313.そして、暫しの骨休めを全力で
追記:9/7の投稿分は9/8に行います
「ふぅ……。ひとまずカズキへのお小言はこのくらいにしましょう」
「そうですね。できればここが何所なのか、わかればよかったですけど」
リスティと友達になったので互い名前で呼んだところ、フローリアとミレーヌに妙な誤解を受けた。なんでも二人で転移してしまった状況下で、俺がリスティに優しくすることで必要以上に仲良くなってしまったのでは……という懸念かららしい。いわゆる“吊り橋効果”というヤツだ。しかし、どこでそんな知識を……と思ったが、現実で見たアニメで言ってたんだとか。妙なところで知識が豊富になっていくのが、末恐ろしいというかなんというか……。
「ヤオ。お前はここが彩和だと言うが、どの辺りかわかるか?」
「ここか? んー……どうじゃろうな。この辺りの環境からして、彩和であることには間違いないと思うんじゃがな」
「この辺りの、ですか?」
フローリアが不思議そうな顔で聞き返す。俺にしても、何故にヤオがここが彩和だと思ったのか知りたい。先程までいた八咫烏が理由かとも考えたが、思い返せば洞窟内でヤオはすでにここが彩和だと言っていた。
「うむ。わしも多くの地を知っているわけではないが、彩和と住んでいる土地周辺くらいは覚えておる。土地にはそれぞれ特性があり、土も風も違えばそこに生える草木も違うからの。それでここが彩和だと思ったわけじゃ」
「そういう事ですか。でも、ヤオさんの直感であれば多分正解ですわね」
「確かにな。それにこの暗さは、どう考えても夜だからな。少なくとも、ヤマト領やグランティル王国のある大陸とは別の場所だろう」
もしここが彩和であれば、今頃はいい感じで深夜のはずだ。ともすれば、そんな時間に動き回るのは正直あまりおすすめできないな。
「とりあえず、一旦戻ろう。ミスフェアの冒険者ギルドマスターに、現時点でわかる範囲で報告もしないといけないしな。一郎戻ってくれるように【ワープポータル】位置を記録して…………あ」
「ん? どうかしましたか?」
思わずあげた声を、そばにいたミレーヌに聞かれた。まぁちょっとしたうっかりだけど別に悪くないから言ってもいいか。
「いや、今この場所に転移用のポータルを設置したんだよ」
「はい」
「そして、こうやって……【ワープポータル】の行き先リストを見ると……うん。“彩和/???”という行き先が増えてる。やはりここは彩和だ」
俺の言葉に皆なるほどという顔をしてくれる。よかった、「何ですぐ気づかないの」みたいに攻められなくて。
「カズキ、その“???”というのは?」
「そこが多分ここの土地名じゃないかな? つまり、少なくともまだ俺が行ってない場所だってことなんだろう」
言い換えるとこの付近に人が住んでいても、こんな深夜に訪ねるのは迷惑だということだ。それに、そもそもここに来ている事自体が想定外の出来事だ。何所かという調べごとなら後からできる。
そんな訳で俺たちは、余計なことはせずミスフェアへ戻ることにした。ただ、勿論ポータルは設置したままなので、後からまた来るつもりだ。彩和側の洞窟もちゃんと調べたいからな。
「──という訳で、あの洞窟の奥には彩和につながる転移の仕掛けがありました」
ひとまずミスフェアに戻った俺たちは、すぐさま冒険者ギルドへ。ヤオだけは帰宅して、また屋上温泉を満喫するらしいけど。
「わかった、ありがとう。一応先程もフローリア王女達からの報告で聞いてはいたが、これで本人からの報告もあり確定だな」
「しかし、一体どうしてあんなものがあったのでしょうね。それにお二人が転移された後、私もフローリア姉さまも同じように壁の宝石に触れましたけれど、何の反応もしなかったですし」
「そういえば、壁にある宝石って二人には見えたんだっけ?」
「いいえ。見えたのはフローリア姉さまだけです」
GMキャラの隠蔽魔法【インビジブル】を、何もせずに看破できるのはフローリアくらいか。でもさっきの話からすると、ミレーヌは見えないけど宝石には触れてみたのか。
「ミレーヌ、見えない宝石に触れてみた感触はどうだった?」
「はい。視覚的には岩肌なのですが、触れた感触は平らな石のような感じでした」
「二人が消えた直後、まずは私が触れてみたわ。でも何もおきなくて、次はミレーヌが……というわけ。結局二人とも、転移魔法は発動しませんでしたが」
話をじっと聞いていたゼリックは、少し考え込んでいたが軽くため息をつくと。
「結局、現段階ではあの洞窟の詳細は不明だが、少なくとも早急になにかすべきことはなさそうだ。とはいえ、あの洞窟の転移の仕掛けが、どういう条件で発動するのかは不明だ。それに、普通の冒険者ではあの洞窟にたどり着くこともほぼ不可能だろう」
「そうですね。私達以外のパーティーでは、おそらく無理かと」
フローリアの言葉に、一瞬何かいいたそうになるリスティ。彼女の召喚獣であるネージュも空を飛べるので可能ではあるが……さすがに余計な事を言うのは我慢してくれた。フローリアとは親友でライバルだから、色々競争したくなるんだろうなぁ。
「……わかりました。今回は本当にありがとうございます。今後何か進展がありましたら、その時はまたよろしくお願いします」
そう言って、丁寧に頭を下げるゼリック。さすがに目の前に王女二人に、領主令嬢までいれば、対応も丁寧になるわな。……あ、俺も領主だった。
「こちらこそ、不思議な体験ができました。またいつでも声をかけてください。文字通り飛んで駆けつけますから」
「……ははは。領主になっても変わらなくて案心した。また、よろしくな」
「おう!」
最後は少しくだけた会話をする。うん、やっぱこの方が俺も楽でいい。
「それで、カズキはどうしたいですか?」
受付で報酬をもらってから、俺たちは冒険者ギルドを出た。そしてアルンセム公爵家へ戻る道すがら、周囲に人がいなくなった頃合でフローリアが聞いてきた。
「どうしたいって言うのは……リスティの観光案内の事か? それとも彩和の調査?」
「どちらも……と言いたいですけど、今は彩和は夜なので調査はやめたほうがいいかと。なのでリスティの観光案内についてですわね」
それもそうかとリスティを見るが、ちょっと色々ありすぎたのか少し疲れた様子が見てとれる。ブレスレットにして装備しているネージュがいるから、体力的にはまだ余裕があるはずだが、精神的にいろいろと疲れてるという感じか。
「……いや、さすがに少し疲れてるだろうし、そろそろ皆も温泉に入ったらどうだ?」
「そうですわね。ヤオさんも温泉に戻ってしまいましたし」
「じゃあいきましょうか。リスティ様と一緒にお風呂というのは、ずいぶん昔に一度だけですよね」
「そうですわね。あの時はグランティルの王城の浴場でしたかしら」
俺の提案をうけて、皆が温泉での休息という考えに賛成してくれた。もともと目的のひとつでもあったしな。そうなると、ミズキとゆき以外は屋上温泉ってことになるか。
……そういうえば、あっちの二人はどうなってるんだろうか。
「どうしましたカズキ?」
「いや、ミズキとゆきは今何してるかなーって」
「お二人は今、アレッサさん達とクエスト中でしたっけ?」
「クエスト!?」
ミレーヌの発言に、リスティがまたしても目を輝かせた。俺にしてみれば、先程のちょっとした彩和への転移騒動だが、彼女にとってはかなりの冒険になったのだろう。
「リスティ、だめよ。今から私たちと温泉なんだから」
「そうね、それも楽しみね」
だが、すぐさま意識を温泉へもどす。このあたりは、さすがにお友達だなぁと思う。
「ではカズキ、私達は戻りますね」
「それでは、カズキさん失礼します」
「ありがとうございました。また後で」
フローリアがあけたポータルに、まずミレーヌが入り続いてリスティが行く。
「では失礼しますね。……覗きにきたらダメですよ」
「いや、そんなことは──」
俺の反論を聞かずにフローリアはポータルへ消える。もちろん冗談なのはわかるけど、俺はいつまでたっても彼女たちには勝てそうにないなぁと少しヘコこんだ。
しかしまあ、いつまでもヘコんでうても仕方ないので、気持ちを切り替えてミズキたちへ念話を送る。
『ミズキ、ゆき。今話をして大丈夫か?』
『あ、お兄ちゃん! 大丈夫だよー』
『いまヤマト洞窟のえーっと何階だっけ? あ、地底湖があるフロアで休憩中だよ』
地底湖があるってことは4階層か。あそこは地底湖にある遺跡にさえ入らなければ、安全な休憩所だからな。
『一応確認するが、地底湖にもぐろうとかしてないおな?』
『うん、さすがにそれはないよ。フローリアとヤオちゃんもいないし』
『何より前と違って、今は何組かのパーティーもいるからね』
なるほど確かに。以前はダンジョン最初の調査ということもあり、俺たちだけで自由にやっていたけど、今はヤマト領の冒険者ギルドおかかえのダンジョンのひとつだからな。
『ねぇお兄ちゃん。他の皆は?』
『お前とゆき以外は、皆屋上温泉に行ってるぞ。ラウールの王女姉妹と、マリナーサとエルシーラも一緒だ』
『うわぁ、それはまたずいぶんにぎやかそうだねぇ~』
確かに華やかだ。結構大きな温泉だが、それだけいるとすさまじい光景だろう。覗く気はないけど、さすがにちょっとだけ気になるかも。
『そうだ! せっかくだからお兄ちゃんもこっちくる?』
『ん? いいのか?』
『ちょっとまってね…………』
改めて、一般開放された洞窟を見に行くのもいいかもしれない。自分の領地だし、どういう感じなのかを見てみたいというのもある。
『うん、アレッサさんたちの許可も出たよ~』
『わかった。それじゃあ速攻でいくから待っててくれ』
『了解。まってるー』
念話を切った俺は、ちょっと……いや、かなりワクワクしていた。洞窟の中を全力疾走するタイムトライアル……そんな事するのは久しぶりだ。
ダンジョン前へのポータルを出しながら、子供のように楽しげな笑みを俺は浮かべていた。




