330.そして、涼む憩いのお披露目にて
ヤマト領の『水の憩い広場』が完成し、本日領民へのお披露目となった。
とはいえ、広場をわざわざ覆い隠して……という程の情報規制はしてなかったので、領民の間には「広場になにやら大きな水槽ができている」とか「王都の憩い広場みたいな円形に囲まれた場所がある」みたいな話は飛び交っていた。
そして今日、いよいよそれが正式に皆の目に晒された。場所の名前が正式に『水の憩い広場』と告げられると、領民達はやっぱりそうかと笑みを浮かべる。元々ヤマト領に移り住んだ人の多くが、グランティル王国の人達で、向こうの憩い広場も良く知っている。そしてそれを作ったのが俺だという話も浸透しているらしく、ヤマト領でも待っていた人も結構いるらしい。
そんな水の憩い広場のお披露目だが、まず皆の注目を集めたのは……大きな水槽だった。動物と触れ合える場所と、周囲に設置された屋台などは王都と同じ。だが、この水槽は向こうには無いものだった。
そして、この水槽が大いに注目を集めた理由それは──
「パパ、綺麗なお魚さんがいる~!」
「これ魚よね……? なんでこんなに色鮮やかな……」
「おお……なんとも珍しい生き物たちじゃ……」
水槽の中には、色鮮やかな魚達が泳ぎまわっていた。そう、皆の目をひきつけたのは熱帯魚たちだ。この世界に人にとって、魚というのは食料でしかない。なのでそれらがこうして泳いでいる姿は、初めて見るものがほとんどである。海辺に住む人だった、こんな風に水槽で活発に泳ぐ姿は見たことないだろう。
だがここには、赤や青、黄色に緑、黒やピンクといった、下手な絵画よりも豊かな色彩を放つ魚が泳ぎまわっているのだ。子供は無論、大人達もガラスにへばりつくように魅入っている。
最初は水槽の直ぐ手前に一応柵でも作ろうかと思ったのだが、ギリムさんの作ってくれた大判ガラスがあまりにも強固で、それならむしろ直接触れるようにしちゃえ! という事にした。
「あっ! 向こうが見える! 面白い!」
「あはは、僕も張り付いてやるー!」
おっと、子供がガラスに顔をくっつけて、向こうから見るって遊びを始めたようだ。なんだが、微笑ましい光景だな。
一先ず水槽のお披露目は大成功だろう。それじゃあ次に行こうか。
俺が今度は広場中央の、円状にガラスで囲んだ場所へ向かうと、それに気付いた人達が興味深そうに視線を向けてくる。
そして子供達も、今度は何? という感じでこっちに集まってきた。とりあえず、近くにいた数人の子供達を手招きする。近くにきた子達に視線を合わせるため、膝をおって顔を見せる。
「ねぇ、君達は王都の広場を知ってる?」
「知ってる! かわいいウサギさんと遊ぶところ!」
「俺もよく行ってた!」
「僕はレッサーパンダが好き!」
「私も!」
わいわいと、王都の憩い広場の思い出を口にしてくれる。すぐさまそんな反応が出るということは、よほど好きだったのだろう。
「そっか、ありがとうね。それじゃあ、今日からこの『水の憩い広場』で、新しい友達と遊んでね?」
「「「「新しい友達?」」」」
俺の言葉に不思議そうな顔をしながらも、既にわくわく感がにじみだしている子供達と俺は中に入っていく。そして中央には、王都の広場と同じように少し大きな魔石が設置されている。
それに手を触れて、中にいる動物達を傍に召喚する。
「わあっ!?」
「かわいいっ!」
「あ、あの! この子達は……?」
「この子達ははね、この『水の憩い広場』の子たちだ。こっちはペンギンで、こっちはオットセイ。どちらも水辺にいる動物だよ」
「「「「わあああ~っ!」」」」
すぐさま子供達が動物に近寄る。普通の動物とちがい、召喚ペットであるため怖がる素振りも一切しない。それに子供達も、全員王都でペットに触れ合っていた経験があるらしく、乱暴な事はなく優しく手を伸ばしてそっと触れ合いをしている。
そして、そんな様子を外で見ている人達もかなりの興奮を隠せずにいた。子供達は、僕も私もとはいってくるし、大人たちは見たこと無い動物に驚きながらも、愛嬌ある動きに相貌が崩れていた。
「あの、領主様!」
「ん? どうたの?」
後から入ってきた子の一人が、俺に話しかけてきた。何か聞きたいことがあるらしい。
「えっと、この……ペンギン? という子ですが、もしかしてミズキお姉ちゃんのペトペンちゃんと同じですか?」
「おっ、君はミズキのペトペンを知ってるのか。そうだよ、同じ種類の生き物だよ。仲良くしてあげてね?」
「はいっ!」
元気良く返事をすると、さっそく近くにいたペンギンをやさしく抱きしめた。ペンギンも自分に向けられた愛情がわかったのか、楽しげにパタパタと手を上下にふる。それがまた可愛くて、その子もまわりも笑顔になる。
また、ゴムまりをオットセイに投げると、起用に鼻先に乗せて投げ返すという、オットセイのスタンダートな芸を見せると、周囲の観客からも「おおーっ!」と歓声があがった。ペットに芸をさせる、という概念もこの世界にはなさそうだ。
しばらく中で子供と動物の相手をして、落ち着いたところで俺は外へ出た。すると近くにいた人物が寄ってきて、声をかけてくる。
「お疲れ様です、領主様」
「あ、エリカさん。お疲れ様です」
声をかけてきたのは、ヤマト領の商業ギルドマスターであるエリカさんだ。今日はここに出す屋台などの関係で、オープン初日ということもあり来てもらったのだ。
とりあえず人ごみをぬけて移動する。
「さっそく大人気ですね、あの動物触れ合いの場は」
「そうですね。王都でも人気だったから大丈夫だとは思いましたが、これでまた一安心です」
「それにしても、あの水槽の魚は綺麗ですね。近くのベンチには、カップルはご老人方が休みながらずーっと楽しげに眺めてますよ」
そう言って大水槽の方を見ると、確かに近くにあるベンチはどれも皆座って水槽を眺めている。
「屋台の前の飲食用テーブルからも水槽が見えるので、何かを口にしながら眺めてるって人も結構いますね。ここの出店は、王都と同じように中々有意義な状況になりそうですね」
思った以上に水槽への感心が高い。観賞文化というのが無かったせいだろうが、そういう事に興味がないわけじゃないのだろう。衣服などの装飾を気にするように、着飾る文化はあるのだから、綺麗なものへの関心は結構あるということか。
「……屋敷にメイドとか雇える貴族なら、観賞魚の販売とかもアリなのかな」
「個人の家でアレを……ですか?」
「もちろんあんなに大きくはないよ。でも、玄関ホールとかに水槽とかどうかな」
「ふむ…………ええ、アリですね」
そう言ってニヤっとエリカさんが笑う。もちろんすぐじゃないけど、そういう方向の商売を考えてみるのもいいだろう。なんだったら、庭の広い人の家には池を作って錦鯉とか。まぁ、そのへんも追々だな。
そんな事を話していると、ふとエリカさんが何か思い出したように話をかえた。
「そういえば、聞いたわよぉ。ミズキちゃんとゆきちゃん、あとエレリナさんがレジストの大武闘大会に出るんですって?」
「あ、はい。誰から聞きました?」
「ユリナからよ。なんせ、その三人が出るって聞いてヤマト領の冒険者達が、こぞって出場を取りやめたわってグチってきたのよ」
そう言ってケラケラと笑うエリカさん。冒険者たちは三人の実力を良くしっているから、万が一の可能性も無いだろうと早々に出場を諦めたらしい。
「まぁ、そう言いながらもほぼ確実に誰かが優勝するだろうからって、そっちでは嬉しそうにしてたけれどね。ねぇ、カズキくんは誰が優勝すると思う?」
真っ直ぐな質問に、一瞬返答を躊躇する。本音を言えばその三人、誰が優勝してもおかしくない。
「……いや、分からないですね。あの三人だと想像つきません」
「だよねぇ。私もわかんないなぁ……」
でも三人とも頑張ってほしいよね、というエリカさんの言葉を聞きながら……心の中では、なんとなくという予想はたっていた。
多分、あの三人なら優勝するのは──。




