334.それは、浅ましきを射貫く言の葉
大会は順調に進み、これから第一回戦の最終戦……つまりゆきの試合が始まるところだ。
とはいえ、相手は予選上がり組の中でも最後に勝ち抜けてきた人。たしか予選が終わり本選に登録する際、相手がゆきだと知ってため息をついていたような気がする。ということは、さほど苦戦するような相手じゃないってことか。
そうじゃなくても、この大武闘大会では魔法は禁止。純粋な自身の身体能力のみで戦うルールなので、ゆきが遅れをとるとは到底思えない。
ゆきが闘技場に姿を見せた。途端、わっと歓声があがる。既にこの大陸でも、顔と名前が売れてきているという事か。その表情もリラックスしており、緊張している感じは見受けられない。
そんな中、相手も入って来た。その姿を見て、かすかにゆきの目が細められた。忍者装束を纏うゆきとは違う、別の隠密性の高い衣服を纏ったその姿は──アサシンだ。
この世界のアサシンは職業のアサシンであり、よくある暗殺者とかではない。まぁ、実際のところそういった類の輩は、アサシンが担うことも多いので完全な間違いではないのだが。要はシーフと泥棒は違うってのと同じだ。
だがそんなアサシンの選手は、相手がゆきであると分かっていながらも堂々としている。本選登録時に肩を落としていた人物とは思えないほどだ。……まさか本当に入れ替わったとか? 気になったので、すぐさま確認をとってみるが、どうやらそれはないようだ。
あのアサシンの名前はネジェスト。予選からの参加なので、名前以外のデータは無いらしい。しかたない、まずはゆきの試合をちゃんと見よう。まぁアッサリ決着するんだろうけど。
……そう思っていたんだけど。
「ゆきの動きが……悪い?」
思わず声が漏れてしまう。それほどに驚いたのだ。
確かに相手のアサシン……ネジェストの動きは良いと思う。アサシンとして十分な及第点だろう。だがゆきであれば、軽く避けてあっさりと勝負を決めれるレベルだ。それなのに、何故かゆきはネジェストの攻撃をギリギリ凌ぐぐらいでなんとか立ち回っている。これがそういう演出なら良いのだが、そこに浮かぶ表情はどう見ても必死な色合いが濃い。
一瞬思い浮かんだのは、ネジェストが何かやっているのでは……という考え。それは彼に対して失礼かとも思ったが、そうでなければゆきがあそこまで不調になる理由が見つからない。
そんな不穏な光景を見ている俺に、声をかけてくる人がいた。
「カズキ! ここにいましたか!」
「え? ああ、マリナーサ。それにエルシーラも」
そちらを見ると、マリナーサとエルシーラが居た。よく考えたらレジスト共和国は、ダークエルフ達の洞窟から歩いてこれる距離だったな。この二人が居てもなんの不思議もないか。
だがマリナーサ達の表情は、酷く焦った状況になっている。何だろうと思ったら、そっと耳に口を近づけて小声で話しかけてきた。
(今ゆきと戦っている男……彼は魔法を使っています)
(えっ!? この大会は魔法禁止じゃなかったか? それに魔法を使えば、すぐに周囲で魔力監視している人が気付くんじゃ?)
(はい、普通ならばそうです。ですが……あの男は、魔法使用の痕跡を別の精霊魔法で隠蔽してます)
(えええっ!?)
驚いて闘技場を見れば、少しずつゆきが負傷し始めている。マリナーサ曰く、闘技場の広範囲に身体が重く感じる魔法がかけられているとか。おそらくそれは【グラビティ】だろう。重力増幅の範囲魔法で、素早い動きをする相手を遅くする効果がある。ただしその効果は生物にのみ有効で、範囲内で魔法を使った場合通常と同じ速度で魔法は発現される。つまり魔法使用が不可な今の状況において、こっそりと【グラビティ】が発動できるのならとてつもなく有利な手段となるわけだ。
(精霊魔法も使用禁止対象じゃないのか?)
(勿論そうです。ですがあの状況では、あの男が精霊魔法を使っていると証明する手段がありません。私はハイエルフなので精霊魔法の行使が見えますが……)
(私には見えません。おそらく里に居るほかのエルフにも……)
一緒にいたエルシーラが補足する。つまり「精霊魔法を使っている」と言ったところで、それを証明する手段がないということか。
歯軋りしながらゆきを見ると、先程よりもさらに負傷が進んでいる。試合が終わればフローリアの魔法で完全に回復できるが、これはそういう話ではない。何より、こんなつまらないインチキで、ゆきが傷ついているのが許せない。
思わず頭に血が上りそうになるが、一瞬ゆきがこちらを見たような気がした。その視線をうけて少し冷静になる。
一つ大きく深呼吸をする。何か出来ることはないか? 【グラビティ】を消すのは? それとも隠蔽するための精霊魔法をどうにかするか? ……精霊? そうかっ!!
俺は即座に小声で呟いた。
「『//logout』」
「おっ? なんじゃ主様よ、いきなり呼ぶから驚いたぞ」
「すまないヤオ、実は……って、えええええっ!?」
現実世界の俺の部屋にログアウトした俺は、すぐさまヤオに事情を説明すべく振り返る。ヤオは俺の召喚魔獣扱いなのだが、少し特殊なためどんな場所に居ようが俺のログアウトと一緒にこちらに出てくる。いつもならまず念話で状況を説明するのだが、今回は僅かな時間も惜しかったので連絡なしに実施した。
その為に──
「な、なんで裸なんだよ!?」
「これは異な事を。わしは温泉につかっておったのじゃから、裸なのは道理じゃろうて」
「わ、わかった、わかったから、とりあえず何か羽織ってくれ!」
「やれやれ、主様のせいなんじゃが……しかたないのぉ」
そう言ってすぐさま自分の魔力で服を作り身に纏う。……その服が、以前デパートで見た可愛らしいゴスロリ系ドレスっぽいのは気のせいか。うん、もちろん可愛らしいけどね。
「して、いきなり呼ぶとは一体どうしたのじゃ?」
「じつは──」
俺は先程までの事を説明した。ゆきの試合で対戦相手が、魔法禁止のルールを破りそれを精霊魔法で隠蔽していることを。
話し終えるとヤオが「ふざけたマネをする輩ではないか」と怒りを顕にする。ルールを破った云々よりも、ゆきに大して不誠実な行いをしたことにご立腹なのだろう。
「主様よ。つまりは──という事か」
「ああ、そうだ。お前なら出来るんじゃないのか?」
「もちろんじゃとも。わしを──我を何じゃと思っておるのかえ」
そう言ってニヤリと笑みを浮かべる。それはとても怖いはずなのに、今回はやけに頼もしく見えた。
大会会場に戻ってくると、先程ログアウトした瞬間へ戻る。周囲の人の視線は試合へ向いていたが、俺と話していたマリナーサとエルシーラは、突然俺の横に現れた者に驚いてしまう。
「ヤ、ヤオ様っ!?」
「ど、どうしてこちらに!?」
彼女達エルフ族には、ヤオは神にも近しい存在だ。それゆえに突然の出現に驚き頭を下げようとするが、今はやるべきことがある。
「二人とも話は後で。ヤオ、あれが──」
「ふむ。確かにそのようじゃな。本当に……」
闘技場の二人を見て、ヤオの目が強く見開かれる。その瞳はまるで蛇のように……いや、本来の姿である蛇の眼差しの如く、見るもの全てを射抜くほどの迫力だ。
『本当に不愉快じゃ! 不当な戒めを解放て精霊よッ!!』
瞬間、ヤオの意思が言語化された感情として俺に響く。それと同時に闘技場から、何かが霧散するような感覚を感じた。そして──
「ッ!? ストップ!! ただいまの試合にて、魔法行使が確認されました! これは……」
闘技場を監視していた係員から、大きな声が上がる。それはあきらかな違反行為で、それを聞いた観客達が一斉にざわめきだす。
一方、試合をとめられた両者は距離をとって相手を見ていた。ゆきは身体を休めながら、油断なく相手をじっと見ている。対するネジェストは、明らかに顔色が悪くオドオドしていた。もうそれだけで、今の試合で何が起きていたのか誰もが理解をした。
そこに追い討ちをするかのように、係員の声が会場に響く。
「ネジェストの魔法使用による反則が確認されました。これによりネジェストは失格となります。よって……勝者、狩野ゆき!」
会場に勝者名が響き、それを追う様に観客の大完成が響き渡った。
その後、マリナーサ達にヤオを連れてきた理由を説明……しようと思ったのだが、既に理解したようだったので割愛した。
ヤオという存在を理解しているのなら、先程の場面で何が起こったのか理解できるというもの。実際あの後、フローリアからも念話で確認がきたが、『ヤオを連れてきた』と言っただけで全てを理解した。ともかくこれでゆきも無事二回戦に進出だ。
ひとまず落ち着いた所で、改めてヤオに話を聞いた。
どうやらネジェストは特定の精霊を従わせるアイテムを所持していたらしい。それにより【グラビティ】の魔法を隠蔽していたようだ。隠蔽に使用した精霊魔法は、マリナーサのようなハイエルフでないと見抜けないものらしいが、なんと貴賓席から見ていたフローリアも不審に思って関係者に話をしていたらしい。彼女の魔眼の制度はチートを超えてるな。
そんな訳で捕まって従わせていた精霊たちだが、ヤオの力を乗せた言の葉により解放された。それにより、隠蔽魔法も解除されたというわけだ。その精霊たちだが、今はヤオの傍に寄り添っている。どうやらヤマト領までついていくことになったとか。うちの領なら精霊にとってもすごしやすいだろう。
ちなみにネジェストは、当然だが失格となり、冒険者資格も剥奪処分となった。国が主催の行事にて、個人の思惑で迷惑行為を働いたのだ。当然の処置だったと誰しもが思うのだった。
先週は仕事で家を空けた為、投稿をお休みしました。今週からまたよろしくお願い致します。




