31.それは、ありえない必然で
俺は今、王都の東側フィールドにてクエスト中。
先日召喚されたデーモンロードの眷属デーモンイリュージョンが、野生化(?)しているのでそれを駆逐するためだ。
本来はソロで行う予定だったが、何故か出発タイミングでフローリア様に捕まって現在同行中。フロ-リア様はLoUでの公式イベントキャラという特性からEX-Sという非常識なランクが設定されており、自由気ままについてきてしまったのだ。
とはいえ、彼女は補助強化をメインとする神聖属性魔法の専門家。今回のクエにおいて、相手が魔族ともなれば心強いことこの上ない。
その他のフィールドモンスターに対しての有効手段は乏しいものの、内部設定されているパラメータにより受けるダメージ値が全部0になってしまうという、チートも真っ青な仕様だ。しかもこれはあくまで仕様であり、チートではないので何のペナも発生しない。
そんなフローリア様は、お供に愛馬のプリマヴェーラとペットの鳥アルテミスを連れている。
彼女の無茶な特性を知らなければ、なんて非常識な行動をしているんだと思われても仕方ない状況だ。
アルテミスはともかく、プリマヴェーラはこの世界に生息する普通の馬だ。だがフローリア様の愛馬という関係からなのか、どうにも加護下に置かれているようだ。
「そういえばカズキ様。その召喚魔族の眷属は何体なのですか?」
「えっと……報告では3~4体との報告なので、おそらく4体だと思われます」
「どこにいるのかは分かるのですか?」
「はい分かります。付近には……いませんね」
俺は視界内のUI右側にあるマップに目を向ける。今いるフィールド内に、お目当てのデーモンイリュージョンは居ない。関係のないモンスターなら何体かいるが、まあ邪魔をしてこないのであれば今は無視。
王都の東側フィールドは広い平原になっており、前回デーモンロードを倒すためにおびき出した。そしてさらに東側へ行くと、かなり広大な森が広がっている。どうにもその森の中での、目撃情報が多いらしいのだが……。
「なんか変な感じだな」
「変……ですか? もしや、何か異変が……」
「ああ、すみません。そういった深刻な話ではなく、デーモンイリュージョン……魔族の眷属がこんな森の中にいる、という状況が不思議だなという話です」
「そうなんですか?」
LoUにおいてのデーモンロードは、荒廃した古城に住み着いた魔族を統べる者として設計されたモンスターである。故に、通常では古城内に居る状況でしか見ることは出来ない。稀に召喚石によって呼び出される場合も、ゲーム内でやる場合は強力なモンスターを召喚しても大丈夫なように、十分なレイドを組んで行うのが一般的だ。なのでこういった森林に上位モンスターが放置されているのは、結構めずらしいケースだと思う。
そんな話をしていた時、UIの縮小マップに少し大きめの赤いポイントが表示された。間違いない、これはデーモンイリュージョンだ。
「いました」
「え? どこですか?」
「まだここからだと見えません。方向は……こっちです」
今進んでいる方向より、少し右向きの方を指し示す。さすがに向こうもこちらを補足してないので、マップに表示されたポイントは不規則にうろうろとしている。
そして、本来であればデーモンイリュージョン単体と戦う場合、ある程度の準備が必要となるのだが……今回は特別何もしないで向かう。
ある程度進みギリギリ向こうから補足できない距離で、フローリア様に補助をお願いする。
ちなみに今回、フローリア様とはパーティーを組んでいないので【聖天の凱歌】は使えない。これは運営イベント用に実装されたフローリア様専用の、強力なステータス上昇魔法だ。
「【祝福の風】」
別の補助魔法を使ってくれた。同じようにステータス上昇魔法だが、パーティーメンバー以外にもかけることが出来るのが特徴だ。そして、もう一つ。
「【聖なる意志】」
俺の剣に強力な聖属性を付与してもらった。これに関しては、あまりにも強すぎて、イベント演出用にしか使えないほどのレベルだ。とはいえ、それは運営を意識しないといけない側の都合。今みたいな状況であれば大変にありがたい。
魔法詠唱の余波を感じたのか、デーモンイリュージョンにこちらを捕捉された。すーっと滑るようにこちらにやってくるのが見えた。
「ありがとうございます。離れていてください」
「はい。気をつけて下さいね」
フローリア様を下がらせる。一番の理由は、万が一プリマヴェーラが巻き込まれるとかわいそうだからなのだが、実はフローリア様にも下がっていて欲しい理由はある。
フローリア様自身にはダメージが通るとは思えない。しかし、彼女にダメージをあたえる攻撃ではない状態を押し付けたらどうなるのか。
例えばモンスターが体当たりをして激突したとする。普通ならばいくらかのダメージを追うのだが、フローリア様はその特性上ダメージを無しにしてしまう。だが、おそらく衝突された事実は打ち消すことができず、思いっきり跳ね飛ばされてしまうのではないのだろうか。無論、その衝突や着地時の衝撃によるダメージは0になるので、思い切り吹き飛ばされた後に何もなかったように立ち上がるとは思うのだが。
ダメージをうけないからといって、それはあまりにも非人道的だと思う。あと、シュールすぎる。
なのでフローリア様には、補助の役目はお願いしても、できるだけ前線に立つようなことはしないでもらいたいと思っている。
デーモンイリュージョンは手にした杖を振り下ろしてくる。これはデーモンロードのもつ王笏の下位武器として装備しているが、用途としては鎚矛としての役割をしている。ただし、その行動があまりにも遅い。おそらくフローリア様の補助魔法で、こちらの動体視力や認識能力が向上しているのが大きいのだろう。
攻撃をかわしながら、剣でその杖を切ってみる。すると何の抵抗もないほど、あっさりと切ることができてしまった。切れ味の方も、補助魔法の効果がすごすぎる。
まあ、この世界において今の状況だとこんなもんか。
特別長引かせるつもりもないので、すっと懐にもぐりこんで一閃。一見重厚そうに見える防具をたやすく切り裂き、そのままデーモンイリュージョンは倒れ込んむ。そして黒い煙になって霧散。あっけないがこれで一体討伐完了だ。
随分と手ごたえがないが、この状況下での限定的なものだ。フローリア様がいなければ、もう少し手数が増えたかもしれない。万が一、俺じゃなかったら大惨事だっただろうけど。
「……終わりですか?」
「はい、終わりですよ」
後ろから、おそるおそるといった感じで聞かれたので、肯定する。フローリア様も、このくらいかなと予想していたので別段驚くようなこともなかった。
とりあえず、こんな感じでやっていくことにする。
幸いにも、このあと2体は結構近くにいて、同様の手順であっさりと片付いた。
残るは一体。
正確な数はギルドからは提示されなかったが、LoUの仕様ではデーモンイリュージョンは4体いるはず。なので最後の一体を求めて行動を再開する。
だが、なかなか見当たらない。
たとえはぐれが野良化しても、一体だけ遠くへ行くとはあまり考えられない。たしかに行動アルゴルズムにはランダム要素があるが、実を言ってしまうとゲームのランダムはランダムではない。
プログラム内でランダム数値を算出する手法で、一番単純なのはランダム関数を呼び出すことだ。だが、この関数本当の意味ではランダム=乱数ではない。例えばゲーム開発機械に電源を入れて、ランダム数値を10回発生させて値をメモしておく。そして一度電源を切ってから再度電源を入れ、再度同じようにランダム数値を10回発生させてみる。すると今の10回と先ほどの10回、同じ数字が導き出されているのだ。
無論そのままではプログラムに使えないので、呼び出す前に乱数を算出するためのデータが入っている部分に対し、ゲーム機起動時間や年月日や時刻などから、無作為に数字を組み合わせて、その数値を乱数発生に反映させて、いかにもランダム数値を導き出していると、擬似ランダム化しているのだ。
これはNPCにもよく言えることで、同じ種族のモンスターたちは、似通ったランダム数値をうけとる傾向があるので、一匹だけ遠く離れてしまうということは本当にめずらしいのだ。
でも確かに、今回はデーモンイリュージョンというフィールドでうろつくモンスターではないからな。何かあったのかもしれない。
「カズキ様。よろしいですか?」
「ない、なんでしょうか」
考え込んでいるとフローリア様から声をかけられた。
「もしよろしければ、私がアルテミスの目を借りて、空から探してみるというのは……」
「なるほど、それはいいかもしれません」
私の言葉に顔をほころばせると、さっそくアルテミスと同調しはじめる。先ほどアルテミスの目で覗き見するのは云々と言ったことで、少し消極的になっていたのだろう。でも、こういう使い方は大歓迎だ。
目をつむったフローリア様の掌から、アルテミスが上空へ飛び立つ。掌はそのまま指を組んで祈るような姿勢でじっとしている。
「……見えます。この周囲にそれらしいものは特には…………えっ!?」
「どうしました?」
「今、少し遠くの方で木が揺れて、何か大きなものが動いたような……あ、またです!」
「どちらの方角ですか?」
「えっと、これは……今いる場所からそちらを向くと、向こうに見える山の丁度山頂方向です」
UIを操作してマップを開く。おそらくマップ上にある山脈の事を言っているんだろう。
「ここからまっすぐ北か。わかりました、移動しますのでアルテミスを戻して下さい」
「よろしければ先に様子を見に行くことも……」
「いえ、どんな危険があるかわかりませんので」
「……ありがとうございます」
すぐさまアルテミスを戻して、今度は指輪の中に入ってもらう。どうにも先ほどとは違う様子なので、念のためだ。
先ほどまでより慎重に歩いていくと、マップに赤いポイントが表示される。……2つほど。
「何かが2体いる」
「え!?」
「しかも、どちらも大きいモンスターだ。一体はデーモンイリュージョンかもしれないが、2体となると最低でも別の大きなモンスターがいるということだろう」
とはえい、デーモンイリュージョンとやりあえるボス級モンスターが、こんなフィールドのいるというのか? それともまた召喚されたボスでもいるのか?
考えていてもわからないので、気取られないように気をつけて進んでいく。
そして、段々と打撃音などの戦闘音が聞こえてくる。慎重に進み、ようやくその姿が見えるくらいにまで近づいてみる。
「確かに一体はデーモンイリュージョンだ……」
「そうですか。では、相手は……」
早く知りたい衝動を抑えて、少し様子を見る。デーモンイリュージョンがどうやら劣勢なのか、押されているように見える。……劣勢!? 相手は何だというんだ。
そして、物陰から押し出されたデーモンイリュージョンを追うようにして、その相手は姿を現した。
「……ッ!?」
その姿を見て、後ろにいたフローリア様から声にならない息が漏れる。
俺も、まさかこんな場所にいるなんて思ってもいない相手だった。
そいつは──
「バフォメット……」
山羊の頭を持つ、強大な悪魔だった。




