336.それは、斬り抜ける鈍速の刃
大会は二回戦の第二試合が終わったところだ。二回戦の試合でここだけ身内が関与してないので、特になにも考えずに休憩がてら見ていた。
試合内容としては特筆するような事は無かったが、単純に正面からガチのぶつかり合いだったので、観客としては大いに沸いた。こういう場面では、見ている人達の盛り上がりも重要な要素だな。
そんな感じでつつがなく終了し、これから第三試合が始まる。この試合と次は、ゆらとゆきが連続で出てくるのでまたちゃんと見ないといけない。……というか、組み合わせ的にここから決勝まで、ずっと誰かしらが出るのか。うん、楽しみが続くね。
闘技場が整備され、ゆらと対戦相手が入ってきた。ゆらは先程と同じく双短剣で、対戦相手の男は……両手剣だ。確かに当たれば威力はあるけど、ゆらのスピードについていけないんじゃないのか?
「あの対戦相手、どうみてもパワー系よね。ゆらさんの動きについていけないんじゃないの?」
「そうよね。あの両手剣が当たれば勝機はあるかもしれないけど、まず無理かな」
一緒に見ていたマリナーサとエルシーラがそんな事を呟く。どうやら同じ事を考えていたらしい。言葉にはしなかったが、横にいるヤオも同じことを感じたようだ。
闘技場では両者が中央で向かい合う。ここからでは聞こえないが、審判が試合前の最終確認をしているようだ。
「流石に遠いから、何を言ってるのか聞こえないのが残念だな」
「ふむ……。なら主様にも聞くかの?」
「「「えっ」」」
ヤオの言葉に俺だけじゃなく、マリナーサたちも驚きの声をあげる。ヤオは自身の能力で、試合中の選手の声もちゃんと聞こえているとの事だが、それを俺にも聞こえるようにしてくれると?
「驚くことはなかろう。わしが聞いたものを念話に乗せれば主様にも聞こえるじゃろうて」
「そうなんだ……。じゃあお願いしてもいいかな?」
「うむ、まかせておけ!」
俺の願いを笑顔で了承するヤオ。するとそれを見てたマリナーサ達が。
「あのヤオ様。よろしければその声を、私達にもお聞かせ願えませんか?」
自分達も是非と言ってきた。
「ふむ……。ならばわしの身体に触れればいいか。袖でもつまんでおけば十分じゃろ」
「はい、わかりました」
「では失礼致します」
そっとヤオの袖を摘む二人。いまヤオが纏っている服は、ヤオが作り出したものなので身体の一部ということなのだろう。
『どうじゃ、聞こえるか』
「は、はい」
「聞こえます」
ヤオの声がいつもの念話で聞こえ、それに返答する二人の声が普通に耳に届く。この二人は念話が出来ないから仕方ない。
『それじゃあヤオ、闘技場の声をよろしく』
『うむ』
ヤオが返事をすると、すぐさま闘技場での声が聞こえてきた。
『──よろしい。ではこれより大武闘大会二回戦第二試合をはじめる』
これは闘技場にいる審判──主審の声だ。確かにここから見える口パクと声が同じだ。そして主審は少し下がり、手を上げた。
「『始め!』」
そして試合開始を告げる。さすがにこの声は、観客にも届くように発しているので肉声でも聞こえた。今までもこの開始と終了の勝者宣言は聞こえてたな。
闘技場では、素早く踏み込んだゆらが即効で勝負を決めにいった。一瞬で男の懐に飛び込み、そのまま攻撃を当てた──
『っ!?』
驚いたゆらの息遣いが聞こえ、同時に後ろへ大きく下がり距離をとる。その直後、男の持った両手剣がゆらのいた場所を横払いで通り過ぎた。流石に使い慣れているらしく、当たれば結構なダメージになりそうな攻撃だった。
だが、気になるのはゆらの反応だ。確かに攻撃を当てたと見えたが、次の瞬間距離をとっている。そして男にはダメージは入った痕跡がない。
「おそらくは防御系のスキルじゃな」
「防御系……身体強化形のスキルで防御力が上がってるのか」
「うむ。普通ならば多少堅いとなる程度じゃろうが、この大会では魔法以外にも刃の付いた正規武器は使用禁止なのじゃろ? 訓練用に刃を落とした武器では、おそらく攻撃が通ることはなかろう」
つまりあの男は、この大会のように制限された状況下では圧倒的な防御力を発揮するスキルを持っているというわけだ。無論、きちんとした武器や魔法ならば容易に打破できるが、今行っている試合では徒然それは失格となる。
「それじゃあゆらさんは……」
「勝てないの……?」
俺とヤオの会話を聞いて、不安げな表情を浮かべるマリナーサ達。確かに今の話を総合すれば、いくらゆらの動きが速くても、ダメージが入らないのでは勝機は無い。
だが、そんな不安げな二人に対してヤオが言った言葉は。
「そんなわけなかろう。寧ろ、どのくらい手加減すればいいかを悩んでおるところじゃろうな」
「「ええっ!?」」
ヤオの言葉に、今度はそろって驚きの声をあげる。ゆらの本当の力を知らないと、想像の尺度が普通の冒険者のソレになっちゃうよな。でもあの程度の防御なら、おそらくゆらは物ともしないで打ち抜くんじゃないかな。
実際、本気でぶち当てれば防御の上から抉るように攻撃を与えられるだろうけど、そんな力技ではなくきちんと切り抜けるはずだ。
そんな事を考えていると、闘技場での会話がこっちに聞こえてきた。
『はは、悪いな譲ちゃん。見ての通り俺の身体は特別でね。試合用武器じゃあ俺の身体に傷一つつけられねえぜ』
『……なるほど。刃が無い武器による、斬撃ではなく殴打への防御特化スキルですか』
会話から、先程ヤオが言ったことが正解だとわかる。だが、それが分かったとしても今のゆらに斬撃手段はない。刃を落とした双短剣は、どんなに押し当てても打撃になるのだから。
『正解だ。だが、それが分かったところで意味はない……ぜっ!』
今度は男が踏み込んで、思いっきり両手剣を振る。もちろんゆらは避けるが、横を抜ける際に打ち付けた短剣はまたしても弾かれる。次の攻撃を警戒して、またしてもゆらが距離をとる。その攻防に観客が沸くが、正直な所これは旗色が悪い。なんせ二人が打ち合った際、先に距離をとるのはゆらの方。つまり逃げ回っていると想われる可能性もあるのだ。まだ2回ほどだからいいが、これが数回続くとまずいか。
『ホラホラ、逃げるだけじゃ勝てないぞ』
『……そのようですね』
状況を理解しているのか、男がゆらを挑発する。そして、ゆらもそれが分かっているから肯定の返事を返す。そして──すっと目を細める。ああ、何かやる気だ。
「勝負あったな」
「えっ! で、でもまだゆらさんは……」
「何を勘違いしておる。ゆらの勝ちじゃ」
「へ?」
ゆらの変化にヤオも気付いている。あの表情をする時は、本気で技を繰り出す時だ。
『先に警告しておきます。今から貴方に勝ちます。もし怪我を恐れるのであれば、今すぐ負けを認め立ち去って下だい』
『……何だと? 随分とふざけた事を言いやがるな』
『ふざけてなどおりません、事実です』
ゆらのその言葉を聞いて、男が激怒する。
『いいだろう! 全力で叩きのめしてやるッ!』
激情にかられて飛び込んできた男は、先程よりも速く鋭い。だが、当然それを見越していたゆらも、すっと流れるように前に飛ぶ。
『んがあああああッ!!』
渾身の力で、今までよりも鋭い斬撃を繰り出してくる。それをゆらは交わすも、男へ繰り出す攻撃は、今までよりもずっとゆっくりとした流れを見せる。剣を振りぬきおわった男の身体に、ゆっくりと短剣が滑るように触れる。今までゆらの攻撃が見えていなかった人も、今回は見えるほどの速度で。
そしてすーっと短剣をすべらせた後、そのまま男の向こうへ飛びぬけた。
「……ふむ。中々見事じゃな」
「ですね」
「え? えっ?」
「それはどういう──」
感心するヤオと俺に、マリナーサとエルシーラが困惑したその時。
『ぐぅあああっ!?』
闘技場から男の声が聞こえた。驚愕を含んだ声だ。
その声の方を見ると、男の身体にはまっすぐな刀傷があり、そこからじわりと血がにじみでていた。
『……思い切り手加減を致しました。もし続けるのならば、次は──』
『ま、まいった!』
冷徹な声でつげるゆらに、男が心底恐怖した声でまいったを告げる。今のでゆらの言葉が、はったりじゃないとようやくわかったのだろう。
「『勝者、狩野ゆら!』」
大歓声につつまれる闘技場。
その立役者であるゆらは、こちらを見て微笑むとゆっくりと礼をするのだった。




