324.それは、まだ知らぬ在り方の産物
前方にいた氷の巨像──アイスゴーレムが、その見た目に似合わない速度で一気に迫る。すると隣にいたミズキが、すっと前にでて構える。
「お兄ちゃん、ここは私がやる!」
そう言って半身を後ろに構えるその手には、ギリムに作ってもらったナックルが装備されている。最近のミズキのお気に入りはこのナックルだ。自身の拳と同じ扱いになるため、リーチの誤差も生じないし、全力で押せばそれがそのまま反映される武器。リーチが短いとか、武器を振り回すことによる利点は皆無だが、ミズキの身体能力で補強すればそれを補って有り余る結果になる。
こちらに迫るアイスゴーレムに、ミズキがその拳を思い切りぶつける。
「はぁああああああッ!!」
思い切りの良い声とともに、アイスゴーレムの真正面に打ち抜かれるミズキの拳。打ち付ける際、ナックルにこめた魔力を一瞬解放し、打撃箇所から周囲にもダメージを拡散させる。それにより、巨躯を誇るアイスゴーレムの動体は一撃で打ち抜かれて崩壊した。他の部位をつなぎとめる胴体が無くなったここで、手足も吹き飛びそのまま氷塊に戻った。
「大丈夫かミズキ」
「うん、全然大丈夫だよ。というか、ちょっと物足りないくらい?」
笑いながらのその言葉に他意はなさそうだが、俺も内心同感だった。話しによればこの付近は、少々の魔物では寄り付くことも避けるほどの極寒の地。俺達はその対策をもってきているから大丈夫だが、そうじゃなければ寒さと風で大変なことになってるだろう。
そんな地に出てくる魔物が、こんなにアッサリと倒せるものなのだろうか。だが実際、先程のアイスゴーレムはすでに跡形もなく消えてしまっている。
「とりあえず前方の鉱石……あれが氷晶珪石か確認するか」
すぐに採取しても良いが、今回はギレムをこちらに呼んで鑑定してもらう。なのでまずは【ワープポータル】で足元にポータルを設置する──はずなのだが。
「……ん? お兄ちゃん、どうしたの?」
「あ、いや。……その、ポータルが設置できないんだ」
「ふぇ?」
驚いたミズキもポータルを地面設置しようとする。だが、確かに魔法を発動させているのに、一向にポータルが出現しない。
何度かやっても出来ないでいる俺達の傍に皆も寄ってきたので、改めてポータルが生成できないことを説明した。そして皆もそれぞれ色々な場所へのポータルを出そうとしてみるが、誰一人成功させることができなかった。
「……なんだろう。極寒だったり、標高が高いと出来ない……なんて制限は無いはずだが」
「カズキ、ポータルの設置可能な条件を改めて教えてもらえますか?」
首を捻る俺に、エレリナが基本確認をと聞いてくる。とはいえ、何も難しいことはない。
「単純だぞ。普通に地面ならばどこでも設置可能だ。たとえその地面が、全方位閉じ込められた密閉空間であってもな」
「そうですか。地面ならばどこでも…………」
何やら考えながら、エレリナは槍を手にする。そして穂先を下に向け、魔力を流し込みながら──
「ハッ!!」
鋭く地面に突き刺した。ここ周辺の足元は、長年積み重なった雪が押し固められているのだろう。彼女の槍は、拍子抜けするほどすんなりと3分の2ほどが地面に埋まる。何? ここってそんなに雪が堆積してるの?
だが、次にエレリナは引き抜いた槍を逆向きにする。穂先を上にむけ、今度は石突きを地面に突き立てた。だが魔力を使わずに突いたためか、その進みはすぐに止まる。……止まる?
「カズキ、ポータルが出ない理由がわかりました。ここは恐らく湖──山頂湖の上です」
「は? 湖?」
皆も驚き、ミズキとゆきはすぐさま足もをの雪を掘り返す。するとすぐさま一際固くなっている部分に手があたる。
「ここから雪じゃなくて氷……しかも、随分分厚そう」
「そっか。ポータルの設置可能条件が──」
「ええ。“地面”でなければならないからです」
LoUで設定された魔法だから、その動作仕様は文章の意味をそのまま捉えているのか。だから地面となる部分にしか設置できないと。
「あれ? それじゃあ他の場所でも、雪が積もってるとダメなんじゃ?」
「どうでしょうか……。雪の深さにもよるんじゃないでしょうか? 何十メートルも下の地面ならともかく、掘り返せばすぐそこにある程度の地面ならいいとか」
「……とりあえずここは湖上扱い……地面からは離れているからダメってことだな」
ならばポータルは離れたところで出すしかないだろう。なので一先ず前方にある鉱石を採取することにした。
だが近くによって見てみると、少し周囲と違和感を覚えた。何だろうと思ったが、よくよく見ればその違和感はすぐにわかった。
「ここだけ少し地面がある……」
思わず出た呟きの通り、そこだけあきらかに雪ではなく地面があった。……いや、もっと正確に言えば鉱石が生えている部分にだけ地面がある。よくよく調べてみると、湖底から隆起したように長い土の円柱が生えているような感じだ。
「……とりあえず、これを一度採取して鑑定してもらうか」
「そうですね。この辺りにポータルが設置できそうな地面はありませんから?」
「そうなの? その鉱石を採取した後に出したらダメ?」
「俺も一瞬それは考えたんだけどな。この鉱石が、もし氷晶珪石だった場合、ここに生成されている事にも意味があるかもしれないだろ? そうなると、そこに外的な魔法を施すのは何か影響があるかもしれないと思ってな」
確信はないけど、この不思議な隆起地面の先端にだけ、この鉱石が密集して生成されている。ならばそうなるだけの条件がここにあるのかもしれない……そう考えた。日本でも上質なマツタケが群生する場所ってのは条件が決まっている。それと一緒かもと思ったのだ。
だがまあ、今ある知識で考えても答えは出ない。なので今すべきこと……目の前にある鉱石を採取することにした。
そっと手を伸ばして触れてみる。特に何か起きたりもしなければ、鉱石もなんら異常はなさそうだ。さて、どうやって採掘すればいいかな……と思いながら、掴んだその手を少し引いてみると。
「あれ?」
「石が……抜けた?」
手を引いてみると、鉱石が抜け落ちるのではなく、そのまま地面から引き抜けてしまった。その事に驚いていると、皆が興味をもって手を伸ばした。
「わ! 本当に抜けた!」
「しかも軽い……」
「あ、私でもぬけました」
全員が引き抜いた鉱石に目を近づけてみている。とても純度が高いのか、透明度がすごい。とりあえず全員が一度引き抜き体験をしたので、残りはぱぱっと抜いてストレージにしまう。終わったところで皆も俺に鉱石を手渡してきたので、それも一緒に放り込んでおいた。
「それじゃあどうしようか。これが目的の鉱石かわからないし、何にせよ一旦どこかでポータルを設置しないといけないからな」
「とりあえず、ここの湖がどこからなのか調べてその外側に設置しますか?」
「……まぁ、そうするのが無難か」
ミレーヌの提案にしたがい、少しゆっくりめに来た方向へと戻っていく。すると足元の雪の感触が、少し切り替わっている境目のようなものを感じた。
「……この辺りの地面の感じ、おそらく湖の外周の地面部分かな。それじゃあ──」
「あ!? ちょっとまって!」
無難にポータルを設置しようとしたとき、少しあわてたようなミズキの声が。なんだとそちらに目をやると、雪の視界の中に少し隆起したような丘のような方を見ていた。
「あそこに見えるのって……洞窟じゃない?」
「洞窟? ……たしかに、それっぽいな」
「洞窟の中にはポータル設置できないけど、その入り口付近なら地面はあるんじゃないかな。そこの方がこっちに来た時、まず洞窟に入れるし便利じゃない?」
「ふむ。それもアリか」
何もない場所よりも、洞窟というかなり分かりやすいポイントの傍のほうがいいだろう。
なので俺達はそちらへ向かった。……もちろん、その洞窟というものへの興味を大いに膨らませながら。




