329.それは、臨む者の決意の衣
レジスト共和国の大武闘大会に、三人が出場する事を決めたその翌日から。このヤマト領で一緒に住むようになってからは、比較的一緒に行動しているミズキとゆきが、あきらかに別行動を取るようになった。
別段ケンカしたとか、確執が生まれたとかではない。大会へ向けて、他の二人に手の内を知られないように色々特訓したいとの事。
その為、ミズキはグランティル王国へ、ゆきは彩和へ行って自手練とでも言うべき行動を取っている。ミズキは以前レジストでやった模擬戦のリベンジを、ゆきはそれを迎え撃つための特訓だろう。
夜には二人とも帰宅してくるが、流石にお互いの会話は心なし少なく感じる。とはいえ、何か含むようなこともなく、お互いほど良い緊張を膨らませていってる感じだ。
そんな二人をフローリア達も、後々の大会を含め楽しそうにしている。そういえば、二人が模擬戦とはいえ全力で戦うのは見たことあるの俺だけだもんな。
だが、ここヤマト領の領主としての役割がある俺は、そればっかりにかまけてはいられない。
頃合を見てギレムさんの工房をうかがうと、丁度出来上がったばかりの大きなガラス板を受け取った。ガラス板とは言ってみたが、その大きさと圧さ、そして頑丈さからしてこれはガラスの壁だな。
それを持ってすぐさま領の広場へ。現場職人さん総出で、このガラス壁を組み合わせて大きな水槽を拵える。そしてしっかり固定をして、水漏れしないように丁寧に作業をする。この世界でこんな大きな水槽はないので、当然ながら皆始めて行う作業だったが、そこはやはりプロの職人。水関係の設置工事の手腕を生かし、あれよあれよと言う間に立派な巨大水槽が出来上がった。
そしてまずは一度水を満杯まで入れる。目的は耐久確認と水漏れだ。ガラス自体の耐久は既に問題ないと知っているが、それを固定したり繋げている部分の確認だ。しっかりと水を満たし、その中にオールのような道具を入れて水をおもいっきりかき混ぜる。……しばらくやっていたが、どこも漏れたり破損するような感じはない。そもそも魔法でしっかりと固定しているから、万が一にもないはずだが、作業のし忘れなどが怖いからな。なんせここは、子供が集まる場所だから。
そしてもう一箇所。王都の癒し広場と同じく、こちらも水棲動物と触れ合える場所を作るのだが、その周囲にはる柵をこのガラスにする。外から中が見えるが、多少動物や子供がはしゃいでも外に水が飛び散ることがないようにするためだ。
こちらは大人の胸あたりまでの高さのガラスで、円形に周囲をぐるっと囲む。あまり高いと圧迫感があるが、すぐ壁のむこうから親が顔を見せられる高さなら子供も安心だろう。
こちらも耐久テストを実施。どちらも問題なさそうなので、いよいよ後は動物を入れるだけだ。
ここに入れる動物に関しては、前回同様現実での作業になるから、こっちでの作業はこれで一先ず完了だ。あとは実際に稼動しはじめてからになる。
広場の木陰にあるベンチに座り、はぁーっと大きく息を吐き出す。いやー、終わったなぁ~という満足感からのため息だ。
「お疲れ様ですカズキ。とても立派なものが出来ましたね」
「ん? エレリナか」
かけられた声に隣を見ると、いつもの見慣れたメイド服のエレリナが立っている。ベンチの隣に座るように言うと、それに従い素直に座った。昔なら「メイドですから」と言って座ったりしなかっただろうけど、今の彼女はメイド以前に俺の大事な人だ。
しかし……珍しいな。普段ならばミレーヌの傍にずっといる事が多いのに。
「今日はどうした? ミレーヌの傍にいなくてもいいのか?」
「ええ。本日は、少しカズキと話をしたいと思いましたて」
「俺と?」
「はい」
笑みを浮かべて返事をするエレリナ。何の話だろう。
「といっても、別段何か大仰な話ではありません。今度レジスト共和国で行われる大武闘大会、それに私が出場する事について、何かしら思う所がおありかと思いまして」
「ああ……うん、そうだね」
エレリナの言葉に頷く。確かに「なんでエレリナが出るの?」とは感じた。彼女はこういう場所で自身の力を誇示するような性格じゃないと思ったから。
そう聞き返すと、頷きながらエレリナは答えてくれた。
「今回出場した一番の理由は……やっぱり、本気の勝負をしてみたかった、からですね」
「本気の勝負……その相手は、やっぱりゆき?」
エレリナ──本名狩野ゆらの妹である狩野ゆき。彼女は元々高スペックだが、元日本人でLoUプレイヤーというアドバンテージを持った転生者だ。それゆえに、もしステータス表示が可能ならきっとエレリナはゆきより上だろう。だが、それを逆転できるほどのゲーム知識を保持している。
そしてそれは、俺が関わったことにより以前彩和にいただけの時より、加速的に向上しただろう。そんなゆきと本気の勝負をしたいという事か。
そんな予測をした俺に、エレリナが言ったのは。
「……いいえ、ミズキさんです」
「えっ、ミズキ?」
驚いて声をあげてしまう。そんな俺を見て微笑みながらエレリナは話を続ける。
「狩野の里でお父様に認められ、今後はミレーヌ様の護衛さえ出来る力があれば十分……ずっとそう思っておりました。しかしあの日──初めてカズキに会い、そして撃ち負かされた時から、少しずつ私の中で何かが変わっていきました」
エレリナと初めて会った時の事はよく覚えている。成り行きで戦う事になったんだが、後にも先にも人間相手で一番強いと感じたのは、間違いなく彼女だ。
「最初はそれを、『ミレーヌ様の護衛としてもっと強くならねば』という気持ちだと思っていました。しかし皆さんと一緒に戦っている内に、そうでは無い何かを自分の中で感じるようになりました。その感情は、ゆきやミズキさんの戦っている姿を見ると、特に強く感じました」
ぐっと強く拳を握るエレリナ。彼女がこうやって感情を見せてくれるのは珍しいので、驚きもするがどこか嬉しい気持ちも沸いてくる。
「そして、皆さんと肩をならべて過ごすうちに、以前の私には無かった気持ちに気付いたのです。この人達よりも強くなりたい──と。浅ましいですね……大切な仲間の事よりも、自分が強くなりたいと感じるなんて」
そう言ってこちらを見たエレリナさんは、どこか寂しげな目を向ける。
でも俺は、特にそんな風には思わなかった。強くなりたいなんてのは、誰しもが持ってる願望だ。言葉にして“強い”という表現をしているから、ここでは戦闘能力という意味になっているだけ。それは別に戦闘に限ったもんじゃない。誰よりも料理が上手になりたい、絵が、歌が、そういう事全てにおいて上達したい──“強くなりたい”というのは当たり前の感情だ。
「いいんじゃないですか、わがままでも」
俺の言葉に少し驚いたような目を向けてくるが、暫しそのまま沈黙が続く。聡明な彼女の事だ、きっと俺が考えてることを理解したのだろう。
「……そうでしょうか」
「そうですよ」
もう一度だけ聞いてきた言葉に、すぐに肯定の返事を返す。それを聞いてエレリナは「はい」と小さく、それでも嬉しそうに呟いた。
よし、ならちょっと湿っぽい話は終わりだ!
「それなら、大会ではミズキと当たるといいね。……って、普通に勝ち上がっていけば絶対に当たるか」
「いいえ、絶対とは言い切れません。先にゆきと当たり、ゆきが勝った場合です」
「あー……確かに可能性はあるな。実の所、三人とも他の二人以外には負けないでしょ?」
「……おそらくは。ふふっ」
少しおどけながらも自信を持って返事をするエレリナ。今までこの世界を見てきたけど、本気の三人とまともに戦える人間はいないと思う。
「じゃあ大会の組み合わせの運頼みか。あ、場合によればミズキもゆきも相手にする事もあるのか」
「はいっ。それはまた、存分に楽しみです」
おっと、声が少し弾んだ。なんだかんだ言っても、ゆきとの対戦も楽しみにしてるわけだ。
「そっか。それじゃあ、どうしようか。何なら少しくらい俺と手合わせでもして、大会へ向けて特訓染みたことでもしてみる?」
「…………いいえ、やめておきます。それは大変良いことだと思いますが、二人もきっと我慢していると思いますから」
首を横に振り、俺からの申し出を断る。まぁ、大きな贔屓をするつもりはないけど、無意識に色々しちゃう可能性もあるからな。何か思惑がないのならば、今回は大会まで静観すべきなのだろう。
「わかったよ。それじゃあ大武闘大会、頑張ってねエレリナ」
「はい。ですが、一つだけよろしいでしょうか?」
「ん?」
何だろうと思ったら、すっと立ち上がり此方を向く。何かなぁと見ていると、着ているメイド服をバッと布のように翻した。
その下に着ていたのは──
「この大会、ミレーヌ様のメイドのエレリナではなく……狩野ゆら、として出場致します」
久しぶりに見たエレリナ──もとい、狩野ゆらの忍者装束だった。




