327.そして、心遣いのもてなしを
「店主よ、その大判焼きとやらを10個ほどくれぬか」
「へい、まいどあり……って、おっ!? あの時のお譲ちゃんとあんちゃんじゃねえか! 久しぶりだなぁ」
屋台巡りをするため、ヤオをスレイスへ呼び出した。そして最初に向かったのは、以前ヤオが気に入った大判焼きの屋台だ。ここのおっちゃんは、美味しそうに食べるヤオをいたく気に入って、前回の旅行帰宅時に袋一杯の大判焼きをくれたのだ。
「覚えておったか、嬉しいことじゃな。また食べにやってきたぞ!」
「はっはっは、こいつはありがてえってもんだ。ちょっと待ってな、出来立てを出してやるから」
「うむ、了解じゃ」
心底嬉しそうに返事をして、出来上がりまでの時間を待つ。はやる気持ちを抑えて待っていると、少しして袋一杯の大判焼きを手渡してくれた。
「へい、お待ちどう様だ」
「うむ! ありがとうなのじゃ!」
満面の笑みで受け取るヤオ。その袋をみて俺は「あれ?」と思う。
「なんか、数が少し多いような……」
「ああ、ちょっとだけサービスしておいたぜ。お譲ちゃんがあんまり美味しそうに食うからな」
そう言ってガハハと笑い飛ばす店主のおっちゃん。さっそく横では、受け取った大判焼きを食べているヤオが、幸せそうな顔をしていた。それを見て、他の皆も一つ手にとって口にする。全員以前の帰り道中で口にはしていたが、やはり美味しいらしく満足な顔を浮かべていた。
その後も、幾つかの屋台などを見てまわった。以前は「雰囲気のいい道だな」という感想が主だったが、今回は「ヤマト領の土産通りの雰囲気と似ているな」という感想を持った。これは自分的には、狙い通りに領地運営できているという事だと思う。やはりこの国には、時々足を運んで自分で経験してみるものだと改めて思った。
十二分に温泉街を散策し、満足したので宿へ戻る事にした。本来なら、ちょっとだけ様子見で寄っただけなので、このままポータルで帰宅する予定だった。だがスレイスの首相に、せっかく来られたのだからと宿泊を勧められたからだ。
それならばとお言葉に甘えることにした。やはり優秀な温泉宿とというのは、何度か泊まって色々と学びたいことがあるというものだ。
案内されて部屋へ入ると、そこは完全な和室旅館。畳の部屋に座敷用テーブルがあり、その上にはお菓子と急須にポットが用意されていた。心尽くしが嬉しく感じ、さっそくお茶を頂きながら菓子を頂く。ふむ、美味い。お茶と一緒に味わうと、そのよさが倍増する系の和菓子だ。
この部屋は俺一人。流石に男性は一人なので致し方なし。
軽く一息ついていると、部屋をノックする音が。どうぞと声をかけると、引き扉が開いてエレリナが顔を見せた。
「あれ、エレリナ? どうかしたの?」
てっきりミズキやゆきが遊びに来たと思っていたので、エレリナの登場には驚いた。とはいえ、驚いただけで拒む理由はない。すぐさま向かいの席に座布団を敷き、招きいれた。
その座布団に座るのも、流石は彩和の人だけあって作法がなっている。ちゃんと下座から膝で乗ってしゃがむ座り方だ。俺なんかは知識で知ってるけど、実際は座布団の上に立ったりするし。
既に浴衣にも着替え、きちんと正座をしてこちらを見るエレリナが、なんだかえらく和式の部屋に映えて少しドキリとした。
「少しお聞きしたい……といいますか、興味を引かれた事がありまして」
「へぇ、エレリナが? 俺が答えられることなら聞くよ」
そう伝えると、では……とテーブルの上にあるお盆を指差し、
「旅館の部屋を訪れた際、おもてなしとしての茶菓子がありますが……これには何か特別な意味があるのでしょうか?」
「おや、これはまあ随分と渋い質問だな」
エレリナの問いを聞いて、思わず笑みがこぼれる。生真面目な彼女らしいとでもいうのだろうか。これに関してはヤマト領での旅館でもやっていることだが、そこにこめられた意味は多分この世界ではあまり周知ではないのだろう。
「これはね、部屋に通されたら食べて欲しいから、こうしてすぐ食せるようにしてあるんだ。その理由は、空腹で温泉に入らないようにするためだね。宿にやってきた人が、おなかが空いている可能性があるから、それを少しでも補う役割があるんだ。人間は空腹でお風呂に入ってると、貧血とかで倒れてしまう危険があるんだよ」
「なるほど、そうでしたか。てっきり、その地の名物菓子などを出して、お土産として購入する意欲を引き出すためと邪推しておりました」
「あ、いや。もちろんそれもあるよ。だから必ずしも間違いってわけじゃないからね」
言わなくてもいいのに、素直に吐露するエレリナに慰めの言葉をかける。実際、そういう理由で出してるところも多いからね。それにヤマト領の温泉宿には、できるだけ自領のお土産茶菓子を出すようにと指導している。
「それにしても、ここは良い処ですね」
「和風味が充実してるから?」
「それもありますが──」
すっとたちあがり、窓の方へ歩いていくと広縁の椅子に腰掛ける。そして外の景色を眺めながら、
「すぐ身近に温泉があるためでしょうか……彩和もですが、ヤマトにも似た雰囲気があります。カズキの領地、ヤマトに似た面影がどこか心を和ませます」
「……俺の領地じゃないよ。俺を含めた、領民みんなの場所だ」
俺も窓際へいき、そこにある椅子へ座る。そこから見える景色は、温泉街にゆらりと立ち上る湯気たち。それがゆらゆら風にゆられて、すっと伸びているのは風情といわずなんと言う。
そんな情緒溢れる景色を望みながら、のんびりとした時間をしばし過ごす。その時間は、夕食を伝えに来た仲居さんが来るまで続いたのだった。
旅館での夕食は、これもかなりの和食だった。自分で作った場合をのぞけば、かなりのレベルで和食だおいえるだろう。ほうれん草似の野菜を、ゴマ和えしたおひたしなんて出てくると思わなかった。
そんな望郷を思い起こす夕食を終え、また少しまったりした時間となる。これがもし現実の旅館とかなら、だらーっとテレビでも眺めている時間帯か。
さて、何をしようかなぁ……と思っていると、ガラっと入り口のドアが開きヤオが顔を覗かしてきた。
「主様よ、一緒に風呂に入ろう!」
そういって思いっきり飛び込んできた。なんだか今日は随分と甘えっ子な感じがする。遅れて廊下をパタパタと足音がして、ミズキ達が顔を見せる。
「あー! ヤオちゃんずるいーッ!」
座ってる俺の膝にちょこんとすわり、そのまま抱きついてるヤオを見てミズキが声をあげる。ずるいって、俺は別に何も……あ。無意識に頭なでてたわ、なんかそこにあったもんで。
「まぁまぁ。ここ最近では、ヤオさんが一番カズキとご一緒してませんでしたから、致し方ないではありませんか」
「むぅ~……それじゃあ、仕方ないか」
フローリアの言葉を聞いて、そういえばそうだったかもなぁと思う。もっとも、それはヤオが温泉に入り浸っていたというのが一番の理由だが、久しく行動を共にしてなかった事に俺も少しは寂しいと感じていたようだ。
最後にやってきたエレリナが「それで、どうしますか?」と聞いてきた。それでヤオに入浴に誘われていることを思い出す。
「えっと……それはお風呂のことか?」
「はい。こちらにも“家族風呂”なるものがあり、全員での入浴が可能だという事でしたので」
なるほど、そういうことか。ヤオがいきなり風呂に入ろうと言ってきたから何だと思ったら。
もちろんそんなありがたい誘いは快諾だ。この後、家族風呂に入りゆっくりと体を温め、そして十分な休息をとった。
お風呂はどうだったか? まぁ……それは、なんだ。今まで通り普通だったよ。普通に……いい眺めだった。




