297.それは、胸を借りる戦いとなりて
追記:7/30の更新はお休みし、7/31に本日分を更新します。その次は予定通り8/1に更新します
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
城内の騎士訓練場へ向かう道で、隣を歩いていたミズキが話しかけてきた。まぁ、話したいことは大体わかるけど。
「以前も、同じようなことした覚えがあるんだけど」
「おう、実は俺もそれを感じてた」
以前、フローリアを連れ出す際にグランティルの王城で騎士と少しばかり諍いがあったことを、俺もミズキも思い出していた。そういえば今回も王女が同行することが、事態の発端となっているんだよな。
そう考えると、以前も今回も王族へ使える騎士の言動としては正しいのだろう。それをこっちの都合で……という部分もあるので、申し訳ない部分も少しはある。……少しね。
訓練場の闘技場に到着すると、すでに伝令が出ていたのか騎士達が整列待機していた。そういや、今回は騎士団が相手という話だったな。
その騎士達の前にいる、おそらくは団長らしき人物にリスティ王女が話しかける。
「騎士団長、準備は出来ていますか?」
「はっ。模擬戦の準備は出来ております」
「了解です。ヤマト公爵はSランク、妹であるミズキはAランク……であってますわね? 共に腕に覚えがある冒険者ですが、フローリアの話では両者ランク以上の実力との話です」
その言葉に騎士達の視線がこちらを向く。姿勢は動かず視線だけ動くのはちょっと怖い。
「そして、その実力の一旦を私も見ております。……貴方達も知ってますわね?」
「「「「はいっ」」」」
騎士団の中の数人が返事を返した。誰だ? と思ってよくみると、どうやら道中で一緒になりラウール王国まで同行した騎士たちのようだ。まぁ、だからといって自国の護衛騎士なしでの外出は、安易に認められないってことか。
さて、それでは模擬戦をやろうか──という事になったが、どういう形式でやるのかという話になった。要するに、単純に騎士団全員vs俺達二人とか、騎士団を2つに分け、それぞれに一人で挑戦するのかといった感じだ。また、騎士団のフォーメーションに関してもいろいろあるらしい。
結果、まずは騎士団チーム1とミズキの模擬戦。こちらの騎士団は、個人が自由に戦闘をする形式らしい。もう一つの騎士団チーム2と俺の模擬戦だが、こちらの騎士団は陣形戦術での戦闘だとか。それぞれ戦闘スタイルの違うやり方で、こちらと戦おうというのだ。
……なんか、えらく真面目じゃない? あとこれ、どっちかというと騎士団が『強者との戦闘訓練を受ける』という流れになっている気がするんだけど。
なんせ騎士団の方から、こちらを嫌悪するような視線とか全然感じないし。
「それでは騎士団と、ミズキ殿の模擬戦と行います」
審判である騎士団長の声が闘技場に響く。ギャラリーは参加してない残り半分の騎士団……つまり、次に俺と対戦をする騎士達と、リスティ王女、そして俺。──だけだと思ったのだが。
「まったく、カズキったらまだ城にいたのね」
「なんかミズキさん、ちょっと楽しそうな顔してますね」
闘技場の観客席に居る俺の隣には、フローリアとミレーヌがいる。そして、
「当然城内で模擬戦が行われるなんて言われて、驚きましたわ」
と微笑むのはラウール王国のアミティ第一王女だ。どうやら散々フローリアの聖獣魔を撫で回してたいのだが、模擬戦を知らせにきたタイミングで切り上げて見に来たらしい。フローリア曰く、
「サラスヴァティが今まで見たこと無い困惑と疲労に包まれておりました……」
との事。どうやらラウール王国の王女姉妹は、うちの召喚獣を辟易させる才に長けているようだ。……迷惑だなぁオイ。
そんな事を考えている間にも、闘技場の騎士達が雑多に散らばっていく。一方ミズキは、特に何かをするでもなく力を抜いてただ対峙しているだけだ。
「……では、始めッ!」
騎士団長のするどい声により、模擬戦が開始された。そして早々に、剣を持った一人がつっこんでいく。これは騎士団が、“個々の多人数”ではなく“連携する多人数”であるためだろう。最初の一人へのミズキの対応を見て、その後の戦略を状況判断から瞬時に切り替えていくつもりか。訓練用の武器とはいえ、直撃すれば怪我をする。ならばミズキはそれを受けるか、避けるか。受ければ足がとまるし、避ければこの闘技場では移動範囲に限度がある。ならば……という考えなのだろう。それは正しい判断だ。
……相手がミズキじゃなければ。
「それじゃあ私も──ハァッ!」
「ぐっああッ!?」
飛び込んできた騎士があと数歩で攻撃間合い──と思った瞬間、ミズキが強く踏み込んだ。次の瞬間、騎士は思いっきり後方へ吹き飛ばされた。対するミズキは大きく右手を前にだした姿勢をとっている。空手でいうところの踏み込み正拳突きだ。
ただしその手には、以前ドワーフのギリムにつくってもらった拳があった。この武器は、ミズキの長所を一番生かせる武器だ。
「あら、ヤマト公爵の妹さん凄いわね」
観戦していたアミティ王女が、楽しそうに言う。凄いって……あと、今ふっとばされたのはラウール王国の騎士なんですけど、大丈夫ですよね。
一方騎士団は、一瞬驚くもすぐにミズキへの警戒を強くしてゆっくりと包囲しようとする。誰かをけしかけて対応を見て……という策は、正面から跳ね返されたので失敗という事か。
ならどうするのかと思っていると、今度は短剣や双剣をもった者が三方向から攻めた。まず攻撃を、ということなのだろう。攻撃速度の速い武器で、3方向からなら対応できないという考えだろう。ミズキの武器が拳なので、両手にある=同時に2方向は対応可能、という判断か。
だが最初にミズキが見せたのは、その驚異的な攻撃力だけじゃなかったのを騎士達は失念していた。
「うがぁ!?」
「な、なにが……うおぉっ!」
「どうし……あああっ!?」
飛び掛ってきた内の一人が、まだミズキに接敵する前にいきなり驚きの声をあげる。どうしたと二人が気にした直後、その理由を自分自身で理解する。目にも止まらぬ速さで、ミズキが自分に打撃をくらわせてきたのだ。
ミズキは一瞬でまず一人の進路上へ移動して、その行動を無効化した。そのまま反転して、残り二人も同様に一瞬で殴打を加えて無力化したのだ。
その状況を見ていた騎士団からは、ミズキの凄きが速すぎて近寄った騎士たちが、何か正体不明な攻撃で返り討ちになっているようにさえ見えただろう。
その様子を見ていたアミティ王女が、再び感心したように口を開いた。
「本当に妹さんはすごいですわね。あんなに速く動いてるのに、丁寧に相手に攻撃をあててますわ」
「………………えっ」
少し間を置いて、その意味を理解して絶句した。ならならその言い方からすると、
「アミティ王女は、今のミズキの動きが見えたのですか?」
「えーっと、はい。見えました」
「お姉様は魔眼の持ち主なんです。物事の本質を見れる魔眼です」
「でも、私自身は見れるだけなんですけどね」
笑みを浮かべて答えてくれるアミティ王女。つまりあんなふうに高速で殴りかかられても、『あ、今私危ない』と理解できても、体が動いて反応するわけじゃないってことか。でも、その魔眼の本来の用途はそういうものじゃないだろうし、一国の王女の力としてはかなり重宝するような気がするな。
「それにしても、ミズキさん……」
「本当に楽しそうよね。やっぱり少し戦闘狂の血がある気がするわ」
ミレーヌとフローリアが、嬉々として拳を振るミズキを見ながら感想を漏らす。確かに楽しそうにしている様子をみると、そういう感想が出ても仕方ないのかもしれない。
そう思っていると、二人は今度は俺を見る。
「カズキも、戦闘になると夢中になる傾向がありますわね」
「そうですね。カズキさん、たまに凄惨な笑顔で武器振り回してますから」
…………えっと、マジで? ちょっとへこむんだけど。
そんな予定外の精神的ダメージを受けている間も、ミズキは攻撃の手を休めることなく騎士を倒していた。そして、
「ぐふっ……」
「ふー…………完了!」
最後の一人を打ち倒し、全員が闘技場内で倒れているという、ちょっとした死屍累々のホラーみたいな状況の中、闘技場中央で拳を高々と掲げる修羅が一人。うん、俺の妹だ。
「ミズキ殿の勝利!」
騎士団長の勝利宣言がされると、今回戦っていない騎士達からは歓声と拍手がとんだ。倒された騎士達も、気がついたものは拍手を送っている。それだけ、今の模擬戦──と言っていいかわからないやりとりは、圧倒的だったということだ。
とりあえず、まずはミズキが圧倒的な勝利を掲げた。
続けて、俺の模擬戦となった。
倒れていた騎士達は、丁度フローリアもいるからと一瞬で全回復をさせた。その力に驚き、そして湧き上がる騎士達。他国の王女だが、聖女として名が知れ渡っているフローリアは、ここラウール王国でも人気なのだろう。
すぐさま騎士団が入れ替わり、今度は先ほど参加しなかった騎士達が闘技場に並ぶ。だが、その様子は先ほどとはまったく違っていた。
隊列の先頭にいる騎士は、大きな両手盾を構え。その後ろには剣、槍、最後に弓兵だ。騎士団ということで魔法師はいないが、この隊列をみればおのずと分かってくることがある。
「対レイドボス隊列かよ……」
まさかのボスモンスター扱いに、改めてへこむ。
ただ、これで完璧にここの騎士達は戦闘訓練指導をしてもらっているつもりなんだと理解した。
……よし。ならばこっちは、その受け取り予想をも上回る事をしてやろうか。
「始め!」
騎士団長の開始合図が響く。だが、先ほどのようにいきなり飛び出してくる者はいない。
ではこちらから行こうか。その前に──
「『//cc』」
ボソリと呟くはキャラクターチェンジ命令。俺のキャラスロットにあるのはこのキャラともう一つ。
一瞬輝いた後、その場にいたのは白く輝く鎧を全身にまとった人物──GMキャラクターだった。
その姿を見て、騎士団からどよめきが上がる。ラウール王国の王女姉妹も同じようだ。
「──行きます」
そう言って俺は、前方で待ち構える騎士団に向かっていった。




