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342/397

342.それは、積み重ねてきた型の成果

 静かな立ち上がりと思いきや、一瞬にして激しい一合からの試合開始だった。

 両者ゼロ距離からの打撃に、はじけたような音と吹き飛ぶほどの衝撃が拡散され、一瞬の静寂の後観客が大いに沸きあがる。


「……驚いた。ミズキちゃんもお姉ちゃんも、やる気満々だねぇ。でも、最初の挨拶代わりの一撃は互角ってトコかな?」


 ゆきの言葉にフローリア達が頷くが、ヤオだけはどうも違う考えらしく、ニヤニヤと笑みを浮かべるも肯定はしない。


「主様よ。先程の二人の攻撃を見て、何か思うところはなかったかえ?」

「そうだな……」


 俺に話を振ってきたので、とりあえずさっきの光景を頭で整理してみる。やったことは両者とも、あと数センチで拳が触れる──という距離からの強烈な一撃。

 結果として両者は拮抗しているように見えたが、その実やったことが大きく違う。ミズキに関しては、単純に力押しをしただけだろう。だがその単純な力押しが、どれほどの強さなのかここにいる者は知っている。それに対抗したゆらの方にこそ、注目すべきだろう。


「ゆらの技術力の高さ、か?」

「正解じゃ」

「へ? どういう事?」


 頷くヤオに、ゆきが不思議そうな顔を向ける。他の皆も同様に、疑問を顔に浮かべてヤオを見る。


「ミズキの洒落にならん馬鹿力は皆も知っておるじゃろ。あれを極至近距離から、しかも正面からぶつけられてはどうあがいても避けられん。受け流すことも無理となれば、それを受けるから打ち合うかじゃ。どっちにしろ、同等以上の威力をひねり出さねば相打ちに持ち込むは不可能。じゃがゆらは、とっさの対応で互角の打ち合いをした。その力と判断は褒めるべきじゃろう」

「……先程のアレは、一体何をされたのですか?」


 フローリアの質問に、隣にいたミレーヌもうんうんと同意して興味を示す。


「とっさに踏鳴(ふみなり)で足場を固定し、腰を落としてまっすぐに正拳で迎え撃った……という所じゃな。重心を保ちしっかりと迎え撃つことにより、ゆらのとっさの攻撃はミズキと同等の威力を発揮したのじゃろう」


 踏鳴とは、いわゆる中国武術でいう震脚のことだ。ゆらは一瞬の判断で、ミズキから受ける衝撃を地面へと拡散して緩和しながら、同等の反撃を繰り出したとの事。そして、その技術力に驚いたのは、なにも俺達だけじゃなく。


『……驚いた。こんなに強く押し返されると思わなかった』

『申し訳ありません。咄嗟のことであまり手加減が出来ませんでした』


 闘技場にいる二人の声が耳に届く。それを聞いて皆の視線は改めて二人の方へ向き直る。


「なんだからミズキ、凄く楽しそうです」

「うん……。それにお姉ちゃんも嬉しそう」


 さすがに遠くて細かい表情までは見えないが、声色でそう判断したのだろう。ミズキはともかく、ゆらの声に嬉しさが混じってるのはゆきとミレーヌくらいしかわからないけど。

 そんな二人だが、次はどう動くのか……と思った矢先、すぐさまミズキが動き出した。やはり考えるより動け! という先進論なのだろう。

 だが、それを受けるゆらもほぼ同時に前へ出る。どうやら二人とも、折角なので全力でぶつかりたい様子だ。両者とも、思った以上に武闘派である。


 そして、今度先に仕掛けたのはゆらだった。一瞬先に動いたミズキだが、まさかゆらも前へ出てくると思っていなかったらしく、僅かに逡巡したスキを突かれた感じだ。

 先程のように腰を落とし、しっかりと踏み込んだゆらが、これまた先程同様に正拳を打つ。奇しくも先程とは異なり、ほんの僅かな差で迎え撃つのがミズキとなった。

 だが、先程の二人は互角の打ち合いを見せた。ならば今回も──


『ぐっ……!!』


 そう誰もが思ったのだが、結果ミズキが押し負けて後ろに下がるという光景が。打ち込んだゆらは、拳を伸ばした姿勢で前を睨み、対するミズキは驚きの表情をうかべて後方に下がっていた。

 その攻防に闘技場が大きく揺れる。この大会、あまりにも圧倒的な力で勝ち進んできたミズキが、初めて後退させられたのだ。観客もゆらの力は既に重々承知していたが、まさかこれほどとは思っていなかったのだろう。真正面から正々堂々ねじ伏せたともいえる状況に、湧き上がりは何度もピークを超える。


「お姉ちゃん、すごい……」


 ポツリとつぶやくゆきの声がきこえた。この貴賓席は、さすがに騒がしくなるといけないと、特殊な防音効果のある精霊系魔法障壁で囲ってある。そのため俺達が耳にする歓声は、ヤオの力で耳にしている闘技場の音のみである。


「でも、ミズキちゃんの強さだって本物だよね? それなのに、なんでお姉ちゃんはあんな風に打ち勝つ事ができるの?」

「……多分だけど、経験とか鍛錬の積み重ね……かな。それによる経験値で、ミズキの打撃軸をずらしながら、自分の与えるダメージ効率をより大きく与える箇所に打ち込んでいるんだろう」


 ゆらが忍者という事を考えれば、広範囲攻撃よりも一点を打ち抜くような精密攻撃を得意とするのは当然のはず。それがミズキのような、いわゆる暴風レベルであっても、突き崩すポイントさえあれば的確に打ち抜いてくるだろう。

 ……ただ、それにしてもゆらの攻撃は随分と威力が高い。ここまで精度が高いと、威力が幾分抑え気味になる傾向にあるのだが。そんな事を考えている時、なにやら思案顔のマリナーサが目にとまる。


「マリナーサ、どうかしたのか?」

「……え? あ、いえ。別に大したことじゃないと──」

「申してみよ。おそらくカズキが疑問に思っておる事の回答じゃからの」


 返事をしようとしたマリナーサの声に、ヤオの言葉が重なる。って、俺の疑問の答え? それって今考えてたゆらの攻撃についての事か?

 ふいに言われたマリナーサは一瞬ためらうが、ヤオの言葉なのか素直に話し始めた。


「……実は最初に二人が打ち合った瞬間から、ゆらさんの周囲に不思議な力が流れているのが見えるのです。その……精霊魔法の力、みたいな流れといいますか」

「精霊魔法?」

「あ、いえ。正確には精霊魔法みたいな(・・・・)力です。彼女から発してるような力で、魔法とも精霊魔法とも違うこれは……」


 答えに困り言葉が切れるマリナーサを見て、今度は皆の視線がヤオへ移る。先程の言い様では、ヤオならば何か知っているという感じだから。

 その視線に気付いたヤオは、皆が注目してることに満足そうに微笑むと。


「あれは“気”じゃ。ゆら自身が持っている気を、闘気──闘いの気として放出し纏っているんじゃ」

「気、ですか? それって“気功(きこう)”とかいう……?」

「おお、なんじゃお主も知っておったか」


 ゆきの言葉を肯定するヤオ。俺も“気”とか“気功”は知っているけど、実態が無いからイマイチ実感はわかない。そして俺達以外は、どうやらよくわからないらしい。どうやらこの世界、彩和では“気”という概念が認知されているようだが、こちらの大陸ではあまりそういう考えはないらしい。一応簡単な説明はしたが、すぐには理解できないかな。

 ちなみに気を纏うことだが、魔法ではないため問題はないようだ。言ってしまえば、パッシブスキル効果のようなものだしな。


「しかし、そうなるとミズキは色々と不利では? 技術も経験もまだ及ばない上、“気”という力まで用いられてしまっては」


 そうフローリアに話しかけられたヤオだったが、「そうかのぉ?」と言ってはぐらかす。もしかして、まだ何か隠してるこどが……と思った時だった。


『……流石ですね。全力で打ち込んだんですけど』

『恐縮です。でも、それでは私には届きません』

『はい。なので──』


 軽く拳を構えた状態から、すっと手を開いて体の前に構える。5本の指はきちんと閉じて伸ばす。それを高さを変えて構えた姿勢は。


「……ふむ。お互いこれからが本番じゃな」


 満足そうにミズキの──弟子の構えを見るヤオ。足を前後にずらし、体を斜めに構えるその姿。


「…………空手か」


 俺の呟きにヤオがふふんっと笑みを漏らす。

 力任せにぶつかる時間はもう終わり。ここからは、お互いの持てるすべての力をもって、雌雄を決する時間だ。


「『行きますッ!』」


 届いた裂帛の気合が、ここからだと言わんばかりに力強く感じられた。



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