333.そして、強さを求めて前へ進む
10/30追記:私用の為、今週の投稿はお休み致します。次回更新は11/5(火)となります。
大武闘大会の本選が始まった。本選は会場が一つとなり、すべての観衆の目が一箇所に集まる。
三人の初戦は、ミズキが第一試合、ゆらが第五試合、ゆきが第八試合だ。トーナメント方式のため、順当に勝ち上がると準決勝でゆきとゆらの姉妹対決となる。主催側も、盛り上がりを演出するために三人をばらけさせたのだろう。要するに、この三人の力がズバ抜けているという事を知っているのだ。
だが中には、それを知らない人もいる。しかも、よりにもよって対戦相手がそうだったりする。
「おう嬢ちゃんよ、さっき言ったように本選にきてやったぜ。予選があまりにも退屈だったが、今度はもっとぬるいお遊戯になっちまうのかな。ふはははは」
「………………」
目の前の男──バイラスの不遜な発言に、眉一つ動かさずさめた視線を送るミズキ。……いや、さめてるというよりも、完全に無視……そこに居ないみたいな扱いだ。
「何だよ反応悪いな。心配しなくても、さっき言ったようにちゃんと手加減してやるよ」
気持ちが高まってきたのか、まだペラペラとしゃべるバイラス。その様子を見ている観衆から、どのような視線を向けられているのかも知らずに。
準備が整い、闘技場中央で向き合う二人。片や薄ら笑いを浮かべる男。片や何の表情を見せない少女。
審判が両者を見て、そして──
「始め!」
試合開始を告げた。それを受けバイラスが前へ進もうとして──
「ぐがぁっ!?」
驚愕する声を漏らして……闘技場の壁に叩きつけられていた。
そして、先程までバイラスが立っていた場所にはミズキがいた。腰を落として、正面からお腹付近を打ち抜いたような体勢をとっていた。一見ボディーブローに思えるが、ミズキの力で本当に腹を打ちぬいたら致命傷どころじゃなくなってしまう。おそらく拳に相手の体躯すべてを押し込める気をまとい、それをぶちあてて吹き飛ばしたのだろう。要は正面からダンプカーの衝突をくらったようなものだ。
「勝者、ミズキ!」
審判のコールが響くと、一斉に揺れるような大歓声がわきあがる。そして救護兵は、すぐさまバイラスの元へ行き治療魔法を施す。するとすぐに気が付いて、自分が負けたことを知り呆然とする。どうやらミズキが随分と上手に加減したおかげで、派手に吹き飛んだが気絶程度ですんだようだ。
係りの者に何か言っていたようだが、そのまま腕をつかまれて闘技場の外へ連れて行かれてしまった。まあ、おそらく医務室にでも連れて行かれたのだろう。
一方、大会の本選第一試合を圧倒的な勝利で飾ったミズキは、観衆に笑顔で手をふりながら闘技場の外へ退場していった。ちょっと声でもかけようかと思ったが、大会中だということでやめておいた。皆に声をかけるのは終わってからだな。
その後、第二、第三、第四試合と順当に進んでいった。初戦の第四試合と第五試合以外は予選の勝ち抜き選手が出てくるが、今のところ事前登録者に勝ったものはいない。さすがにそれだけ強いということなのだろう。
そして本選会場の闘技場では、これから第五試合──ゆらとジンライさんの試合が始まる。
相手のジンライさんは、普段はこのレジスト共和国にて武道ショーのようなものを行っている。そこで対戦相手をつのり、いわゆる野試合をこなしていくのだ。話だけ聞くと見世物という感じだが、ジンライさんの誠実な性格もあってか、かなり本格的でレベルの高い試合が繰り広げられている。
だが、それでもミズキたちには到底及ばない。それは本人も自覚しており、今日の試合はむしろ自分が挑戦者の立場で楽しむと言ってくれた。
そんな二人が、闘技場に入ってきた。
ゆらは忍者装束を身に纏っている。やはりいつものメイド服より違和感はあるが、どこか納得してしまう雰囲気を持ち合わせていた。それはやはり、ゆきのお姉さんだという事なのだろう。
ジンライさんは……おお、着物に袴姿だ。いつの間にか着替えたのだろう、どこから見ての彼の職業『侍』に見える。腰に下げた刀は試合用に刃を落としたものだろう。
闘技場の中央で見合う二人。ジンライさんが何か話しかけて、ゆらの目が少し細められる。流石にここからだと何を言ってるか聞こえないのが残念だ。
おっと、ジンライさんが笑顔で軽く会釈をした。するとゆらの表情から厳しさが抜け、少し笑みを浮かべる。これは多分、以前ミズキやゆきと会った時の事でも話したのだろう。そして二人を褒めるような発言に、ゆらも嬉しかったのか。
あらためて二人が頭を下げる。そして審判へ視線を送ると、
「始め!」
高らかに試合開始を告げた。それと同時に、本日これまでで一番大きな歓声が沸く。
すぐさまジンライさんから、名前負けしない稲妻のごとく鋭い切りつけをする。だがその迫る刀に対し、ゆらは体をすっとずらし手にした短剣で軌道をそらす。ゆらの武器は双短剣で、逆手に構える姿は苦無を手にした忍者そのものだ。
ジンライさんの刀を振る姿はしっかりと熟練の技であり、ゆらであっても短剣でまともにはじき返すことは難しいようだ。だが確実に攻撃を受け流している様子を見るに、実力さはいかんともしがたい程あることは明白だ。
ジンライさんが打ち込み、それをすべて軽やかに交わすゆら。暫くの間それが続いた後、一旦ジンライさんが間合いを広げて仕切り直す様子を見せる。
それを見て沸く観衆。激しい攻防に見えるその様に、ジンライさんの顔がゆがむのが見える。一方ゆらは表情ひとつ変えずすべてを受け流した。一つ大きく息を吐き出したジンライさんが、刀をはじめて片手持ちにして後ろに引くように構える。そして、これまでで一番速く前へ飛び込んだ。
「!!」
その速さに、今日はじめてゆらの表情に驚きが浮かぶ。だが、すぐさま短剣を構えその自分へくるであろう剣を受け流そうと構える。
そして、それを待っていたかのように体をひねりながら引いた刀を前に出す。
「うぉおおおおッ!!」
離れた場所でもはっきりと聞こえるジンライさんの気迫の声。その声に呼応するかのように、前へ振りぬかれる刀がゆらの短剣に届くかという瞬間──
バチイイイイイ──キィイイイイインッ!!
強烈な雷でも落ちたかのような音と、続けて金属が打ち合う豪快な音が響いた。
一瞬まばゆい光がほとばしり、会場にいたすべての者がそのまぶしさに目を閉じていた。そして次に目をあけた時、闘技場には立つ者と膝をつく者がいた。
立っている者は、膝をついて見上げる者に「見事でした。これからも精進してください」と微笑む。
膝を突いたものはその言葉を受け「はい」と言葉を残して、ゆっくりと地面に体を横たえた。
その様子をみて、ようやく気をもどした審判の手があがる。
「しょ、勝者──狩野ゆら!」
一瞬の静寂。そして、今日これまで最高の大歓声で闘技場が文字通り揺れた。
そのあまりの声に、普段は平常心のゆらも思わず驚き、そして笑みを浮かべゆっくりと観客席に頭をさげる。それを見て、さらに歓声が沸き起こる。
すぐさま救護兵によりジンライさんに治療を施すが、少し意識がとんだだけですぐにしっかりと自身の足で立った。そして笑顔でゆらと握手をすると、颯爽と退場していった。その姿に観客からも大きな声援と拍手が向けられた。
その拍手と声援は、ゆらが退場してもしばらくはなり続けた。
「はっはっは、カズキ殿! やはりゆら殿は強かったです!」
あの後人々に囲まれていたジンライさんは、私を見つけると笑顔で話しかけてきた。一応自分が負けた相手の関係者なのだが、そんな事は気にしないと豪快に笑った。
「しかし、さすがゆら殿はゆき殿の姉君ですな。最後の攻撃も、彼女の腕なら容易に交わせるものを、あえて正面から受けて頂けた。こちらの完敗です」
そう言ってもう一度豪快に笑う。そこには無理してる様子はなく、本当に負けてすがすがしいという雰囲気しかなかった。
その後、場所を変えて最後の攻防について話した。
ジンライさんのあの技は、自分の名前──漢字で書くと刃雷という文字のごとく、刀に雷を纏わせて相手を打ち抜くという技だとか。自身の名前とあわせることにより、自身に宿らせる技──スキルとして手にしたものだと教えてくれた。
この大武闘大会では魔法は禁止されており、しない中は監視員が魔力反応を監視しているが、これはスキルなのでそれに抵触しないらしい。ただ、さすがに自身にも負担がかかるので、基本一日に一回を限度にしているのだとか。それをゆら相手に使ったということは、それほどの思いだったという事なのだろう。
だが、そんな必殺の技もゆらに正面から打ち砕かれてしまった。その理由が知りたいらしい。
ここで対戦相手のゆらに聞くのではなく、俺に聞いてくるところが気遣いのできる人物だなと思う。自分はもう負けてしまったが、相手はまだ次の試合もある。そんなわけで余計な負担をかけないようにしたのだろう。
それならば……と、俺は先程の最後の攻防について説明することにした。
「ジンライさんの最後の技、えっと……」
「ああ、技の名前も刃雷と呼んでおります」
「そうですか。ではその刃雷ですが、防がれた理由が大きく二つあります」
「二つ、ですか?」
驚きながらも、俺がそれを理解しているという事に嬉しそうな顔をする。負けた後、どうやって克服するかで強さに違いが出るが、間違いなくジンライさんはバネにして伸びていくタイプだ。
「はい。まず一つ目は、それまでずっと刀を両手持ちしていましたが、最後の刃雷の時だけ片手になりました。その為、ゆらの短剣で攻撃を受けきることが可能になったのです。あれが両手での攻撃であれば、受けたゆらも無事ではありませんでしたよ」
「……そう、でしたか」
俺の言葉に、どこか納得いったという表情を浮かべる。実際、ずっと両手で刀を振るっていたのだから、あそこでも両手でいきたかったのだろう。
「恥ずかしながら、今の私の技量では刃雷の効果を発揮させるための速度が、片手持ちにして体のひねりを加えながらでないと発揮できないのです。速度を生み出すため威力を下げて打ち込んでいましたが、やはり強者には見抜かれてしまいますね」
「ならばそれは、両手でも発揮できるように練習あるのみですね」
「ええ、まだまだ鍛錬あるのみです。それで、もう一つの理由というのは……?」
先程の口ぶりから、片手云々という話は予測できたことなのだろう。だがもう一つには心当たりがないという感じか。
「もう一つは……相手がゆらだった事です。正確には、ゆらが使っている武器とは最高に相性が悪かった、という事ですね」
「ゆら殿の武器との相性ですか?」
俺の言葉が、今度は本当に理解できてないのだろう。今回はゆらの武器が持つある理由と、その事をゆらが知っていたからジンライさんが負けたのだ。
「ゆらの双短剣ですが……実は見えないワイヤーで繋がっているですよ」
「ワイヤー?」
「ああ、えっと……鉄を編みこんだ強固な糸です。非常に細く遠めには見えませんが、ゆらが扱えばそのワイヤーで丸太を切断できるほどです」
「なんと……」
「それでジンライさん。最後にゆらが刃雷を受けたとき、受け止めた短剣ではなくもう片方はどうなっていたかご存知ですか?」
「もう片方…………ああ、地面に刺さっていたような気がします」
そこまで言ってもまだ「それが……何か?」と不思議顔をする。なるほど、まだこの世界にはアースの概念が無いのか。そうなると本当にゆらとの戦闘は、特別ケースすぎたのかもしれない。
「刃雷による雷の攻撃は、ゆらの持つ短剣に確かに通りました。だが、その力は結ばれたワイヤーを通してもう片方の短剣へ流れ、それが突き刺さる地面へと逃がされてしまったんです」
「そ、そんな事が……」
驚き呆然とするジンライさん。今回は、本当に相手が悪かったとしか言いようが無い。まあ、これがミズキやゆきだったら、普通に避けて終わりなんだろうけど。
「……ありがとうございます。先程まだまだ鍛錬あるのみといいましたが、より一層の気持ちで精進したいと思います。ゆら殿にもお伝えください、本日は本当にありがとうございましたと」
「わかりました。あ、今度ヤマト領へ遊びに来てください。是非自慢の温泉にも招待しますよ」
「おお! なんとヤマト領には温泉があるのですか。ならば是非ともお伺いいたしたいですな」
そういって差し伸べられた手を、しっかりと握り返した。
そんな俺達から少し離れた本選の闘技場からは、ひっきりなしに歓声が鳴り響いていた。




