304.そして、領地案内をしてたけど……
急遽マリナーサとエルシーラというエルフコンビも同行することになったヤマト領案内。だが、もちろん主賓はラウール王国の両王女だ。
領地の東側の祝福の樹を後にして、そのまま西へ向かいお土産通りと呼ばれる道を歩く。立ち並ぶ屋台などを見てリスティ王女が、
「まるでお祭りでもやっているようですわ」
との感想を漏らす。実際のところ、まだ領地が正規運営されたばかりでもあり、お祭りに近い雰囲気がそうさせているのだろう。おそらくはもうしばらくしたら一旦落ち着いてくるはずだ。それでも、今の感じなら十分ににぎわってくれると思っている。
途中で二人が気になる店などに時々寄り道しながら進んでいくと、領地中央の十字路にある冒険者ギルドから見覚えのある人物が。ユリナさんと、ラウールの冒険者ギルドマスターのエミットさんだ。……あれ、エリカさんもいるけど。
「こんにちは。んで、なんでエリカさんもいるんですか?」
「え? っと、なんだカズキくん──じゃない領主様じゃないですか。脅かさないで下さいよ」
俺に声をかけられたエリカさんは、完全に素で驚いていた。まぁ彼女になら馴染みだし名前呼びでもかまわないんだけど、立場的にはまずいんだろうな。
俺をみたエミットさんが、すばやく頭をさげる。
「ヤマト領主、この度は本当に申し訳ありませんでした。今後はこのようなことが無い様に致したいと思います」
「宜しくお願い致します。何か困ったことがありましたら何時でも相談を受けますから」
「はい。その時はよろしくお願い致します」
そう言ってもう一度頭をさげられた。俺個人としてはそこまでではないが、領主であるという立場上自分の領民ならび領地が優先であり、外の者による不備は甘いことは言えない。なのでまあ、今回のことはしっかり反省して、次に備えてください……という事に落ち着かせた。
「ならばもうこちらでの用事は完了ですかね。今から戻りますか?」
エミットさんの用事が終わったのなら、彼女をラウール王国にまで送還しないといけない。そうじゃないと、ここから延々と馬車などで帰ってもらうことになってしまうから。
「あ、それなんですが……」
「いたいた、ユリナさん。って、あれ、お兄ちゃん?」
「ミズキか?」
冒険者ギルドからこちらにやってくるミズキ。どうやらユリナさんに用があるっぽいけど。
「えっとね、今朝ミズキちゃんと話をして、それなら自分がラウール王国に送るよって言われて」
「あ、そういうことですか」
つい以前のような感覚で考えてしまうが、今は俺の許婚5人は全員【ワープポータル】が使える。転送場所は登録さてた場所のみで、俺の移動先情報とリンクしている。とはいえ、一番いろんな場所へいきまくるのが俺なので、彼女達に言わせたら十分すぎるらしい。おかげで全員、即時実家へ帰ることも可能だ。ゆきなんて親父さん──十兵衛さんが寂しがるからと、頻繁に彩和へ戻っているとか。
「そんな訳でお兄ちゃん。私、今日はこのままラウールへ行ってきてもいいかな? 夜には帰ってくると思うけど」
「ああ、わかった。皆さんミズキをお願いします」
「わかりました」
俺の言葉にエミットさんが丁寧に返事を返す。ユリナさんたちは「はーい」といつもの感じだ。
そして、そのままポータルを設置してミズキたちは転移していった。
ここでようやく、随分と同行者を待たせてしまったと思い、慌ててそちらを見る。だが、別段待ちぼうけでイラついてるということもなく、近くに流れている小川の辺で何やら談笑していた。
「すみません、お待たせしてしまいました」
「いいえ、大丈夫ですよ」
「はい。マリナーサさん達に色々面白い話を聞かせていただきましたので」
そう言って微笑む王女姉妹。その表情に気遣いはみられない。
「面白い話……ですか。一体何を?」
「ふふ、それはね……」
マリナーサが小川の側にしゃがみ、手を水面にかざす。そして何か言葉……かな? 意味がふくまれていそうな音を口ずさむと、彼女の周囲にふわりと何かが舞った。それは、
「精霊ですか? ここ、けっこう領地の真ん中あたりですけど」
「そうね。でもこの地が凄く居心地いいって、この子たちが言ってるわ。この……」
すっと手を左右に広げると、右腕と左腕にそれぞれが精霊がまとまりつく。だが、よくよく見ると違う精霊のようだ。
「水精霊も風精霊も、ここが気に入っているそうよ」
「……お姉様、私精霊って初めて見ました」
「私もよリスティ……綺麗ね……」
マリナーサの両手に姿を見せた精霊をみて、王女姉妹は目を奪われていた。それを見てマリナーサが、すっと二人の前に精霊を寄せる。おかげで余計王女姉妹は驚いてしまい、硬直してしまった。
マリナーサが精霊を元の状態──人間には見えない普段の状態に戻すと、ようやく二人も「はぁ……」と大きく息を吐き出した。
少しして、ようやく落ち着いた二人は俺達をみて、呆れと感心の半々な感じの目を向ける。
「それにしても皆さんは、精霊を見て驚かないのですね」
「そう……ですわね。多分、気持ち的に“慣れてしまった”というんでしょうか?」
「精霊に?」
「それもありますが、多分カズキがすること全般ですね。一々驚いてると身が持たない、という心構えが身に着いてしまったとでもいいますか」
苦笑するフローリアの言葉に、隣のミレーヌもウンウンと頷く。時々俺ってこういう扱いされるよね。
そんな事を思っていると、ミレーヌも話にのってくる。
「おかげで、たまに両親から唖然とした目を向けられたりすることもありますけどね」
「そうなんですか?」
「はい。カズキさん規準で考えると、時々他の方々から「大丈夫?」みたいな視線を受けたり……」
少し視線をそらして呟くようにいうミレーヌ。なんだろう、みんなの常識価値観がイタイ子みたいな方向にいっちゃってるとかいうのかな。……おもに俺のせいで。
まぁ、それはともかくとして。
引き続き領地案内で、西側の区域にやってきた。マリナーサとエルシーラは、自分たちのまわりを漂っている精霊にごきげんなのか、鼻歌を歌っている。
それを見て、ふとさっきの事を思い出す。
「さっきマリナーサが精霊に呼びかけてたのって……あれはエルフの言葉?」
「エルフ……というより、あれは精霊と心を通わせるためのものよ。私達が今こうして交わしている会話とは違うものね。以前私が名前を言ったときの事、おぼえてるかしら?」
「マリナーサの名前……ああ」
確か彼女の本当の名前はマリナーサではない。その名前自体に意味があって、人間では認識も発音もできない物──だったはず。
「覚えてるみたいね。それと同じようなものよ」
「そっか。じゃあ俺は精霊と意思疎通はできないってことか」
それは少し残念だな。普通とは違う感じの話を聞いてみたかったんだけど。
だが俺の言葉を聞いてエルシーラが何か考え込む様子を見せる。
「エルシーラ、どうかした?」
「んー……もしかするとだけど……」
「うん?」
「ヤオ様を仲介すれば、精霊と意思疎通できるんじゃないかしら」
「ああ、それならいけるかもしれないわね」
「へ? どういうことだ?」
マリナーサがいうには、ヤオは八岐大蛇というかなり上位の存在であり、その格付けは神獣かそれ以上かもしれないと。そんなヤオと主従契約を交わしている主の俺なら、ヤオを仲介して精霊と意思疎通が可能なんじゃないのか……という事らしい。
「でも無理することもないわよ。精霊は気に入った相手には、自然と力を貸してくれるし、そうでなければ居なくなる存在。この領地には沢山の精霊があふれているから、それだけここが好きなんだって現われでもあるんだから」
「精霊は人間のような難しい思考はないわ。好きか嫌いか、それだけよ。少なくともこの領地で見かけた精霊からは、どれも好きだって感情しかうけないけどね」
「……そっか。二人がそういうなら、別にいいか」
同じ領地にいるのなら、何か話でも……と思ったんだけど、そういうものではないのか。確かに精霊ってのは、どちらかというと思考や精神の一つの形だもんな。話をする相手というのとは違うか。
そんな話をしていると、いつしか西端に到着。
そこには東側と対をなす祝福の樹が植えられてある。それに対し、同じように手を合わせてお参りをする。これがここでの巡礼だ。
「さて、それじゃあどうしようか。どこか領内で見たい物……といってもわからないか」
「そうですね。フローリア、何かよい案はありますか?」
リスティ王女に聞かれて、少し考えるフローリア。だが利口な彼女だ、すぐに何か思いついたのかこちらを見る。
「領地の案内……ということでしたが、せっかくカズキがいるんですから、普段ではなかなか行けない所に行ってみるのはどうでしょうか?」
「え、普段行けない所? ……彩和とか?」
確かに彩和だと、王女姉妹どころかエルフコンビも行けないだろう。
「いいえ違いますよ。今彩和にいくと時差で夜になってしまいますよ?」
「ああ、そうだった。それなら……どこ?」
そう問いかけた俺にフローリアが言ったのは。
「このヤマト領に流れる水……ノース川の最上流にある湖──ノース湖の主様に会いにいくのはいかがでしょうか?」
にこやかにそう言った。
そういえば領地の正式運営が開始してから挨拶にいってないな。マリナーサたちも会ったことないだろうし、面白いかもしれない。




