340.そして、勝敗を決する思い込み
追記:11/25更新分は11/26投稿予定と致します
『くっ……!』
聞こえてくるのはゆきの苦しげな息遣いと声。先程ヤオがゆらの行動を見て『面白い事をしおるなぁ』と言ってから、数度の交差があった。だが結果は、目に見えてゆらの優位だという事に。
ヤオの言い分から、ゆらが何をしているのか重々理解しているのだろう。俺も一応の予想はついたので、ヤオに聞いてみた。
「あれは、瞬きを利用しておるのじゃ」
「やっぱりそうか……」
予想はしていたが驚きを隠せない。ゆらは、ゆきの瞬きをするタイミングを完璧に把握して、それに合わせて踏み込みをしているのだ。
人間の瞬きというものは不思議なもので、やっている本人には瞬きをしている時の閉じた視界が認識できないのだ。それは単に速すぎるから、という訳ではない。人間の脳は、瞬きをした一瞬だけ活動を停止するからだ。そのため、瞼が下がって視覚がゼロの状態の時、ほんの一瞬だが人間は脳による認識を停止してしうのだ。
つまりそのタイミングで動かれた場合、ほんの僅かな時間だが完全な死角となる。だが、普通知っていてもそんな事は出来ない。まず相手の瞬きのタイミングを把握することが無理なうえ、瞬きの僅かな時間に合わせて動くことも困難だ。だがゆらはそれを実践している。相手が妹のゆきだからこそなのだろう。
そのカラクリをマリナーサ達に話すと、あまりの非常識さに唖然としていた。
「……やはりゆらさんも、カズキさんの仲間なんですね」
「本当……何と言うか、非常識ですね……」
「ははっ、主様よ随分な褒められっぷりじゃな」
「……褒めてないだろ」
他愛も無いやり取りをしながらも、視線は闘技場の二人をじっと見ている。先程までの拮抗した雰囲気とはちがい、あからさまにゆらが優勢な状況だ。ただ、さすがのゆらも自身の動きを“速さ”の一点に注ぎ込んでいるため、そこ攻撃の精度や威力が普段よりも落ちている。そのため確定的な一打がだせずにいるが、それでも徐々に優劣が明確になってきた。
だが、さすがにゆきもコレで終わる事はなかった。少し後方に跳び距離を取ると、幾分上体を起こして双短剣を構える。その動作に何か気付いたのか、ゆらが追撃をせず動きを止めた。
それを見て俺も気付いた。なぜならそれは、以前ここレジスト共和国でゆきが一度見せた技だから。
「……“当身”か」
「当身?」
「ええ。今ゆきがしているのは、相手の攻撃を受けて反撃するための構えです。でもあれは確か刀を装備しているから出来る……ああ、こっちは『捌き』か」
ゆきが以前使ったのを見たのは『斬り返し』というスキルで、LoUでは『当身斬り』と呼ばれていた。使用条件の一つに刀装備があり、ゲーム内では職業『侍』のキャラのみ使用できた技だ。だが、後々他の幾つかの職業にも類似スキルが実装された。その中の一つが『捌き斬り』と呼ばれるもの。こちらは短剣系か片手剣剣の場合に使用できるスキル。ただ、どちらの場合もリキャストに半日必要で、まともな実戦では死にスキルと呼ばれていた。
その『捌き斬り』を、おそらくゆきはONにしているだろう。切り替え可能なパッシブスキルなので、次にゆらが踏み込み切り込んだ瞬間に発動するはずだ。もしかしたら、ゆきはこれを決勝で対ミズキ用に温存しておきたかったのかもしれない。以前ここでミズキとの試合を決したのが、まさにそれなのだから。
そんな気配を感じたのか、ゆらが慎重に構えをする。だが、折角流れを粗方決めているタイミングで、二の足を踏むのは悪手だと判断したのだろう。一瞬のスキをついて飛び込んだ。
次の瞬間、短剣を──いや、短剣を握った拳をゆきに突き出すゆら。その行動に、ゆきのスキル『捌き斬り』が発動する。
受けた先手の攻撃を捌き、こちらが後手で返す高壁を先に当てる。以前みた“後の先”の形だ。
刹那の交差で『捌き斬り』が発動し、それが見事に相手に入る。
『っ!?』
闘技場の声が漏れ聞こえる。そしてそのまま、驚きを顔に浮かべゆっくりと気絶して地面に倒れる。
その様子を見ていた主審が高々に手あげて、勝者の名前を叫ぶ。
「『勝者ッ、狩野ゆら!』」
勝者宣言をうけ、ゆらが周囲の観客へゆうがに頭を下げた。
医務室へ行くと既にゆきは気がついており、ベッドの縁に腰掛けていた。入ってきた俺たちを見て、明るく「負けちゃった」と笑った。そこには無理している様子はなく、楽しかったなぁという感情がありありと浮かんでいた。
ただ、最後に何があったのか自分でも理解できないと、ゆきが俺達に説明を求めてきた。
「ゆきが最後にしてた構えって『捌き斬り』の待ち状態だよな?」
「そうだよ。お姉ちゃんの動きが目で追えなかったから、以前ミズキちゃんとやっと時みたに当身で返そうとしたんだけど」
やはり思った通りだ。ただ、普通に『捌き斬り』で攻撃をうけたのならば、システム設計上確実に相手へ攻撃が通るはず。なのに今回それが成さなかった理由は──
「ゆき。お前は最後、ゆらの『捌き斬り』で負けたんだよ」
「……え? お姉ちゃんの『捌き斬り』?」
「ああ。お前が繰り出した『捌き斬り』を、ゆらの『捌き斬り』が切り返したんだ」
だが、俺の言葉を聞いたゆきが興奮気味に反論してきた。なぜならば、
「でも、それっておかしいよ? 『捌き斬り』って攻撃をしてない状態で発動するスキルなんだかた。あの時おねえちゃんは私に攻撃をしてきたから、私の『捌き斬り』は発動したんだよ。そのお姉ちゃんが『捌き斬り』を発動し返すなんて、出来るハズなんもん」
そうまくしたてるゆきの言葉だが、確かに正しい。ゆきが攻撃を繰り出した中で『捌き斬り』は発動し切り返される。なのでゆらが『捌き斬り』を発動するには、ゆきの反撃が終わった後でないと無理なのだ。
だが、ゆきは大きな勘違いを一つしていた。
「……ゆき。お前は一つ大きなミスをしたんだ」
「ミス?」
「ああ。お前が『捌き斬り』を出す切欠になったゆらの行動……あれは本当に“攻撃”だったか?」
「えっ………………」
俺の言葉にゆきが絶句する。しばらく固まっていたゆきの頭に、そっと手を伸ばしてポンっと手を置いてみる。その手を少しはずかしそうに見上げるゆき。
「なぁ。今の俺のこの手……お前は攻撃だと思ったか?」
「…………そっか。あの時お姉ちゃんの伸ばした手、あれは攻撃じゃなかったんだね」
「そうだ。だが、お前はそれを攻撃だと思った為『捌き斬り』が発動した。それを受けて、ゆらの『捌き斬り』も発動した。それがさっきの試合だ」
瞬きタイミングで何度も踏み込みからの攻撃を受け、ゆきの中で“近寄った=攻撃”の図式が定着してしまったのだろう。ゆらが伸ばした手を見て、攻撃と判断してスキルを発動したのも無理からぬ事か。
だが、ゆらはそう判断したゆきがスキルを発動することまで見越して、行動を起こしたのだろう。
「……それで? カズキはどっちが勝つと思う?」
「ん? ミズキとゆらか?」
「うん」
「そうだなぁ……まぁ、いい勝負だとは思うけど、ミズキだな」
そう告げると「そっか」と呟くゆき。そして、こっちを見てにこりと微笑むと。
「うん。私もそう思う。ミズキちゃんの勝ち、かな」
自信たっぷりにそう言うのだった。




