299.そして、いつしか領地招待という事に
冒険者ギルドの受付嬢に案内され、応接室へ行くと一人の女性が待っていた。おそらくはこの人がギルドマスターなのだろう。歳の頃は30歳付近だろうか。……年齢は聞かない事が吉かな。
「久しぶりユリナ。ヤマト支部のギルドマスターになってからは初訪問かしら」
「はい。エミットさんも元気そうですね」
笑顔をで挨拶を交わして悪手をする二人。所属は違えど冒険者ギルドの役職ということもあって、どうやら知人のようだ。これなら話もスムーズに進みそうだ。
「リスティ王女も、わざわざの御足労ありがとうございます」
「気にしないで下さい。私は本日は付き添いで来ただけですので」
「付き添い……ですか。では貴方がヤマト領主の」
「はい。カズキ・ウォン・ヤマトです、宜しくお願いします」
挨拶をして握手をする。そしてギルドマスターのエミットさんに言われて、俺達はソファへと座った。
「……それでユリナ。今日はどういった用件なの? たしかヤマト領は先日正式運営が開始されたばかりでしょ? そんな状況でわざわざギルドマスターの貴女が出てくるなんて」
「それに関してはあまり気にしなくても大丈夫です。こちらの──」
そういって隣に座っている俺の方を示す。
「ヤマト公爵は転移魔法が使えますので。実は私はほんの30分ほど前まではヤマト領の冒険者ギルドにいましたから」
実際のところ今日ユリナさんを転移させたのは俺じゃないけど、今はそれはどうでもいい事か。
「へぇ……それは凄いわね。でも貴女直々にやって来たってことは、他人にはまかせられない位の内容ではあるわけよね」
「はい。エミットさんはこちら──冒険者ザナックをご存じでしょうか?」
ユリナさんがザナックのギルドカードを目の前に出す。それを見て微笑んでいたエミットさんの表情に陰りが生じた。
「……そう。ここ最近大人しいと思っていたら……まさか余所へ出張っていたわけね。ごめんなさいユリナ。貴女が来たということ、そして既にカードがここにあると言う事は、ザナックは資格はく奪相当の事を仕出かしたということね」
「はい。クエスト受注の規則を無視して、受付担当者を脅して無理矢理受けようとしました。何度説明して注意を促しても、一向に聞き入れませんでした。なので最後はその場にいましたフローリア王女とヤマト公爵に説得して頂きました」
そういえばあの時、フローリアがいたから流石にあの冒険者も大人しくならざるを得なかったんだったっけ。俺の事は知らなかったみたいだし。
「あら。随分とタイミングよくフローリア王女がいたわね」
「その日はヤマト領の正式運営開始日でしたから、領主であるヤマト公爵と一緒に領内を見てまわっていたのです。あとミスフェア公国領主令嬢のミレーヌ様も同行されてました」
「あらら。あのお二人の前では、どんな些細な嘘も見抜かれてしまうわね」
苦笑いを浮かべるも、すぐさま真面目な顔になり俺の方を向くエミットさん。
「ヤマト公爵、この度は私の管轄の冒険者が大変な迷惑をかけた。ザナックに関しては権利はく奪後、如何様にしてくれても構わない」
そう言って頭をさげる。新領地が始まるその日に、いきなり不要な迷惑をかけたと気にしているのだろう。こっちとしてはそこまで大事じゃなかったけど、余所の地に迷惑をかけた責任者としてはそうも言ってられないか。
「……ならばそちらで手続きなどお願いできますか?」
「こちらでですか? こちらで対応する事自体はかまわないのですが、既に罪人認定された者をわざわざ手間をかけて移動させる価値があるのかと」
「大丈夫ですよ。転移魔法ですぐですから」
「ああ! なるほど……」
俺の言葉に感心するエミットさん。そうか、普通にここまで連れ戻すってなると荷馬車にでも乗せて延々つれてこないとダメなんだよな。そんな手間かけるくらいなら、当然その場で罪を言い渡して処罰するほうが簡単だ。
「しかし、一日にそう何度も転移魔法を唱えても大丈夫なのですか? 確か、過去の転移魔法の記録では、かなりの魔力を消費するため運用に耐えられるものではなかったという話でしたが」
「はい。あまり話を広められると困りますが、私の転移魔法は一日に何度でも何人でも大丈夫ですから。あ! なんでしたら、エミット自身でヤマト領へ行ってみますか?」
「ほ、本当ですか!?」
どうせならエミットさんの手でちゃんとザナックに罪を言い渡して、それで連れ帰ってくれれば……と思い提案したのだが、なぜかえらく反応した。何か気になることでもあったのだろうか。
「ええ、もちろんですけど……えっと、なんでそんなに前のめりなんですか?」
「あ……えっとですね、それはー……」
不思議に思って聞いてみると、なぜか少し狼狽えて視線を逸らす。……いや、逸らすというよりもユリナさんを見てる?
「もしやエミットさん、ヤマト領の温泉に入りたいのですか?」
「…………はい」
ユリナさんの言葉に、少し恥ずかしそうに頷くエミットさん。聞けば、ユリナさんからヤマト領の温泉の事を色々と報告を受けているらしい。ユリナさんやエリカさんには、随分と前から領地や温泉話をしておいたので、そういった事も結構前から親しい人には伝わっているらしい。
それでエミットさん自身も、機会があればヤマト領での温泉に入りたいと思っていたとか。聞いてみると、ラウール王国をずっと北へ向かうとたどり着く温泉の国スレイス共和国。そこにある温泉に入るのを、とても楽しみにしているとか。だから、以前スレイス共和国の温泉が枯れそうになった時、復活したニュースを聞いて泣いて喜んだそうな。
「それってアレよね? カズキくん──じゃない、ヤマト公爵が解決したあの事ですよね?」
「ああ、そうなりますね」
「えっ!? スレイスの温泉復活って、ヤマト公爵がやったんですかッ!?」
「へぇ……」
おもいっきり驚くエミットさんと、感心したように俺を見るレスティ王女。んん、なんかちょっと気恥ずかしい感じもするな。
「えっと、まあそうですね。あまり詳しくは言えませんが、近くにあるブルグニア山の水を温泉にしてくれているドラゴンが、ちょっと病気になってまして。それを直して健康になってもらったら、温泉も復活したというワケです」
「ド……ドラゴンですか……ッ!?」
「はい。でもとてもおとなしいドラゴンなんで、騒ぎ立てないで下さいね。スレイスの人々にとっては、大切な温泉の神様みたいなものですから」
「わかりました……なんか、すごいですね……」
半ば呆れる様な声で褒められた。おそらくは気持ちと知識の整理がついてないのだろう。まあ褒められてるのはわかるので悪い気はしない。
「それではどうしましょう。今すぐに行きますか?」
「あ、えっと……そうですね。少しお待ちいただけますか? できればその、ヤマト領の宿か何かに一泊くらいは……」
「……まずはザナックの引き渡しを忘れないで下さいね?」
「も、もちろんですよ! あははは……」
うん、完全に温泉旅行気分だったなこれは。迷惑かける犯罪者かぶれの冒険者なんて二の次三の次ですか。ですよね、うん俺もそこは同意。でもさっさと連れてって欲しい。
そこまで話すと、隣で大人しくしていたリスティ王女が聞いてきた。
「ヤマト公爵よ。私やお姉様も、ヤマト領の温泉に入ることはできるのか?」
「はい、もちろんです。というか、おそらく今頃フローリア達からアミティ王女にも、話をされていると思いますよ」
「そうですか! ふふ、では楽しみにしてますね」
「ではエミットさん。まずはザナックの引き渡しをさっさとすませましょう。その後で、改めてヤマト領の温泉を楽しんで下さい」
「わかりました。ちょっとした手荷物をまとめますので、少し待ってて下さい」
「了解です。では受付前に行ってます」
そう言って応接室を出た。そしてカウンタの前へ戻る。
先程奥へ行く前に、ミズキたちがよくあるフラグを立てていたような気が下けど……うーむ、普通に待ってるな。特に騒ぎがあった後でもないし、何もなかったか。
「お待たせ。これからここのギルドマスターをヤマト領に連れて行って、ザナックを引き渡すことになった」
「ほーい」
俺の言葉に返事を返すミズキ。あとの二人も適度に雑談をしてるだけで、何もなかったようだ。その思いが顔にでたのか、ゆきが訝しげに俺に聞いてきた。
「カズキどうしたの?」
「あ、いや。俺達が奥に行ってる間に、皆は他の冒険者にちょっかいだされたりとかしなかったのかなーって思って……」
「ははーん? 心配してくれてるの? ヤキモチ?」
嬉しそうにニヤニヤされた。……でもまあ、間違いではないけど。そう少し膨れたように返事をすると、すぐに楽しそうな笑顔になる。
「何もないってば。だってリスティ王女と一緒にやってきた人に、うかつに話しかけたりしないって。後から来た人が声をかける素振りでも見せたら、すぐに他の冒険者が止めてたしね」
要するにミズキたちは王女付きの何か特別な立場の者だと、そういう認識だったらしい。だから当然だれもちょっかい出したりすることもなく、と。
そんな話を聞きながら少し待っていると、奥からエミットさんがやってきた。特に大きな荷物はないけど、多分ギルドマスターくらいになると収納系アイテムを持ってるのだろう。手に持ってる小さなハンドバックがそうなのかな。
とりあえずここで待機してた三人とエミットさんが挨拶を交わす。よし、それじゃあちょっとヤマト領へ行こうか。




