322.それは、吹雪く山と荒れる心境と
10/01更新予定分は10/02に投稿致します
『どうした、まだおったのか?』
『………………』
ノース湖へ大亀に会いにきた俺達は、そこにいる氷結不死鳥にそんな事を言われた。予想はしていたが、さすがに極普通に言われると絶句してしまう。
要するに永遠の命を持つこの者たちには、数日程度の時間経過は意識しないほどのものだと。流れていく時間に対する価値観がまるで違っているためにそうなるらしい。
とりあえず俺達は、今から何をするかの説明をした。氷晶珪石の採掘のために、グラーゼ山へ向かうという事だ。すると氷結不死鳥は、目を幾分細くしてフローリアを見る。表情はわからないけど、これは何か言いたいことがあるのだろうか。
『あの山の気温は人間には厳しいだろう。これを持って行くといい』
そう言って自分の羽を一枚抜き、フローリアの方へ渡す。羽といっても、大きな氷結不死鳥の羽だ。あわてて手を出すが、その大きさに耐え切れず落とし──落とさない?
「軽い……」
不思議そうに呟くフローリアの掌で、今度は羽がすっと小さくなっていく。気付けば片手に乗るほどに小さくなった羽が一枚そこにあった。それを手にとし、そっと陽射しに翳して見たりしている。ミレーヌたちもその羽の興味津々だ。
『あれは?』
『あれは周囲の吹雪を抑える力を有してある。聖女があれを持っている限り、吹雪にあうことはない』
おや、なんと便利な道具。おそらくはフローリアがいるため、特別に渡してくれたのだろう。そうじゃなければ自身の羽を差し出すなんて、そんな事をするとは思えないからな。
その話が聞こえていたフローリアが、こちらにやってくる。
「ありがとう御座います。ありがたくお借り致します」
『返す必要はない。ずっと持っていて構わない』
お礼と返却の言葉を述べるも、返す必要がないとの事。聞けば、その羽は自身と契約をした者が持つことで効力を発揮するとか。つまり仲間内でも、フローリアが持つことに意味があり、それ以外の者にはただの羽でしかないとか。
なので、改めてフローリアはお礼を述べる。まぁ、彼女であれば、たとえ他者が使用できるような物であっても、みだりに渡すなんてことは無いだろう。氷結不死鳥も、彼女のそういった部分を理解しているからこそ与えたのだと思う。
思いがけず、有用な手段も入手できた。本来なら都合をつけて同行してもらえたら……と思っていたのだが、これならば無理を言う必要もなさそうだ。
そういう事になり、俺達はありがたく羽を受け取りその場を後にした。
そしてやって来たのは、久しぶりにスレイス共和国だ。俺がポータルを設置している場所の中で、一番グラーゼ山、含むスラブルフ山脈に近いのがここだからだ。
実際のところ、ここには領地運営前の温泉旅行でお世話になった。温泉や旅館もさることながら、この街の温泉街道も存分に楽しんだ思い出がある。
といっても今回はスレイスの外を素通りだ。ここから召喚獣にのって山へ向かう。
「もしヤオちゃんがいたら、また屋台で買い食いするって言い出してたかもね」
とりあえず人の目から離れるため、少し先まで歩いている最中、楽しげにミズキがそんな事を言った。今回場所が寒い場所なので、あまりヤオは行きたがらなかった。別にヤオくらいになれば、寒いくらいはそこまで問題じゃないが、まったりと温泉に浸るのと比較するとあまりに魅力皆無だったらしい。
「俺としては、スレイスとの温泉勝負に勝ったような気がするし、ヤオの判断はありがたく受け止めてるよ」
「なるほど、そういう言い方もあるのね~」
ニヤニヤと俺を突くのはゆきだ。ミレーヌ辺りは素直に感心してくれて可愛いのに……。
「なんだかんだ言ってヤオは仲間だからな。この5人とは立場が違うけど、それでも区別するつもりはないからな」
「そうですね」
俺の言葉に相槌をうってくれたのはエレリナ。彼女は元々はそこまでヤオとの仲が深かったわけではないが、温泉につかりながら酒を酌み交わしたあたりから、急速に仲良しになったような感じだ。お互い、自分の秘蔵のアルコール類……中でも日本酒系は特別な扱いをしているが、互いが温泉で酌み交わすようにしている光景は何度も見ている。
「帰り際にでも、スレイスでいい酒でも見繕って行く?」
「……そうですね。それを酌み交わしながら、私は彼女に土産話を語りましょう」
その光景を想像したのか、ほんのり笑みをたたえるエレリナ。
こんな感じにゆるい会話をしている間に、スレイスから大分離れたところまで歩いてきた。
「それじゃあ、そろそろ召喚獣を呼ぼうか」
俺の言葉を聞き、フローリア以外の皆が召喚獣を呼ぶ。彼女は相変わらず俺と一緒にスレイプニルに乗るのだが、今回は羽の件もあるので終始俺と一緒にいることになっている。流石にそれに関しては皆も納得しているが、普段のフローリアの二手三手先の行動を鑑みるに、この結果も何か知っていたのではと邪推してしまう。
「たまたま、ですわよ。偶然ですわ。うふふふ」
そう微笑むフローリアだが、その真意は読み取れない。さすがに氷結不死鳥の羽なんて物が関わってくるなら、本当に偶然なんだろうけど……。
「うふふ」
いや、本当に偶然だよね?
この聖女、もしかして欲望に忠実な夢見でもできるのか? ……そんな事を考えてしまった。
グラーゼ山へ向かう俺達は、俺とフローリアを中心に、前左右にミズキとミレーヌ、後左右にゆきとエレリナという配置で進んでいく。
既に眼下は、結構な雪山となっているが、フローリアの持つ羽の力なのかほとんど寒さを感じない。いつもと同じ様に、進行風圧を消す風障壁は展開しているが、それには寒さを防ぐ効果はないので改めてありがたみを感じる。
「……それでカズキ。探している鉱石……氷晶珪石は、どうやって見つけるのですか?」
「ああ、それか。どうも氷晶珪石ってのは特殊な鉱石らしくてね。山頂付近の地面に、草が生えているように地面から突き出しているらしいよ。とりあえずそれらしい物をみつけたら、ギリムさんをポータルで連れてきてみてもらうけどね」
「なるほど……。ギリムさんは後で合流なんですね」
「まあね。職人さんをこんな場所の散策に引っ張り出すわけにはいかないでしょ?」
それを言えばフローリアは王女で聖女だけど、それとこれとは別の話だ。それとも、彼女達も行き先から呼び出してもらったほうが良かったのか?
「もしかして、フローリアも山頂まで行ってから呼んだほうがよかった?」
「……そんな訳ないじゃないですか」
前に座ったフローリアがぐるりとこちらを振り向き、かなり不満そうな顔をこっちに向ける。ふと周囲の視線を気付けば、皆もこっちをじーっと睨んでいる。どうやらフローリアがここの会話を、皆にも聞こえるように念話で送っていたようだ。
「目的地へいくまでの肯定も含め、私達は“一緒”なんですよ。それとも……」
「それとも?」
フローリアが、薄っすらと笑みを浮かべる。あ、イカン。この笑みはなんか悪いこと──特に俺限定──で言おうとしている顔だ。
「それともなんですか? カズキは道中この場所に、私達以外の女の子でも乗せて旅をしたいとでもいうのですか?」
「いやいや、そんなワケないない!」
「そうですか? それならいいんですけど」
そういいながらも、何かを期待するような目を向けてくる5人。
んー……これは出掛けついでに、どこかで皆との時間を設ける必要があるかもしれないな。
ともかくまずは氷晶珪石だ。その後で、皆との時間を考えよう。




