339.それは、自分の知らない刹那の時
次回更新は11/23とさせて頂きます。申し訳ありません。
準決勝の第一試合の後、すぐさま闘技場を整備が行われた。なにせ続く第二試合、ある意味“もう一つの決勝戦”と言っても過言じゃないからだ。
狩野ゆらと狩野ゆき。
彩和出身の忍である狩野一族の姉妹で、長である狩野十兵衛さんの娘。そして……二人とも俺の許婚でもある。そんな二人だが冒険者ランクは随分高く、この国基準でいうとゆらがSランクでゆきがAランク。ただ、実際のところは両者とも常識範囲内のSランクを超えてると俺は思っている。
そんな二人が、魔法不使用という条件ではあるが、本気での試合をするのだ。どういう結果になるかわからないが、これに燃えずして何に燃えろというのだろう。
闘技場をじっと見ていた観客から、徐々に歓声が上がり始めた。闘技場のフィールドへ続く通路kから、ゆらの姿が見えた。それとほぼ時を同じにして、反対側からはゆきも入ってくる。
お互い着慣れた、狩野一族が待とう忍装束。先程まで二人が着ていたものと同じはずだが、会場が観客が空気が違う。それゆえに、何かしらの決意を指し示すための装束とすら思える。
そんな二人からは、ここから見る限り何の気負いも感じられない。だが、お互い視線を相手からはずそうとしないのを見るに、色々な思いが交錯しているのかもしれない。
既に二人が闘技場へ姿を見えた時点で、俺達はヤオからあそこの音を聞かせてもらっている。だが、今のところ耳に届くのは主審の声のみで、二人からは一言の声は勿論、動く際の衣擦れ音さえ漏れ聞こえてこない。
そして主審の諸注意説明が終わり、少し離れて二人を見ながら手を掲げ──
「『始めッ!』」
肉声でも十分響くような、しっかりとした試合開始の声が響き渡った。その瞬間、空気が揺れるほどの大歓声が沸き起こる。
そんな中、二人はというと……両者とも微塵も動かずににらみ合っていた。実際のところ、二人共がお互いを存分に知っているというのは、いかんせんやりにくいのだろう。それは自分と相手の、得意とする所や苦手とする所を知っているからでもある。
普通に考えれば、自分の得意な方法で相手の苦手を切り崩す……というのは基本だろう。だが、もしその考えを逆手にとられたら……という疑問も当然沸いてくる。そうなった場合、強みと弱みは一瞬にして入れ替わる危険性をも含んでいる。そういった懸念もあり、無条件に飛び出すことは躊躇われるのだ。
結果、両者ともピクリとも動かずに相手を見ている状態だ。しかし、何時までも見合っているわけにも行かないと、意を決して動いたのは──
『ハァッ!』
『ヤァッ!』
キィィィイイインンン──……
──二人共だった。まったく同じタイミングで踏み込み、一瞬にして闘技場中央で一合入れる。同時に両者の短剣がぶつかった音が高い音色を観客にまで響き渡らせる。
だがそれも一瞬。次の瞬間には、まるで何もなかったかのように先程と同じ位置にいた。だが二人共、先程とは違い武器を前に出し腰を少し低く構えていた。それを見て、皆は今の一瞬の交差が幻ではなかったと実感する。
そして──これまでで最高の大歓声が闘技場を揺らした。人の声で本当に地面が揺れたのだ。だが、その揺れが次の合図だったかのように、二人はまたしても同時に地面を蹴り前へ跳ぶ。おそらくは姉妹特有のシンクロのような状況なのだろう。人として形成されている構造の奥底、そこにある感覚とか感性とか……そういう部分が同じというか。
お互い、今理性だけで動いているのではないのだろう。これまでの経験で培った慣習と、忍者としての本能をも生かして動いている。そんな二人は、今のところ互角の勝負を見せている。
二度目の打ち合いも、圧倒的な互角だった。数回の斬撃は先程同様、すべて甲高い金属がぶつかる音へと変化した。そして最後は蹴り技を繰り出し、自分の足を相手の足にぶつけた状況に至った。普通ならば、少々たたらを踏みそうな程激しい交差だったは、二人共しっかりと軸足だけで踏みとどまり、ゆっくりと後方へ下がり距離をとった。
当然沸き起こる歓声。この大歓声になれないと、勝負以前に負けることになりそうだ。
「……見事なまでに互角じゃな」
「やっぱりそう見えるか」
ポツリと呟いたヤオの言葉に、俺も同意する。二人が同じ流派であるため、その基本も戦術もまったく同じなうえ、血筋による戦略方針なども酷似しているのだ。
だが、当然それは戦っている二人も承知しているハズだ。おそらく先程までの流れで、それを確認したのだろう。ならば次はどうなるのか……。
「……ゆきさんの構えが少し変わりましたね」
「ですね。手にした双短剣を、逆手から順手に持ち替えてます」
隣で見ていたマリナーサとエルシーラが言うように、ゆきが普段使っている苦無と同じように逆手にしていた短剣を構えなおしていた。
順手と逆手の違いはいろいろあるが、短剣とはいえ武器を少しでも大きく振るならば順手だろう。逆手は狭い室内での立ち回りに向く握りであり、イメージ的には忍者がやってるという節がある。そして勿論だが、ここ闘技場は開けた場所。順手で振りぬいてもなんら問題のない場所である。
『はッ!』
ゆきの構えが変わったことに一瞬気をとられたのか、今度はゆきだけが大きく前方へ抜け出した。ゆらもすぐに体勢を立て直して、振るわれた剣を受け止める。先程と同じように幾度か攻防が起こり、観客がまたしても盛り上がる。
ただ、今度は先程とは少し違っていた。順手持ちにした短剣のわずかなリーチ差で、ゆらの反撃範囲そのギリギリ外から攻め立てるゆき。反撃に転じたゆらの攻撃の多くは届かず、僅かな差でゆらが一方的に攻撃を受ける事になった。
そして攻撃の余波で、防御の構えで数歩分後ろへ飛びのく。三度目の交差で、ついに両者の攻防均衡が崩れたのを見て、空気を揺らす歓声が会場を包み込む。
一見して、ゆきが優勢にたったように見えるが、その姉であるゆらが同様に構えを切り替えることは想像に難くない。なので観客は皆、ゆらも同じように構えを切り替え────と、思ったのだが。
すっと体の力を抜き、短剣を握ったまま姿勢を正すと、まるでカーテシーでもするかのように一礼。なんのつもりだろうかと、その思惑をつかみかねているゆきを見て。
『行きます────』
『…………ッ!?』
ポツリと呟いて一拍置いた次の瞬間、既に目の前にいるゆらにゆきは驚く。自分はほんの一瞬も相手から目を離してないにもかかわらず、その接近に気付けなかったのだから。
「ほぉ、面白い事をしおるなぁ」
「え!? ヤオ様は今のがわかったのですか?」
かかかと、一人何が起きたのか理解して笑うヤオ。それを見て、いまいち状況を理解できないマリナーサが、驚きの声で問いかける。
「無論じゃ。最も、何が起きたのか一番わかってないのは、ゆき本人じゃろうけどな」
そう言って向ける視線の先には、どこか唖然とした表情のゆきがいた。
状況を打破しようと切り替えた構えで、ようやく優位に立てた……そう思った次の瞬間、まったく理解できずにやり返されたのだ。
『行きます』
『くっ……』
ゆらの言葉に、一瞬ひるむゆき。だが手段を講じる時間もないので、ひとまず避けて──と思った瞬間、またしても目の前にゆらがいた。
その事に戦慄しながらも、全力で武器を振り応戦するゆき。
ここにきて勝負への分かれ道が、大きく明暗を付けて記されたのだった。




