動は何倍にも返ってくる。それはさっき見た通りだ。だからミズキは、その攻撃のブレを無くすため、きちんと重心の据わった空手の構えに切り替えたんだ」
そういって闘技場へ視線をやると、ミズキが正面から踏み込んで攻撃を繰り出していた。それをなんとか回避したり、受け流そうとしたりしているが、どうにもゆらは防戦一方の雰囲気になっている。
「普通なら、空手の基礎とはいえ簡単に身に付くものではないけれど……」
「ミズキさんだから、ですか?」
「うん」
ミレーヌの言葉に俺は頷く。ミズキという人物は、戦闘に関して変なクセがまったくない。そして知識の吸収が半端無く優秀だ。結果、空手に関しての技術や知識は、実戦において十分使用可能なレベルに達しているのだろう。事実、ゆらが本気で防御に徹しているほどだ。
ミズキの繰り出す攻撃は、ナックル装備だから拳……という固定観念はなく、臨機応変に蹴り技をも繰り出してくる。そして、それもしっかりと体重を乗せた“型”の良い攻撃で、防御姿勢で受けたゆらが苦悶の表情で後方に飛ばされるほどだ。
「お姉ちゃん……」
もはや優劣は決したように見えるが、ゆきはまだ可能性を捨ててない。それは戦っているゆらも同じで、聞こえてくる会話には、まだ勝利への意志が感じられた。
『強いとは思っていましたが、よもやこれ程とは思いませんでした』
『……ありがとうございます』
『ですが、まだ勝負は決しておりません』
『はい、私も負けません』
そう言葉を交わした後、またしてもミズキが前へ出る。だがそれを見て、ゆらは動かずに構えの姿勢をとる。そして手を前に出すが、それは攻撃を裁くための姿勢のようだ。
それに構わず、全力で右の拳を打ち出すミズキ。基本の正拳突きだ。
その拳に側面からゆらの手がぶつかる。もはやまともに受け止めるのは無理だと判断し、別方向の力を加えて狙いを逸らすのだろう。その思惑通りか、ミズキの拳が押されて逸れる。そのためミズキの体も、すこし捻るようにして力の向きが変わる。
自身の推進力も合わさった横加重で、ミズキの体がぐらりと横へ傾く。その機を逃すものかと、ゆらが渾身の力で蹴りを繰り出す。完璧なタイミングでのカウンター攻撃だ。
流石にこれは、受けることも交わすことも出来ない。
──相手が、普通の人間なら。
『っ!?』
ゆらの、本気の驚きを含む声が聞こえた。
全体重を流れるように乗せた渾身の蹴りは…………ミズキの左の拳で止められていた。
ミズキは体勢を崩し、完全に身体を斜めに倒した上体だが、しっかりとゆらの蹴りを防いでいた。
唖然とするゆらの方へ、すっと身体を動かして正面を向けるミズキ。
『はぁあああッ!!』
『ぐっ…………』
力を出し切って、無防備になっているゆらにミズキの蹴りが通る。回避も防御もなく、その攻撃を正面から受けてしまう。
そしてそのまま、ゆっくりと崩れ落ちる。倒れはじめてから、ドザリと音がするまでが酷くゆっくりに感じられた。
無風の湖面を思わせるほどに静かな闘技場。
その中央にいたミズキが、ゆっくりと右手を高々と掲げる。
それを見て主審が慌てて勝者宣言をする。
「『勝者、ミズキ! 優勝はミズキ選手ですッ!!』」
その声に、今日一番の爆発的な大歓声が会場をゆるがす。今居る貴賓席は、特殊な魔法で観客の喧騒を大幅にシャットアウトしているのだが、それでもかなり漏れ聞こえてしまうほどだ。
なにより歓声の瞬間、文字通り大地が揺れたほどだ。
俺達もある種の興奮を覚えていたが、やはりゆらの状況が気になる。特にゆきとミレーヌは、ずっと心配そうな顔をしている。
『……そうで、すか……負けてしまいましたね』
「お姉ちゃん!」
「よかった……」
聞こえてきたゆらの声にほっと一安心の二人。
『立てる?』
『はい、大丈夫ですよ』
その声とともに、立ち上がるゆらの姿が見えた。そして差し出した手を握り合い、にこやかに悪手をする二人。その光景をみて、もう一度揺るがす大歓声が沸き起こる。
『最後まで驚かされました。あんな体勢で、あそこまで力強く攻撃してくるとは……。私もまだまだですね』
『あー、あれね……』
ゆらの言葉に、ミズキがどこか苦笑い声を返す。
『だって私の師匠はヤオちゃんだもん。指導の時の手数も力も、もっともっと凄いからね』
ミズキの言葉を聞いて、こっちの皆は「あー……」というなんとも言えない声をあげる。
要するに、元々高スペックであるミズキに、ヤオが非常識なほどの鍛錬をしているのだ。普通の人間なら無理なレベルの事を、ミズキだからこなしてしまうのだろう。
結果、日進月歩でミズキがとてつもない事になっていると。
とはいえ、まず今俺達が口にするべき言葉は一つだろう。
『優勝おめでとう、ミズキ』
『へっ!? お、お兄ちゃん!?』
まだ闘技場で手をふっているミズキに念話で声をとどける。驚いたミズキがこっちを見て、ひときわ大きく手を振ってくる。
『ありがとう、お兄ちゃん!』
そう笑顔を見せるミズキは、やっぱり俺の最高の妹だった。




