311.それは、かの地での望まない邂逅
追記:9/3の更新は翌日(9/2)に変更させて頂きます
とりあえずヤオとは念話が通じた。なのでまずフローリアとミレーヌへ、俺たちが無事であるとの伝言をお願いした。それに対しての返事なのだが……
『「リスティに手を出したらだめですよ!」との事じゃ。……誰のことじゃの?』
『ラウール王国の第二王女様だ。さっきまで、フローリアとミレーヌも一緒にいた。だが洞窟にあった仕掛けらしきもので、知らない場所に飛ばされてな。なぜかヤオ以外の皆とは念話が通じないし、洞窟内だから【ワープポータル】も使えない』
『そういうことか。それと……あー、あれか。あの蛇好きな王女の妹か……』
なんとなくヤオの声が少し落ちた。もしかして、すでにアミティ王女の蛇好きによる何かしらの歓迎を受けたのかな?
とりあえずフローリアとミレーヌには、冒険者ギルドへ戻ってギルマスへ報告してもらうことにした。洞窟内には動物も魔物も居ないが、最奥に転移系の仕掛けがあるという報告だ。そして今、その行き先を調べている……という事にしてもらう。
『それで、わしはどうすればいいかの? このまま伝言係か? それともそっちへ行ったほうがいいかえ?』
『こっちにか? でもそうすると、多分ヤオも皆と念話できなくなるぞ?』
『そうなるのか……少し聞いてみる故、しばし待て』
ヤオとの念話が一旦途切れたので、今の会話内容をかいつまでんリスティに話した。フローリアたちにこちらの状況は伝えられた事を話すと、目に見えて安心したようだ。そんな話をしていると、ヤオからの念話が返ってきた。
『主様よー。どうも皆からは、わしもそっちへ行けというのじゃがのぉ』
『そうなのか? まあ、どっちにしろ洞窟を出ないことには戻れないし、それなら手元に少しでも戦力があるほうが気は楽になるが……』
『……主様も微妙にニブいのう……ともかく、そんな訳じゃから呼び出してくれ』
『わかった。……ちゃんと服着たか?』
『………………………………勿論じゃ』
多少間のある返事を聞き、俺はヤオを呼び出す。俺たちの前に現われた光が、すぐに一人の少女の姿になる。
「ふぇ!? な、な、何がっ!?」
「落ち着いて。この子はヤオ、さっき言ってた俺と契約してる獣魔だよ」
現われたヤオは周囲をざっと見渡す。といっても、ここは洞窟内であり3方の壁と1方の通路だけ。
「……ふむ。これまた辺鄙な所へとばされたのう。して、そちらがあの蛇好き王女の妹か」
「え、えっと……リスティ・イルク・ラウールです。よろしくお願いします」
ヤオからかもし出す力を感じたのか、少し気おされるような感じの挨拶だった。
「うむ、よろしくじゃ。……それで主様よ」
「ん?」
「この洞窟……というか、この地じゃが……」
すっと目を閉じて何かを探るような様子を見せて、
「多分……彩和じゃな」
「「ええっ!?」」
驚く俺とリスティの声が重なる。
「うむ。それとおそらくじゃが……わしらがよく行くあの辺りと、そう遠くないぞ」
「えええっ!? で、でも何でそんな事わかるんだ?」
今度は俺の驚き声だけが響く。リスティは彩和にきたことないから当たり前か。
「それはわしが彩和を知っておるからじゃな。だからわかるのは彩和だけじゃ。もし他所の国に飛ばされておったら、どこかさっぱりだったわけじゃ。よかったのう、主様は運が良い」
「そうかもしれんな。しかしそれなら、特に苦労せず洞窟を出られそうだな」
「うむ。ここには特に強そうなヤツもいなさそうじゃ。せっかくじゃからわしが先頭を歩いてやるぞ」
そう言うが早いか、すたすたと歩き出してしまう。
「え、あ、あの……」
「リスティ、ヤオに着いていって。最後尾は俺がいくから、リスティは何も心配しないで」
「あ、はい。わかりました。……行こう、ネージュ」
そそっとネージュにまたがると、すぐさまヤオの少し後ろについていく。ピッタリついていくのはさすがに邪魔だと理解しているのだろう。
ともかく、まずはここを出るのが最優先事項だ。なので鼻歌交じりに歩き進めるヤオの後ろを、少し不安げなリスティと、なんだか妙なことになったなぁと思っている俺が続いた。
だが、しばらく歩き進めるとヤオが立ち止まる。どうしたのかと問いかけると、
「この洞窟には、とりわけ凶暴な魔物はおらぬようじゃな。そこの白狼の放つ気配だけで、皆そそくさと洞窟脇道の奥へ引っ込んでしまっておるぞ」
「そうなのか? というか、それならお前の気配でも同じだろ」
「うんにゃ。わしはわざと気配を消しておるからの。そこの白狼は、主のためにそうしておるのじゃろ」
その言葉が理解できたようで、ネージュは軽く返事を吠える。
「しかし、これならばわしが来るまでもなかったな」
「そんな事は無いぞ。ここが彩和だとわかっただけで、変な所へ飛ばされたんじゃないと安心できるからな。……まあリスティとしては、初めての彩和がこんな洞窟じゃ感動も何もないだろうけど」
「あ、あははは……」
俺の言葉に苦笑いをするリスティ。ミスフェアへ来て、ミレーヌや街の人から彩和のことを色々聞いてたから、結構楽しみにしてたのは知ってる。
とはいえ、時差がほぼ10時間ほどあるので、彩和に昼間行くとなるとちゃんとした計画が必須になる。……あぁ、そうか。時差あるんだった。
「ヤオ、今の彩和って真夜中か?」
「……のようじゃな。洞窟の内外に潜む魔物の力が、夜ということで強くなっておるわ」
「え? だ、大丈夫なんですか?」
「心配せずともよい。多少強くなっても、わしはおろかその白狼の足元にすら及ばぬ」
「ほへぇ~……」
リスティはネージュの背で、ゆるゆると揺られながら背中をなでてやる。そのたびに尻尾がふわふわゆれるのが、場違いなほどにほほえましい。
「……ふむ。どうやらもう少しで外に────むっ、止まれ」
「っ!? どうしたヤオ」
今までのんびりとした雰囲気だったが、ここへきて初めて感情を押し込めたまじめな声のヤオ。その違いを感じてネージュも立ち止まる。俺はまだ何も感じないし、勿論リスティもだ。
「洞窟の外、遠くから何かがこちらに近付いて来る。羽音がするから、翼をもった魔獣の類か。いや、しかしこれは……」
いつでも飄々とした雰囲気のヤオだからこそ、今の状態には俺も驚いてしまう。リスティはというと、それを知らなくてもあまりの真剣さに声が出ないようだ。
「……主様よ、少し離れてついてきてくれ」
「ああ、わかった」
ヤオが先に進み、先ほどより距離を離して後ろをついていく。ふと前を見れば、どうやら先のほうは洞窟の入り口のようだ。そこに立つヤオに月光が当たっている。
一見して綺麗に思えたが、その実空気が張り詰めたようになっており、緊張がぬぐえない。
「リスティ、少しここで待機しててくれ。ネージュがいれば問題ないと思う」
「あ、はい。わかりました。……気をつけて」
よくわからないなりに、危険かもと感じたリスティが気遣いの言葉をかけてくれた。それを受けた俺は、入り口で遠くをみているヤオの隣に立つ。
その視線の先には、暗い夜空の中を何かシルエットが飛んでくるのが見えた。感じからして鳥か何かのようだが、結構大きく見えるし、なにより鳥なら夜目は利かないだろう。
だが、それを見つめるヤオは少し苦い顔をしてつぶやく。
「……やはりそうじゃったか」
「何がだ? もしかして知ってるヤツか?」
俺の言葉にヤオは顔を向け、一つ重いため息をついた。
「ああ、よく知っておる。あれは──」
大きな影はすごい速さで飛んできて、いつの間にかすぐそばまでやってきていた。
そこには大きな鳥……カラスがいた。その姿を見たヤオが、苦々しい声で。
「あれは八咫烏。神話でわし──八岐大蛇を倒したスサノオに仕える鳥神じゃ」




