296.そして、冒険者ギルドへ行く……つもりが
「うふふ、ごめなさいねヤマト公爵。……それともカズキさんって呼んだほうがいいかしら?」
「……ヤマト公爵でお願いします」
現在俺達は、ラウール王国城の応接部屋にいる。置いてある調度品などはグランティル王国とは異なるが、賓客向けの接待部屋としての気品というか、風格のようなものは良く似ていた。
あの後、とりあえず色々とお話をということでこの部屋にきたのだが、フローリアが道すがらずっと俺にくっついて離れなかった。あと、延々と念話で文句を浴びせられた。
「それでフローリア王女。先ほどもお聞きしましたが、先日国を出立したリスティと道中お会いしたとか。もしかして、王女達は我国に向かわれていたのですか?」
「はい。私達は──」
そこで俺達が何故ラウール王国へやってきたのかを話した。元々も原因は、ヤマト領の運営開始早々、冒険者ギルドで騒ぎを起こした無法者………もとい、冒険者ザナックだ。ラウール王国の冒険者ギルド所属だったため、その件についての報告をするためにきたのだ。だから後でユリナさんを連れてこないと。
次に移動についても説明した。というのもリスティ王女と同様に、アミティ王女も俺が高度な転移魔法を使える事を知っているからだ。ならば隠すことは何もないと、ヤマト領からレジスト共和国まで転移して、そこから西にまっすぐ来たと話した。正確には砂漠途中にあるダークエルフの集落前からだが、意図して隠してるわけじゃないから別にいいか。
そして、俺達が実際に移動する際の乗り物──召喚獣についての説明もした。スレイプニルにペガサス×2、麒麟とフェンリルである。それぞれが特殊な召喚獣であり、今は主の指輪に送還されているという話をしていると。
「そうなんですよお姉様! 特にホルケがもう、モフオフで! 素晴らしいのです!」
リスティ王女が、それはもう鼻息荒く力説した。元々動物好きな彼女にとって、強く賢く騎乗もできて、おまけにモフモフなホルケは理想すぎるようだった。
そのあんまり振りに見かねたミレーヌがホルケを呼び出すと、すぐさま飛びつかんばかりに近寄ってモフりはじめた。あ、なんかもうホルケが悟った顔してる。動物の表情がわかるほどの変化って、なんかすげーなおい。
「ふふ、リスティったら。本当に動物が好きなのよね貴女は」
「もちろんです!」
ただ、満面の笑みを浮かべるリスティ王女に対し、さすがに姉であり第一王女でもあるアミティ王女はやさしく見ているだけだ。たぶん彼女も動物は好きなのだろうが、妹がいわばちょっと常軌を逸してるほどに好きなんだろう。まぁ、多少天然ありそうなお姉さん系みたいだけど、普通に話ができそうな人でよかった。……俺達としても、国としても。
「……そうですわ。お姉様にはホルケよりも」
「ん? どうしたのリスティ?」
ふと撫でる手を止めたリスティ王女。なんだろうと思ったら、すっとホルケから離れフローリアの所へ。そしてそのままフローリアに耳打ちをする。それをうけてフローリアが何か驚くような表情に。
そして──何故か、いきなり部屋の真ん中に彼女の召喚獣であるサラスヴァティ──白蛇の聖魔獣を呼び出したのだった。
「っ!?」
「く!!」
「大丈夫よ、これはフローリアの召喚獣だから何もしないわ」
室内にいたメイドは驚き、護衛待機していた騎士は武器をかまえようとする。それをリステイ王女がいさめる。まあ、普通は大きな白蛇が出てきたら怖いし驚くもんな。
というか、なんでフローリアはいきなりサラスヴァティを呼び出したんだ? こんなもの見せたらそれこそアミティ王女が……
「はわあああぁぁぁっ!? 素敵! すてき! ステキテキテキ!」
あらんばかりの大絶叫をして、サラスヴァティに駆け寄っていった。
それはもう、王女とか、淑女とか、そういったものを一切脱ぎ捨てた喜びの顔で。
「…………えーっと?」
「そういう事なんですよ、カズキ」
いつの間にか隣にいたフローリアが教えてくれた。アミティ王女は“蛇”が好きだそうな。何でも幼き頃、野犬に襲われそうになったところを白蛇に助けられたとか。それは偶然だったのかもしれないが、その事がきっけかで彼女は蛇が好きになったとの事。
もちろんこの事を知っているのは、主に城の者のみだ。中にはフローリアのように、親しい仲ならば知っていることもあるが、それも本当にごく一部。今回俺と一緒にきた中でもフローリアのみで、ミレーヌも知らなかったそうだ。
「こ、こちらの白蛇様には、触れてもその……よろしいのでしょうか?」
「はい、優しく撫でて下さいね。名前はサラスヴァティといいます」
「わかりました。それではサラスヴァティ様、失礼致します……」
そういって優しく胴に触れる。大きいがきめ細かい鱗の胴部に触れ、恍惚の表情をうかべるアミティ王女。その光景は、なんというか……さっきのリスティ王女&ホルケよりインパクトはでかい。
とりあえずどうしようかなぁと見ていると、エレリナから念話がきた。
『カズキ。とりあえずラウール王国に着きましたので、一度ヤマト領へ戻りユリナさんを連れてきてはいかがでしょうか?』
『そうだね、そうしようか』
念話は他の4人にも通っているので、フローリアも俺に軽く頷く。ならば、
「よろしいでしょうか、アミティ王女、リスティ王女」
「…………うふふ」
「ちょ、お姉様っ」
「あ……は、はい。何でしょうか?」
少しあわてて──でもゆったりと笑顔を向けて、返事をするアミティ王女。でもその手がサラスヴァティを撫でるのは止めないのね。
「私は先程の件で、少しこちらの冒険者ギルドへ顔を出してまいります。フローリアとミレーヌは引き続きこちらにおりますので、どうぞよろしくお願い致します」
「わかりました。では、誰かお供の者を──」
「ヤマト公爵には私が付き添いますわ、お姉様」
そういって申し出たのはリスティ王女。まぁ妥当といえば妥当だが、結構アグレッシブな王女様だな。
まあそれでもいいかと思い、とりあえず城を出ようとしたのだが……俺はすっかり失念していた。ここはラウール王国であって、グランティル王国ではないのだ。
もともとグランティル王国では、王女であるフローリアが頻繁に城下に足を運んでいた。当初は付き添いに護衛騎士もいたが、今や俺たちがいる場合は同行する護衛はいない。故に、俺達と一緒なら他の護衛はいらないだろう、という考えが定着していたのだった。
だから、城を出るところでちょっとした問題が発生した。
「王女! 護衛を付けずに城を出るのは危険です!」
「だから言ってるでしょ? こちらのヤマト公爵と、その仲間の方々がいるから大丈夫だと」
道中の出会いの際、リスティ王女は俺達がどれほどの技量かを目の当たりにしている。それにフローリアからも聞いているようで、まったくもって護衛としての力量を疑ってはいない。しかし城の騎士たちにとっては、良く知らない人物ということになる。そんな者達に、自分たちの大事な王女をまかせられるか──というのは、至極真っ当な言い分でもあると思うわけだ。
だが、どうやらリスティ王女はあまり護衛をぞろぞろ引き連れて城下を歩くのを良しとしないらしい。その辺りもフローリアの行いを羨ましく思っていた部分もあるのだろう。
『ゆき、エレリナ。先にユリナさんをこっちに連れてきておいてくれ。俺はもう少しここで話をしていくから。俺達が城を出る時そっちに念話を贈る』
『りょかーい』
『では』
念話でまとめた後「ちょっといいかな」と口をはさみ、とりあえず二人は別行動だと言って城から出させてもらった。
ただ、おかげでリスティ王女の傍には俺とミズキだけとなってしまい、余計護衛など無理ではないのかと騎士に言われることになってしまった。
普通ならば王女に意見など……と思うのだが、どうやらこちらの騎士はきちんと自分のすべきことを理解しているようだ。ただ上に言われて従うのではなく、王女を守るためにどうすべきかと。
「仕方ないですわね。ここで言い合っても解決の糸口はみつかりそうもないですし」
そう言って軽く溜息をつくリスティ王女。こうなってくると、もう話の展開としては何パターンも残っていない。そしておそらく今回は……
「いいでしょう。ならばヤマト公爵および妹のミズキと、現実的な護衛の人数を見積もって模擬戦を行ってください」
やっぱりー。まぁ、何となく想像はしてたけどね。
ただ、そう言われた騎士の反応は、想像していたものとは少し違った。
「……つまりそれは、自国の護衛騎士よりも、他国の者の方が優れている……と、王女はおっしゃりたいのですか?」
「そのような事を言っているわけではありませんが……今回に限っては、そうとって頂いて構いません」
「なっ……」
思わず絶句して俺とミズキを見る騎士。その後ろに控え、話を聞いていた他の騎士たちも驚きを隠せずにいた。そりゃあ自分の国の王女が、自分とこの騎士よりよくわからん貴族の方が強いと断言したのだから無理もない。
「……わかりました。ではそちらの──ヤマト公爵でしたか。そしてその妹君。お二人にラウール王国の騎士団が勝負を申し込みます」
そう言って騎士は一糸乱れぬ並びを見せる。どうにもこっちの国は、色々な枠組みがガチガチすぎる気がする。そんな中でも二人の王女様は、よくあそこまで自由奔放な成長ができたと感心だ。
まぁいいや。ともかくサクっと終わらせて、さっさと俺も外へ出て行こう。そうでもしないと、ゆき達が呼んできたユリナさんまで待たせることになるだろうし。
「その申し出、承りました。存分に宜しくお願い致します」
少しだけ、返事に皮肉を交えて了承してみたけどね。




