320.そして、目的のため向かうは極寒
9/24の更新分は9/25に投稿致します
翌日、ヤマト領へ戻った俺は早速作業を開始した。場所は領内の一角だが、元々王都の憩い広場的な施設を想定した敷地を確保はしておいた。昨日までは何もない区画だったが、現在は作業中の為立ち入り禁止という表記を置いてある。
そんな状況だが、今俺と一緒にいるのはヤオだけ。他の皆は、いつもと同じように過ごしてもらっている。領地の運営や警備、その他なにか問題があったらそちらへ向かう……という感じだ。寧ろ普段は温泉にずっと浸かっているヤオが、昼間から外に出ている事のほうが珍しい。
そんなヤオだが、日々の温泉と昨日の現実でのリフレッシュが効いたようで、気力が充実しておりこちらの要望する地盤加工作業をあっと言う間に終わらせてくれた。
ここに設置するのは、王都と同じように動物に触れ合えるエリアと、観賞用の魚を入れるための大きな水槽エリア、そして浅瀬のプールエリア。他にもこういった場所ならではの休憩所や、屋台を含む飲食のお店エリアも作るが、それらは前の3つほど地盤工事が必要ない。
存分に働いてくれたヤオは、満面の笑みで例の如く屋上露天風呂へ向かった。昨日むこうで近所の酒屋にて、ちょいといい日本酒を買ってヤオに渡しておいたのだ。いわば褒美の前払いだ。存分に作業してくれたヤオは、これからのんびりと味わうのだろう。
さて、ヤオのお陰で地盤ができたので、ここからは業者のお仕事だ。水槽に関しては、これから大きなガラス板を発注しないといけないので、まずは触れ合いエリアとプールエリアの基礎工事だ。
今回も以前この領地の立ち上げ工事をやってくれた人達に話をしたが、二つ返事で快諾してくれた。そもそもその人達の多くはヤマト領へ引っ越してくれており、地元での作業となればやる気もひとしおなんだとか。まぁ、自分の目と鼻の先の工事を、よそ者にやらせるワケにはいかないか。
とりあえず業者に指示を出し、これでようやく一息つく。
しかし……王都の憩い広場の時は、ある種のウラ技で手早く作ってしまったが、やはり実際に工事すると手間だなという感想を久々に抱いた。それでもヤオの力と、実際に配置する動物に関してはやっぱり特別な方法をとるので、本当に一から作業することにくらべたら雲泥の差だろう。
あと領地でやることは、業者の作業が終わってからだ。なので次はギリムのところへ行き、大きなガラス板の発注をすることにした。彼のところへ行くときは、なんとなくダークエルフの処に寄っていくので、今回もまずはそちらへ向かうことにした。
ダークエルフの洞窟前へ転移し、既に何度か歩いた道を奥へ。そういえばこの洞窟も、中に生活導線となる川が流れているし、ある意味水の集落みたいなものだな。
「あれ? どうしたんですか?
広間に入ってすぐに、声をかけてくるものがいた。声ですぐにわかったがエルシーラだ。
「今日はギリムさんの所に用事があってね、それでまあ近くだからこっちに顔を見せにきたんだけど」
「なるほどね。ギリムなら例の如く、自分の工房に篭ってるわよ」
「……だと思ったよ」
二人で苦笑いを交わし、俺はドワーフの集落へ向かう。ギリムが篭っていると中々呼び出せないと、エルシーラが同行してくれることになった。向かう途中でダークエルフの長にも挨拶したが、どうやらダークエルフ族もエルフ族も、かわるがわるヤマト領の温泉に入りに来てるらしい。基本的にマリナーサとエルシーラ以外は、温泉を堪能した後すぐ帰ることが多いので、あまり領で会うことはないらしいけど。
ギリムの工房に着くと、すぐにエルシーラがギリムを呼び出してくれた。俺の顔をみるなり、楽しげな笑みを浮かべてくるのは、ここに来るたびに中々無茶な注文をしているせいだ。それがギリムにとっては、達成感のある問題みたいで楽しいらしい。
「久しぶりじゃな。それで今回はどんな用件じゃ?」
「うん、久しぶり。しかしまあ、用件を聞くのが楽しそうだね」
「当たり前じゃ。お主からの依頼は、どれもこれも骨が折れるものばっかりじゃからな。その分、わしらの技術の粋を集めたものばっかになるからのぉ」
そう豪快に笑った。その笑顔があまりに屈託無く、楽しそうだったので俺はすぐさま大きなガラス板についての相談をしてみた。
すると、さすがに職人ドワーフの中でも随一腕前を持つギリム。要望として一先ず2メートル四方余りのの板を相談してみたが、ただ作るだけならもっと大きい物も可能だとか。ただ、そうなった場合は若干強度に不安があるらしい。俺は別に大きな一枚ガラスのある水族館を作るわけじゃないので、十分な強度が保てるという2メートル四方のガラス板を注文することにした。ただそれに対しギリムの顔に少しの陰りが。
「“作る”という事に関しては、全く問題ないんじゃがなぁ……」
「それ以外で何か問題でも?」
「うむ。さすがにそのサイズで強度を保ったガラス板を複数となると、それを作るための素材が足りなさすぎるんじゃよ」
「ああ、そういう事か」
言われて見ればその通りだ。出来上がる物が大きければ、当然素材も大量に必要となる。
「そんな訳じゃから、この依頼は素材が確保できたら……という事になるかの」
「つまり、素材持込でならば作業を受けてもらえるって事だね?」
「そういう事じゃ。どうするかの?」
「もちろんやるよ」
予想通りの展開だが、俺は少しだけ楽しくなっている。なんか……RPGのお使いクエストみたいじゃないか。コレって“定番だけど外せない”って感じなんだよね。
「それで、ガラスを作るために必要な物ってのは何?」
「普通ラスの生成は、灰と石灰、それと珪石の三つで作る。普通の家屋に使うのであれば、白珪石で十分なのだが……」
ふむっと腕組みをしながらギリムがこちらを見る。にしても、ガラスの素材は現実世界と同じか。
「話を聞くに、囲んだ中に水を居れ魚も放つようじゃからな。そうなると水の圧による損傷を、完全に打ち消すほど強固に作り上げねばならん。なら使うのは白珪石ではなく氷晶珪石でないと無理じゃろう」
「氷晶珪石?」
聞きなれない単語だ。少なくとも俺は聞いたことがない。
「過酷な雪山の山頂付近で採取できる鉱石じゃ。といっても、普通に生活する分にそこまで強固なガラスなんぞいらんからのぉ。必要とする者も殆どおらんし、市場に出回ることもめったに無いときたんもんじゃ」
「……でも、それで作れば信頼性は十分なんですよね?」
「ああ、そうじゃ。聞けば街中の広場の、子供達も沢山あつまる場所に設置するとか。ならばありふれたものでは些か不安が残る……という事じゃ」
「わかりました。それで、その……氷晶珪石がある場所はどこですか?」
というか雪山ってどこだ? 今のところ一番寒かったなという感想をもったのは、スレイス共和国のブルグニア山くらいだけど……過酷な雪山って感じではなかったしな。
「場所はスレイスの──」
あれ? やっぱりあそこか?
「さらに西にある山脈の中にある、一際高い山──グラーゼ山じゃ。その山頂には、何十何百年と止まぬ雪により、岩より強固に固められた雪が氷の結晶となって存在しておる」
「なんか過酷な環境そうだな……」
「あたりまえじゃ。なんせ魔物たちですら、そこ過酷さに生存が厳しいところじゃからな。だが、そんな場所でも生き永らえておる魔物もいる。その獰猛さは、生のへ執着も相まって生半可な冒険者では影も踏めずに淘汰されるほどじゃ」
なんだろう……これはアレか。狩猟アクションゲームとかで、山頂に鉱石を取りに行くクエストだ。そして、そこには獰猛な魔物が潜んでいるという設定で。
だが、やらない訳にはいかない。それに、話を聞いてしまったからこそ、すっかり楽しくもなっている自分がいる。
「わかりました。じゃあすぐにでも準備して、その……」
「グラーセ山じゃ? 本当に行くのか?」
「はい。スレイスまでは転移ですぐですし。それに──」
「それに?」
不安そうにこっちを見るギリムに、俺はニカッと笑って返事をする。
「ちょっとした知り合いで、雪山とか氷とか……そういう方面に詳しい存在がいるので」
そういいながら、脳裏に浮かぶのフローリア。恐らく彼女を通して話せば、力になってくれるだろうという算段だ。
彼女に自身の真名を告げた存在──氷結不死鳥であれば。




