305.そして、まったりと港国へ
氷結不死鳥はフローリアと暫し会話した後、大亀の傍へ降り立った。そしてそのままじっと互いを見ている。……って、あれって念話みたいなので会話してるのか。
とりあえず俺達は、戻って来たフローリアと話すことにした。
「どうやら先ほど、スレイス共和国の方からこちらにいらしたそうですわ。そこで火竜様と少しばかり話しこんで来られたそうです」
「うーん……氷結不死鳥みたいな存在にとって、時間の概念なんて無いに等しいんじゃないか?」
「恐らくはそうでしょう。私達エルフよりも、より精霊……いえ、神格化といって良い高位の存在ですから、ほんの少し羽を休める事が人間にとっての何日にも何ヶ月にもなるかと」
ハイエルフのマリナーサでさえ、人間とは時間感覚がかなり違うという。ただ、ハイエルフの認識は「単純に寿命の違い」のみだが、火竜や氷結不死鳥たちは「流れている時間そのもの」の尺度が違って感じるらしい。要するに、俺達人間から見るとネズミみたいな小動物はせわしく生きているように見る……というのと同じなんだろう。
「でも、以前火吹き山で別れて何日も経過しているのに、今さっきこのノース湖に到着したんだろ? それなら、最後に行く予定になっているエルフの里はまだ先になるんじゃないのか?」
「ええ、そうですね。といっても、その辺りは里の者ならば皆承知してますから大丈夫です」
まあ、それもそうか。そういう感覚を理解して、何年もの長い月日を巡ってるのがエルフ族なんだもんなぁ。それにハイエルフなんてのは、無限に近い寿命をもっているハズだ。背格好は人間と同じでも、忙しく動き回ったりはしないものなんだな。
「しかし……アレ、どうしようか?」
俺の言葉に皆の視線が一箇所にあつまる。それは氷結不死鳥と大亀が、身動き一つせずにじっと見詰め合っているような光景だ。ハッキリ言ってシュールすぎる。異種族ゆえに表情はわからないが、おそらく互いに無表情で向かい合っているのだろう。こんなカップリング、高レベルのBL好きでも反応しないぞ。……っていうか、そもそもアレらに性別ってあるのかな。
困惑半分呆れ半分の俺達にマリナーサは、
「あの状態だと、短くても何日も動かないんじゃないかな。だから、私達は何も言わずに立ち去っても問題ないと思うわよ」
「そんなもんなの?」
「そんなものよ。私だって、たまに古代エルフ様に何日何ヶ月も拘束されることあるから」
事も無げに言うマリナーサだが、俺達人間の感覚ではそんなもの罰以外の何物でもない。
しかしまあ、ここはその言葉に従った方がいいだろう。
「えっと、アミティ王女、リスティ王女。こちらから言い出してここへ来たのですが、どうにもあの様子でして……申し訳ないですが、またどこか別の場所へという事でよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫ですよ。このような場所に来れただけでも、十分に僥倖というものですわ」
笑顔で了承してくれるアミティ王女。その横でリスティ王女も頷いている。
しかし、それではどこへ連れていくのがいいか……そう考えている俺の袖をミレーヌが引っ張る。
「あの、カズキさん。それなら一度ミスフェアに行くのはどうでしょうか?」」
「ミスフェアに?」
「はい。確かお二人とも、この大陸にある国の中でも、一番行った回数が少ないのはミスフェアですよね?」
「ええ」
「はい」
ミレーヌの言葉に頷く王女姉妹。なんでもこの大陸において、ラウール王国が南西にある事に対し、ミスフェア公国が北東にある。大きな四角形として考える場合、対角上にある両国はお互い訪問する機会が少ないのだとか。よくよく聞いてみれば、結構な距離があるので両国は同じ大陸にありながらも、多少の時差はあるらしい。現実世界で例えるなら、アメリカ合衆国が4つのタイムゾーンを持っているのと同じだ。
「なるほど……二人とも、いかがですかね?」
「いいですわね。ミスフェアには随分と行っておりませんし」
「それにミスフェアって彩和との交易も盛んですわよね?」
「なるほど、実際の彩和は時差で無理でも貿易商品なら堪能できますね」
どうやら王女姉妹はミスフェア行きに乗り気なような。となると、急遽同行してきたエルフコンビはどうだろうか。……あ、それとも。
「マリナーサとエルシーラはどうしますか? 一緒にミスフェアでもいいですし、なんならヤオに声をかけてもう家の温泉にで──」
「「是非温泉に!」」
思い付きの提案だったが、二人は即座にとびついてきた。元々ソレが目的だったんだから、当たり前といえばそうなんだけど。横で聞いていた王女姉妹も温泉に少し興味を惹かれたようだが、今晩ちゃんと案内しますからと言うと「楽しみにしてます」と言われてしまった。……ちょっとだけプレッシャーだ。
そういう事になり、来たばかりではあるが一度ヤマト領の家の玄関部屋に戻ることにした。となると、先ほどから向こうで微動だにしない大亀と氷結不死鳥に何か言っておいたほうがいいのかとは思ったが、
「大丈夫ですよ。あの方々にとっては瞬きにも満たない時間ですから」
とマリナーサに言われてしまった。なんか、それはそれで寂しいものだな。
そして一度帰宅して、マリナーサとエルシーラを家へと招待した。そのタイミングで、一度全員と話をしたのだが、丁度用事も終わり領内を見回っていたエレリナが戻って同行することになった。行先がミスフェアなんだから当たり前といえば当たり前か。
ミズキとゆきは、またしてもアリッサさんたちとヤマト洞窟に行ってるらしい。迷惑かけないようにと言うと、自分たちがいると最下層まで行けるから歓迎されてるとの事。ともあれ、楽しくやっているならいいか。
マリナーサたちが屋上の温泉へ行った後、エレリナの帰還を待ってミスフェアへ転移した。場所はアルンセム公爵の庭だ。俺達が現れると、丁度庭で花を見ていたアルンセム公爵夫人──ミレーヌの母親がいた。
「お母様っ!」
「あらミレーヌ、おかえりなさい。フローリア様にカズキさんも一緒で……まぁ、アミティ王女とリスティ王女もご一緒でしたか」
「お久しぶりでこざいますシルフィナ様。フローリア様の誕生会以来でしょうか」
「ご無沙汰しておりますシルフィナ様。もっと挨拶に来れれば良いのですけど」
「いえいえ、こちらこそラウールへ中々足が向きませんもの。本日はようこそおこし下さいました」
さすがに顔なじみのようで、久しぶりとの挨拶を交わす王女姉妹とミレーヌのお母さん。それならばと思った時、
「アミティ王女、リスティ王女。遠い所、よくおこし下さいました」
屋敷からアルンセム公爵が出てきた。いつの間にかその後ろにエレリナがいる。おそらく到着時、すぐに公爵を呼びにいったのだろう。
「お久しぶりでございますクラディス様」
「クラディス様、お元気そうでなによりです」
急な来訪だったが、快く迎えてもらえた。アルンセム公爵は、続いてフローリアと挨拶をした後、俺の方へやってきた。
「驚いたよカズキくん。まさかいきなりアミティ王女とリスティ王女を連れてくるとは」
「すみません急に。実はお二人に正式に運営開始したヤマト領の案内をしてまして。それで折角だからと、こちらの方にも……という事になりまして」
「おお、そういえばヤマト領も本格稼働しだしたな。流通商人から色々と聞いているよ。以前なら王都まで運ばないといけない品を、ヤマト領までの運送で済むと。そこで余所からの品に積み替えて戻ってくるため、随分と移動コストが軽減したと喜んでいたよ」
「そうですか、それはなによりです」
元々ただ道があった場所が、中継街として機能する領地になったのだ。当初の予定がちゃんと出来ていることに満足していると、リスティ王女がそわそわしながら話かけてきた。
「それで、ヤマト公爵よ。これからミスフェアを見て回る……ということで、よろしいのですか?」
「はい、もちろんですよ。ミレーヌやエレリナも同行しますので、存分に楽しんで下さい」
そう言った俺に、今度はアミティ王女がちょっと言いにくそうに聞いてくる。
「あ、あのヤマト公爵……ミスフェアは彩和との交易が盛んなんですよね?」
「はい。何か探し物でもありますか?」
「ええ。もしよろしければ美味しいお酒を……」
なるほど、アミティ王女はお酒が好きか。これは今夜の温泉でも嗜むかもしれないな。臨時の呑兵衛メンバーだね。
「いいですよ。彩和から美味しいお酒も沢山仕入れてますので。だよね、エレリナ」
「はい。私もお酒を嗜みますので、よろしければ好みのお酒を探すのをご一緒致します」
「本当ですか! ありがとう!」
楽しげにエレリナの手をとるアミティ王女。……なんか、蛇好きで酒好きって……ヤオの信奉者にでもなりそうな性格だな。
そういえば、俺もミスフェアはしばらく歩いてないな。今日は案内もしながら、自分も少しのんびり見て回ろうか。




