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337.それは、見据える先の憧れる強者へ

追記:11/14の更新はお休みします。次回は11/16(土)に投稿致します。

 歓声の中、ゆらは観衆に手を振りながら闘技場を後にした。その姿が通路奥に消えても、しばらくは賑やかしい声はやまなかった。

 そんな中、ようやく一息ついた感じでマリナーサ達がこっちを見る。


「先程のゆらさんですが……一体何をされたのですか?」

「私には、ゆっくりと短剣を掠らせたようにしか見えませんでしたが……」


 二人はそう口にするが、おそらくこの会場のほとんどの人がそう思っているだろう。俺とヤオ以外であれば、もし試合を見ていたならミズキとゆきくらいか。あ、ジンライさんなら何か見えたかも。


「さっきのゆらがやった事なんだけど、今エルシーラが言ったことは半分正解だよ。たしかに先程ゆらは、短剣を掠らせたように(・・・)見えていたからね」

「えっと……どういう意味ですか? やっぱりわかりません」


 せっかくだからと少し勿体ぶったけれど、どうやら二人は早く聞きたいようだ。まあ、この後にはゆきの試合もあるし、あまり引き伸ばしたらダメかな。


「さっきのゆらの攻撃なんだけど、実は攻撃は一回だけじゃなかったんだよ。とても素早く何度も、全く同じ軌道で短剣を振ってたんだ。それがゆっくり見えたのは、通常では視認できる限界を超えてしまったため、移動動作のほとんどを認識できなかったからだ」


 要するに、走行中の車のタイヤホールがゆっくりに見えたり、ホバリングしているヘリのプロペラが停止してみえたりするアレだ。ゲームで言うならば、30フレームとか60フレームという単位時間に移動のすべてを終わらせて、次フレーム時には先程と同じ位置にいれば、実際は高速で動いているのに見た目には停止しているように錯覚すると。

 マリナーサとエルシーラは当然フレーム知識なんてないが、なんとか説明して理解してもらった。


「つまりゆらさんは、脅威的な速度での連撃でダメージを与えた……と?」

「んー……まあ、おおまかに言えばそうなんだけど、実際はもうちょっと違うかな」

「違う?」

「ああ。さっきのゆらの攻撃なんだけど、実際には一度も短剣は相手に触れてないんだよ」

「「えっ」」


 驚く二人。確かに相手の男とは体に怪我を負っていた。ならば当然武器が当たったことによる負傷と考えるのが当然だ。だが今回、ゆらの武器は一度も相手には触れていない。


「ゆらは“風”で攻撃をした。幾重にも重なった風の刃で」

「風の、刃……」


 そう呟いたマリナーサは、はっとした顔をしてこちらを見る。


「もしかして、ゆらさんは刀を操ることで精霊シルフが扱うがごとく、風で相手を攻撃したということですか……」

「うん正解。もっともゆらは、いかに傷を浅くしようかと必死に手加減してたけどね」

「さっきのは、そういう意味……」


 ゆらの試合観戦中、ヤオが言った『どのくらい手加減すればいいか』という言葉の事だ。あの時点で手段はまだしも、ゆらが手加減を試みていることは十分わかったからな。


「でも、そんな事が自身の技術で出来るならば、ゆらさんが優勝候補の筆頭ではありませんか?」

「そうでもないよ。所詮これは魔法禁止による試合だからね。そんな限定下において意味がある技術だとも言えるから。それに相手がミズキやゆきなら、同じ速さで止められてしまうだろうね」


 とはいえ、心境としてはなかなか驚いた。おそらくは大会ルールの『魔法使用禁止』をうけて、通常魔法だけじゃなく魔力消費するスキルも抜きにして、どう立ち回るかを考えた末の技術だろう。もしかしたら、ゆらは他にも何か隠してるかもしれないし、同様にゆきもそう考えられる。ミズキは……あー、どうかなぁ。あんまり考えてなさそうだな、ウン。


 そんなタネ明かし雑談をしていると、観客たちがわっと沸き始めた。この状況での歓声は、改めて確認する必要もない。第二回戦の四試合目の選手、ゆきが入場してきたのだ。

 先程のゆきの試合は、対戦相手が不正により途中で失格となった。そのためゆきも観客も些か消化不良な部分もあった。だが、既にゆきが彩和での一等級冒険者──こちらでのAランク冒険者で、十分有名な存在のため、今回こそはと注目はがぜん高くなっていた。


「……さて。今度はちゃんとした試合を見れるよう期待しておくかの」

「なんだ、ヤオも結構楽しみにしてるのか?」

「当然じゃろ。ミズキは無論、ゆきもゆらも仲間なんじゃしな」


 ヤマト領で一緒に住むようになって、ヤオと皆の仲は一層深くなった。元々ミズキは師弟関係があったし、ゆきとゆらはお互い彩和の出ということで色々と嗜好の合致もあったとか。そしてフローリアとミレーヌに関してだが、こちらは主に現実(あっち)でのアニメ観賞で仲が良すぎる。そのため、結構定期的に向こうへ行っているのだ。

 ……ファンタジー系世界の住人が、ニチアサなんて単語を覚えるんじゃありませんっ。


「始まりますよ」

「おっと」


 マリナーサの声にあわてて闘技場を見る。既に両者は中央でにらみ合っている。ゆきは先程と同じく双短剣を装備している。ゆらもそうだが、忍者であるため苦無と取り扱いの似ている武器ということだろう。実際試合中は、二人とも双短剣を逆手に構えてるし。

 そして対戦相手だが……何の因果か、またしても男のアサシンだ。だが先程と違うのは、きちんと第一回戦を勝ってこの場にいるという事だろう。両者への確認が終わり、審判が少し去って手を上げる。


「始めッ!」


 試合開始の声と共に観客の声が一気に溢れる。気の弱い冒険者では、この声だけで驚いて隙でも生じてしまいかねない音量だ。

 だが、さすがに大会本選に出る両者はまったく気にした様子を見せない。暫し見合うも、ほぼ同時に両者飛び出してぶつかる。数回武器同士が火花を散らすと、これまた同時に下がり距離をとった。

 ほんの僅かな打ち合いながら、その迫力にまたしても観客が沸く。その様子にマリナーサたちも「ほぉ……」とか「わぁ……」と声を上げるも、俺とヤオは軽く苦笑いをしてしまう。


「ん? お二人とも、どうかされましたか?」


 それに気付いたエルシーラが不思議そうに声をかける。白熱した攻防を見て、俺達が苦笑いをしてのが気になったのだろう。


「いや、ゆきなんだけど……なんとも気が早いというか……なぁ?」

「くくっ、まったくじゃな」

「どういう事?」

「つまりだな……今ゆきは、相手がアサシン──自分と同じ双短剣を使う隠密職の冒険者だから、それをゆらに……次の対戦相手に見立てて立ち回りの最終確認をしてるんだよ」

「「ええっ~!?」」


 俺の言葉にマリナーサたちは「正気!?」みたいな顔をする。だが、実際にゆきの動きを見るとそうとしか思えない。先に動いた相手に対し、更に一呼吸遅らせてから最速で対応をしている。わかる人にはわかるのだろうが、正直対戦相手としてはたまったもんじゃないだろう。

 ゆきの動きをみて隙だと打ち込んでみると、普通では間に合わないほどの速さで確実に防がれてしまう。おまけにその直後の男の隙には、何の手出しもせずに軽く短剣の柄頭(つかがしら)で押し返される程度のリアクション。何度か交わって、すぐさま男の心情が落ち着かなくなってしまった。

 結局、その後も2~3回の攻防の後、男が短剣を落としてうずくまってしまった。見ればその両手に、何箇所か何か押し当てたあざのようなものができていた。ゆきが柄頭で押していたのは、単純に跳ね返すだけじゃなく、手の筋肉に関わる神経を麻痺させていたのだろう。

 男が武器を落とした瞬間、一瞬観客は驚きに息を飲んだが、すぐさまその苦悶の表情と赤くはれた両手を見てざわめきがひろがった。すぐさま審判がその様子を確認し、


「勝負あり! 勝者、狩野ゆき!」


 名乗りを上げた瞬間、歓声が闘技場を沸かした。


「……ふむ。これまた、地味な勝利じゃな」

「忍者だからな。それに忍者がド派手な勝ち方するのもどうかと思うぞ」

「じゃが、そろそろそうも言ってられんじゃろ。ミズキはともかく、その次は──」


 勝者の名前が掲げられているトーナメント表に目を向ける。

 少しの休憩時間をはさみ、いよいよ大会の準決勝だ。準決勝の第一試合はミズキが出る。正直それはいつも通りだ。

 だが、第二試合──こちらは、ついに(・・・)というべきだろう。



  狩野ゆら vs 狩野ゆき



 正直俺も、かなり楽しみにしている。

 単純に「どっちが強い?」などという問いも答えも無粋だが、それでも一度は見てみたいというのが抑えきれない本音だ。

 勝ったゆきは、まだ闘技場から退場していたなかった。

 そのかわり先程ゆらが消えていった道を、じっとしずかに見つめていた。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] コマ落ちやフレームによる錯覚なんだけど、あれって蛍光灯やストロボの時のみに起きることで、屋外の自然光のもとでは絶対に起こらないんだよー。 映画のコマやテレビやゲームでは、1秒間に24…
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