307.そして、何故かミスフェア公国で…
観光としてミスフェア公国を歩くのは久しぶりだ。ミスフェアということで、こちらを見た人の大半はまずミレーヌに気がつき、続いてフローリアに気付くという感じだ。中には俺に気付く人もいて、ミレーヌやフローリアと一緒に微笑ましい視線を送ってきたり。……なんか照れくさい。
「しかし、さすが海の国……街に流れる風も、ラウールでは感じることのない潮風ですね」
そういいながらリスティ王女は目を輝かせて街を歩く。聞けば、普段は自国でも他国でも、移動のほとんどを馬車で行っているという。今日みたいに、目立つ護衛もつけずに自分で歩き回るというのは、一見すると普段よりも疲れそうに思えるが、それ以上に精神的な部分で大きく気分が高揚しているようだ。今夜はきっとぐっすりと寝れるんじゃないのかな。
そんな事を思って歩いていると、エレリナが俺達を呼び止める。
「カズキ、あそこの店よろしいでしょうか?」
「ん? ……ああ、お酒か。いいよ」
エレリナが指し示す方には、“酒”とかかれた看板のお店が。そういえばミスフェアは、彩和との交易が盛んだから、向こうの文字である漢字も結構普及していたんだっけ。
「ではアミティ王女、少し一緒にお願いします」
「わかりました」
アミティ王女を連れて酒屋の方へ行くエミリア。店先にいた主人に声をかけ、挨拶を交わした後アミティ王女を紹介すると、案の定主人はひどく驚いた。
「お姉様とエレリナは何をしてらっしゃるのかしら?」
「多分アミティ王女がお酒好きだからって、酒屋の主人に紹介してお奨めを聞いてるんじゃないかな」
「……ヤマト公爵はお酒は飲まないのですか?」
「私ですか? そうですね……飲めないわけじゃないですが、あまり飲まないですね」
事実、うちのメンバーでは酒と言えばエレリナだろう。といっても、温泉によく行くようになってから知ったんだけど。
……いや、もう一人いたな。酒といえばやっぱりヤオ──八岐大蛇だろう。伝承にもあるように、八岐大蛇と酒は切り離せない感じだな。それに、うちのヤオもこれまたずいぶんな酒豪だし。温泉にずっとつかりながら飲む酒は幸せそうだ。
「まぁ、私達だとエレリナやヤオがやたら飲むから、かえってそれ以外が飲まないってのもありますね。あと、全体的にまだまり飲酒に適さない年齢ということも」
「……そういえば、時々皆さんから名前が出てくる『ヤオ』というのは、どんな方なのですか?」
「あれ? ヤオの事ってちゃんと話したことなかったかな?」
「はい」
言われてみれば、俺達がラウール王国へ向かった頃から……いや違う、家の屋上露天風呂が稼働しはじめてから、ほぼずーっと温泉入りびたりになっていた気がする。それ以外だと現実に戻った時にしばし一緒だったが、当然ラウールの王女姉妹はいなかったからな。
「そうか。それじゃあ……っと」
「お待たせしました」
「流石ミスフェアですね。彩和の良い品がいくつもありましたわ」
戻ってきたエレリナの後ろには、ホクホク顔のアミティ王女が。二人とも手ぶらなのをみるに、早速プレゼントしたアクセに搭載したストレージにでもしまったのだろう。
「それで、どうかされましたか?」
エレリナが聞いてくる。戻ってきた時、俺が何か話そうとしていたのを見ていたのだろう。
「いや、リスティ王女たちにまだヤオの事を話してなかったから、それを話しておこうかと。アミティ王女、今リスティ王女にも話そうとしたのですが、私達のメンバーには基本的にもう一人おりまして……」
「え、ヤマト公爵の婚約者がもう一人ですか?」
「いえ、ヤオはそういうのではありません。ヤオは私の召喚獣のようなものです」
「召喚獣ですか?」
「はい。正確には主従の契約を交わした魔獣で、その強さは神獣と呼ばれる者に匹敵します」
「「…………」」
俺の言葉に声が出ない二人。普通であれば、そんな与太話は聞く耳持たないだろうが、この短い間ながらも俺がそういう嘘をつかないことは理解してもらえたのだろう。
「普段は……そうですね、ミレーヌと同じくらいの歳の女の子に見える外見をしてますね」
「え? ミレーヌと同じくらいの?」
「はいっ」
「先程も言いましたが主従の契約をした存在なので、他の召喚獣のように主の魔力で自身を維持してるとかではないんですよ。だから常日頃人間の姿で過ごしてます。ここ最近は、ずっと家の温泉に入り浸ってますけど。今頃、さっきまで一緒だったマリナーサとエルシーラを交え、三人でお酒でも飲んでますよ」
「いいですねソレ。……お酒も購入してしまいましたし、なんだかもう段々と我慢ができなくなってまいりましたわね」
アミティ王女が縋るようにこっちを見る。温泉に浸かりながら、先程一緒だった二人とまだ見ぬ人物がのんびり酒を酌み交わしている様子を想像したのだろう。……仕方ない、後押しをしてあげるか。
「実はそのヤオなんですが、魔獣の姿……本来の姿は、八つの頭をもつとても強大な蛇で──」
「お願いします! 私を今すぐその温泉飲酒会に参加させて下さいっ!」
ついにアミティ王女がお願いを申し出てきた。まぁ、ヤオの話をする時点でそうなるかなという予感はしてたけど。
「そうですね……じゃあエレリナ、アミティ王女と一緒に行っていいよ」
「わかりました。では何かありましたらご連絡下さい。では、ミレーヌ様行ってまいります」
「はい、いってらっしゃい。後で私達も入りに行きますからね」
エレリナはミレーヌに話をした後、フローリアやリスティ王女に頭を下げ、アミティ王女を連れて転移をしていった。残ったのは、俺、フローリアとミレーヌ、それとリスティ王女だ。
「さて、どうしましょうか? どこか入って食事でもしながら決めますか?」
「それもいいですね。少しお腹がすいてきました」
リスティ王女の賛成もあり、少し何かを頂きながら予定を決めることに。そのために入った近くの店は、彩和から仕入れたうどんや蕎麦を出すお店だった。
そこで今日は全員うどんを注文した。シンプルにお揚げが一枚のっている、いわゆるキツネうどんだ。これがソバだと、キツネかタヌキか揉めるんだよね。
俺達は普通に箸で、リスティ王女はフォークでいただく。最初はリスティ王女も箸を使おうとしたようだが、さすがにすぐには扱えず断念した。ちなみに、この後王女はリベンジとしてマイ箸を購入していった。なんだかちょっと可愛らしいな。
ズルズルと音をたてて食べる行為に驚きながらも、楽しくわいわいと食事をした。あたりまえだが、こんな風に食事をするなんてことは無かったと、なんだか楽しいと終始笑みを浮かべていた。
食事の後、少し休みたいとの事なので緑茶を菓子を注文して暫し滞在。菓子は団子を餡子で包んだようなものだったが、一緒に緑茶を啜るとほどよい甘さと風味になった。
お茶を啜りほっと一息ついた俺を見て、リスティ王女が聞いてきた。
「ヤマト公爵は随分と彩和の文化に詳しいようね。そちらにはよく行くのかしら?」
「はい、行きますよ。ただこちらと彩和では遠く離れているので、時差があるから昼間に行けないのは難点ですね」
元々もそんな時差がなければ、リスティ王女が生涯行くことないと思われる彩和にまずは招待しただろう。まぁ、せっかくなのでいつか都合をつけて連れて行きたいとは思うけど。
「あなた達も、彩和へはよく行きますの?」
「日常的にではありませんが、おそらく王都の者で私より多い人はいないかと」
「私も同じですね。もしかしたらミスフェアの交易商人さんよりも多いかもしれません」
「そんなに……」
実際、俺が連れて行った回数も結構あったが、今はそれぞれが自由に行き来可能だ。とはいえ、さすがにミレーヌ一人で彩和へ行き、君主である松平広忠に会いに行くのは無茶なのでそれはやってないみたいだが。
「ちなみに家のメイドであるエレリナは、元々彩和の出身ですよ」
「え? そうなんですの?」
「はい。あちらでの名前は狩野ゆら。ラウール王国で一緒にいたゆきさんのお姉さんです」
「ああ……それであの方は、エレリナを姉と呼んでいたのですね。そういえばそのゆきさん、今は何をしてらっしゃるんでしたかしら」
思い出したように聞いてくるリスティ王女に、彼女は俺の妹のミズキと一緒にヤマト領冒険者ギルドに所属しているパーティーとダンジョンに潜っていることを伝えた。
「なるほど……ゆきさんもヤマト公爵の妹さん──ミズキさんでしたかしら。そのお二人も冒険者なのですね。確かに皆さんお強いので、これならフローリアやミレーヌも安心ですわね」
感心したように言うリスティ王女に、フローリアがちょっと楽しげな笑みを浮かべて、
「それなんですが……私、実は結構強いんですよ?」
「……は?」
「そうそう! 私も実はそこそこ強いんです!」
「……ええっ?」
フローリアとミレーヌの言葉に固まるリスティ王女。そりゃそうだろう、自分と同じくらいの年齢で身分の女の子が、冒険者話のついでに強い自慢をしてきたのだから。二人が言う“強い”の尺度がわからず、思わず俺の方を見て説明を求めてくる。
「えっと……とりあえずお二人は強いです。上手く言えませんが、多分リスティ王女が思っているよりも何倍も何十倍も強いです。というか、ヘタをすれば王国の騎士団を圧倒します」
「はぁあああ!?」
ついにリスティ王女の思考限界がきたのか、俺の発言に叫び声がでてしまった。なんだろう、折角なら見てもらったほうが面白いかも。
「それでしたら、これから少しミスフェアで何かクエストに行きますか? もちろんリスティ王女はちゃんと護衛しますので、安心して下さい」
「え、ええ、かまいませんけど……お二人は大丈夫ですの?」
「大丈夫ですよ。あの二人は、ああみえて結構常識ハズレなところありますので」
「「それは貴方です!」」
フローリアとミレーヌが速攻でツッコミを入れてきた。やれやれ、二人とももう少し自分が非常識なのを理解したほうがいいと思うよ?
さて、それじゃあ久しぶりにミスフェアの冒険者ギルドに行ってみるか。




