331.そして、思いは幾重に交差して
大武闘大会の日がやってきた。
毎年大陸中から腕に覚えのあるものたちが、ここレジスト共和国に集結するのだ。普段からお祭り並みに賑やかな国だが、この日は特に賑やかとなる。そうなると普通なら、細かい犯罪が横行しそうなものだが……いかんせんこの日はそうでもないのだ。なんせこの地に集まるのは、各国の名だたる闘士たち。そんな中でうっかり犯罪でも犯せば、瞬く間に取り囲まれてつるしあげにあってしまう。むしろ、今日こそ犯罪を日かねないと命が危ないという日だったりする。
そんなレジスト共和国には、この催しにあわせて各国の代表ともいえる人々も顔を見せている。特に今年は、フローリアとミレーヌが国賓として出席しているほか、ラウール王国のアミティ王女とリスティ王女も来ている。二人はフローリアのポータルを使ってやってきたのだ。
そんな中開催される大会に、人々の注目は例年以上にあがっていくのだった。
「あ、お兄ちゃ~ん!」
「おう、ミズキか」
ヤマト領主ということで、俺も一応国賓扱いでの招待を受けた。元々見に行く予定だったが、正式な招待により会場もより自由に出歩く事が可能になった。
それならばと選手たちの登録場所にいってみると、案の定ミズキの姿があり、俺をみつけるなり元気にかけよってきた。やっぱり緊張とか、そういうのは無縁な感じだな。
「もう登録は済んだのか?」
「うん。っていうか、私達は事前登録してるから、当日の出欠確認をして終わりだけどね」
そう言ってニコニコを笑う。ミズキたち三人は、ヤマト領の冒険者ギルドからの推薦を持って、この大武闘大会には事前登録を済ませてある。各地の代表的な選手は、そういった形での登録──いわゆるシード選手として、当日参加の予選を免除されているのだ。
ただその資格を得るには、当然それなり以上の実力が求められるのだが、世の中にはそれに納得できない者も多い。そして、時にはそういった者が諍いを招くことも。
「おいおい、こんな貧弱なガキがシードかよ。どうなってんだ今回の大会はよぉ」
「むっ」
「ん?」
ミズキとの会話中に、横から随分な物言いで声が割り込んできた。そちらを見ると、大柄な男がこちら……正確には、ミズキをあざ笑うように見ていた。それを受けてミズキが顔を歪める。……うん、面倒くさい相手にからまれたなーって感じだ。
しかしアレだな。久しぶりにテンプレイベントがきたな。国内ならまだしも、よその国にはミズキの強さは広まってないから、こういう事もやっぱり起きるんのか。
「お嬢ちゃんよ、コネでも使って登録したのか? 腕試しするにはまだ早すぎるぜ。さっさと帰ったほうが身のためだとおもうぞ、くはははは!」
「…………」
失礼な物言いをする男を、ミズキが汚物でも見るような目で見ている。うぁー……お兄ちゃん、そんなグラフィックデータ用意してないのに。
そして、周囲で男の話し声が聞こえていた元たちから、ヒソヒソと小声でささやく声が聞こえる。俺は視界にあるUIの性能で、小さな声でもちゃんとログ出力されるからはっきり読み取れてしまう。
「アイツ何考えてるんだ?」
「ミズキちゃんを馬鹿にしてるのか?」
「多分ミズキちゃんを知らないんだろ」
「やれやれ、ご愁傷様」
そんな言葉がずらずらと並ぶ。どうやらこの辺りには、グランティル王国から来た人が多いらしく、ミズキの認知度がかなり高いようだ。
だが男はそれに気付かず、ざわざわした雰囲気は自分がいい意味で注目されていると勘違いする。
「まぁ予選なんぞすぐ突破してやるから、本選で当たったら手加減してやるよ。ぐはははっ!」
そう言い残して予選会場のほうへ歩いて行ってしまった。それと同時に、妙な緊張の空気がゆるりと霧散する。
「ミズキ、あんな事言われてよく我慢したな。えらいぞ」
「あ……うん、別に大したことないよ」
隣でじっとしていたミズキをほめて、その頭を優しくなでる。これは昔からやっていることで、ミズキが良い行いをしたときにいつもしている行為だ。
俺にほめられて笑顔のミズキだが、
「でも、もし私以外の……たとえばお兄ちゃんとかの事を悪く言ってたら、どうなってたかは保障できないかなぁ」
と口にする。その表情はずっと笑顔だが、どこか異様な影がさしているようでもある。
「……さて。それじゃあお兄ちゃん、また後でね」
「おう、じゃあな」
そう言ってミズキは、本選の選手が控える方へと行ってしまった。さて俺はどうしようかなぁと思っていると、
「カズキ」
「おう? ああ、ゆきか」
「どうしたのこんな所で。激励にでもきてくれたの?」
ミズキが居なくなると、入れ替わるようにゆきが来た。……そうか、ゆきが来たのに気付いて、ミズキは向こうへ行ったんだな。さすがに大会前ということで、そのあたりを気にしてくれたのか。ゆきも一瞬ミズキが立ち去った穂へ視線を向ける。どうやらこっちも同じ心境らしい。
そんなゆきをじっと見ていると、さすがにこっちの考えが見透かされたのか、くすっと笑って先程の件を話し始めた。
「なんかミズキが絡まれてたね」
「ああ。なんだか本選で当たったら手加減してやるよ、とか言ってたけどな」
その言葉を聞いて、思いっきり呆れ顔になるゆき。
「身の程知らずだよね。ミズキが全力で手加減したって勝てそうにないクセに」
酷い事を……と思う反面、それほどにゆきがミズキを高く評価しているということだろう。
「ゆきは一度、全力のミズキと戦って勝ったことあるだろ? 今回はどうだ?」
「アレは一回きりのズルみたいなものだよ。正式なスキル使用での勝利だけど、そういう戦いをまだ知らなかった……戦闘の素人だったミズキだったからね。今同じ事をしたら私は負ける」
表情を引き締めて、少し重々しい声でそう言った。『負けそうだ』とかではなくはっきりと『負ける』と。
「でも、私だってあの頃のままじゃないから」
ニコリと笑うゆきの笑顔には、若干の緊張と大きな楽しみが溢れていた。
「ただ……」
「ん?」
「さっき組み合わせが発表されたんだよね。それによると、私達三人は準決勝まで行かないと誰とも当たらない組み合わせになってた」
「おおー……それなら上位独占確実か!」
俺の楽しそうな声に、苦笑いを浮かべるもどこかうかない顔のゆき。ふぅっとため息をついて、その口から出た言葉は。
「もし勝ち上がっていった場合、私がミズキと戦うのは決勝になる」
「という事は──」
決勝が二人ならば、どちらかが先にエレリナ……いや、ゆらと当たるという事か。
俺の言葉を聞いてこくんと頷いたゆきは。
「たぶん、私の準決勝の相手は──────お姉ちゃんだ」
はぁーっと先程より深く息を吐き出すゆき。
その瞳は、ミズキとの戦いを思い語ったときよりも、より熱く複雑な色合いを帯びていた。
そして、ゆっくりと視線を遠くへ向けた。
その視線の先には、まったく同じ瞳をこちらに向ける……狩野ゆらの姿があった。




