341.そして、始まりの合図は派手に行く
11/28更新分は11/29に投稿致します
大武闘大会も残すはいよいよ決勝戦のみ。だが、さすがに準決勝第二試合の選手には、連戦では不公平だとの判断からここで30分ほどの休憩が入る。
10分ほど休んだゆきは「もう大丈夫だよ」というので、そのまま観戦席へ戻ることにしたが、さすがに決勝ということで場所がない。仕方が無いので、少々心苦しいが最後はフローリア達がいる貴賓席近くを使わせてもらうことにした。そこにはフローリアとミレーヌだけじゃなく、ラウール王国の王女姉妹アミティ第一王女とリスティ第二王女もいる。そのためかなり目立つから、今回はあまり傍にはいかないようにしてたけど致し方ない。
俺は領主だし、ゆきは関係者で先程準決勝まで進んだ功労者。それに何よりフローリア達の関係者なので問題なかった。マリナーサとエルシーラはどうしようかと思ったが、意図を汲んだフローリアがすぐさま自身の客人扱いとして同席を願い出たので大丈夫だった。
そんな訳で、少し賑やかになってしまった貴賓席で俺達は決勝を観戦することになった。さすがに王女集団のすぐ隣は遠慮したけど。目立つから。
とりあえず腰を落ち着かせると、ゆきが先程医務室での話の続きをしてきた。
「ねぇ、カズキはなんでミズキちゃんが勝つと思うの?」
「カズキはミズキが勝つと予想しているのですか?」
ゆきの言葉に、少し離れた席のフローリアが反応した。多少離れているが、会話には支障ないほどの距離なので聞こえたのだろう。その隣のミレーヌがちょっと不満そうだ。彼女は自分にとって一番縁の深いゆら──エレリナを応援しているのだろう。
「まぁ……ね。二人ともが、本当に全力で勝負すればわからないけど、この大会では魔法……魔力消費による行動の一切が禁止されてるから。ミズキは元々魔力を持ってないから、魔力アイテムでも装備してなければ全力を出せるからね。それに対しゆらは、魔力消費に繋がる行動を制限しながらの戦いになる。彼女は器用だから普通なら問題ないけど、ミズキ相手にそれがどこまでいけるか」
「そうですか……。あ、ゆきさんはどうですか?」
俺の言葉に少し気落ちするミレーヌが、希望をこめた眼差しでゆきを見る。ただ、ゆきの意見も俺と同じのは先刻承知だ。
「私も、ミズキちゃんが勝つと思ってます。理由はカズキが言った事意外にも、大きなものが二つあります。まずは武器。私達忍者が一番能力を発揮できる武器、それが苦無です。ですがこの大会では、苦無装備時の感触を得られる試合武器はありません」
ゆきの言葉で、LoUでの特化武器ボーナスのことを思い出した。確か忍者は苦無での戦闘であれば、攻撃と素早さに1.5倍ほどの数値上乗せがされてたはずだ。短剣は忍者の前職業である盗賊で1.2倍ほどのボーナスが付き、それは上位職でも有効だが、やはり1.5倍に比べると結構見劣りする。
ちなみに盗賊の別の上位職であるアサシンなら、ジャマダハルという特殊な武器で装備ボーナスが入る。こちらも大会での試合武器にはなさそうだけど。
「後は……そうですね。やはりミズキちゃん用に温存しておきたかった手段を、さっきの試合で使っちゃったからかな」
「……それは、最後に二人が繰り出した『捌き斬り』の事か?」
俺の言葉にゆきが少し寂しげに頷く。要はゆきとしては、あの技はミズキからの不意打ちに対して発動させる奥の手の一つにしたかったらしい。以前同じ系統の業を一度当てているから、さすがに決まり手には不足かもしれないが、致命的な不意打ちを一度防ぐには有効だと思っていたとか。
そして、その考えはおそらく姉も同じだとゆきは言う。
「でもお姉ちゃんは、さっきの試合で使っちゃったからね。あの『捌き斬り』のリキャストは特殊で、同系統の当身系スキルと共通のリキャストになってるから、少なくともあと半日は使用できない。だからもう決勝で使うことは不可能ってわけ」
ミズキとしては、人智を超えたやっかいなシステムの反撃手段が一つ消え安堵する所だろう。まぁ、あいつの性格を考えると「せっかく正面から返してやろうと思ったのに!」とか言いそうだけど。
ただ、そういいながらもゆきは笑みを浮かべる。
「んー……でも、やっぱりわからないかな。ミズキちゃんは確かに強いけど、お姉ちゃんの方が戦闘に関しては技術も経験もあるし」
「そ、そうですよね! がんばってエレリナ! あ、でもミズキさんもがんばれ!」
笑みを浮かべてゆらを応援するミレーヌ。だが、あわててミズキの応援もするところが、性根が良い子なんだと思わせるところだ。…………たまに誰よりも策略家だけど。
「おお、そうじゃ」
「ん?」
ふとヤオが何か思い出したように、フローリアたちの傍へ行く。
「わしらはここまでの試合、わしの力で闘技場の音を聞いておったのじゃが……お主らも聞くか? 聞くならこれを握っておれば聞こえるぞ」
そう言って鞭を差し出す。そういえばヤオの鞭って、実際は自身の力を具現化したものだから、手を握ってるのと同じようなものだっけ。今までも何度もやってたな。ヤオが鞭をフローリア達に握らせて戻ってきた時、闘技場の観客の歓声が盛り上がりはじめた。視線をそちらに向けると、
「ミズキが来ましたね」
楽しげな、でもやる気に満ちた顔のミズキが、闘技場に入ってきた。今まではけっこう飄々とした感じだったが、流石に今回は相手が相手だ。いてtみれば、この大会でようやく本気を出す時がきたと。
まずはミズキが闘技場に姿を見せ中央へ。そのタイミングを見計らったかのように、今度はゆらが入ってきた。
──が。
「あっ!? お姉ちゃん、武器が……」
「おっ? これは……」
驚くゆきの声に、皆の視線がゆらの手元に集まる。これまで双短剣を振るっていたゆらだが、今回その手には武器が握られていない。
「ほぉ……ナックルか」
関心したようにヤオが言った。そう、彼女の手に装備されているのは、ミズキと同じようにナックル……拳による打撃武装だ。
「徒手空拳かぁ……なるほど、さすがお姉ちゃんだ」
「もしかして、ゆらって空手とか強いのか?」
「もちろんだよ。武器を持たず、身一つでの任務遂行なんて忍者の基本だよ。私みたいに職業=忍者っていうんじゃなく、お姉ちゃんは狩野一族の最強なんだから」
どこか嬉しそうに言うゆきだが、確かにこれはちょっと面白そうだ。
ゆらの素手での格闘がどれほどか知らないが、単に意表をついた付け焼刃というわけでもないだろう。ミズキもそれを本能で察してるのか、先程までとは違う緊張感をもった目を向けている。
そして観客たちも、両者がナックル──近接でのガチの殴り合い勝負をする事がわかり、どんどん歓声が伸び上がっていく。
闘技場で主審が改めてルール説明をし、それぞれの確認をする。二人とも相手を見て、そしてしっかりと頷く。
『……それでは。両者、構えて』
主審の言葉に二人がすっと拳を掲げ構える。
「『始め!』」
開始の声が響き、地面をゆるがす大歓声が沸き起こる。
その歓声の中、二人はゆっくりと近付きお互い拳を前へ突き出す。なるほど、まずは拳を合わせての“礼”か。
────誰しもが、そう思ったのだが。
『ハァッ!』
『フンッ!』
パァアアアアア──────ン!!
空気塊がはぜるような振動を含む音が響き、両者が拳を突き出したまま後方へ弾き飛ばされる。
ゆっくり突き出した拳が、あと数センチで触れる──という瞬間、ゼロ距離から爆弾を思わせるかのごとく拳を繰り出したのだ。
…………二人とも。
静寂。
そして、大歓声。
大武闘大会の決勝の幕は、いまここに切っておとされたのだった。




