295.それは、挨拶は思わぬ歓迎で
木々の間を抜けてくる心地よい風と、緩やかな毛並みと規則正しい走行揺れに、リスティ王女はいつのまにやら眠ってしまっていた。そっと前向きに寝ているが、ホルケの力で支えられており落ちる心配はない。なのでそのまま定速でラウール王国への道を進む。
そして、時間的にもうじきお昼──という時。
『カズキ、そろそろラウール王国が見えてくるはずです』
フローリアの念話が届く。ふとみると前方の木々が、少しずつ開けているように見える。心なしか、ラウール王国の護衛騎士の顔も明るい気がする。そのまま走っていき、ついに大森林を抜けると、目の前には広い平原が広がっており、そこにまっすぐ道が伸びている。その先には、見間違うはずもない城塞都市。高く強固な壁にかこまれた、あれがラウール王国なのだろう。
『ミレーヌ、そろそろリスティ王女を起こしてあげて』
『わかりました』
そう返事をしたミレーヌは、目の前に座りながら寝崩れているリスティ王女にそっと手をのばし。
「リスティ様、そろそろ起きて下さい」
「……ん、ん~……」
ぺちぺちと叩くと、心地よい眠りを妨げられたからか不満そうな声を出すリスティ王女。だが、さすがに高貴な身分ゆえの躾けか、すぐさま現状を把握してしっかりとした目で周囲を見渡す。そしてすぐに愕然とする。
「なっ……いつのまに、こんなにも王国間近にまで……眠りすぎてしまいましたわ……」
残念そうにつぶやきながら、そっとホルケの背中を撫でて笑みを浮かべる。
しばしそのまま走り続けるも、もうすぐ城塞の警備兵からも見えるという場所までくると、
「ミレーヌ、ホルケを止めて下さい。皆、停止せよ!」
「はっ」
リスティ王女の声に、周りの護衛騎士と馬車が速度を落とし、そのままゆっくりと停止した。俺達もそれに合わせて停止する。ホルケより降りたフローリアがこちらに来るので、俺も一度スレイプニルを降りる。
「これより王都に入る。そのため、そなたたちを私の客人として招きたい。ただ、かような召喚獣を引き連れていては、沿道にいる民たちを驚かしてしまう。かといって馬車に私とアンヌが乗れば、後はフローリアとミレーヌくらいしか乗れる余裕はない。ここから徒歩では、少しばかり距離があるのだが……何か良い案はないか?」
「そうですね……それなら──」
『ゆき、エレリナ。多分ペガサスたちは、翼を見えなくできるはずだから、ちょっと試してみてくれ』
『わかった、この子に頼めばいいのね』
『ああ』
返事を返すと二人が、自分たちの召喚獣に話しかける。すると、すぐにルーナとダイアナの翼が見えなくなり、ただの白馬のような外見になった。同様に、俺が乗っているスレイプニルも幻術効果で足の数を普通の馬と同じ4本にみえるようにしておく。
「これでどうですか? ミズキの麒麟は流石に違いが大きいので、送還させますけど」
「あ! じゃあ私はお兄ちゃんの所に乗るね~」
「……うん、これならば大丈夫だわ。しかし凄いわね本当に……」
「でも注意して下さい。この子達の翼は見えなくなっているだけで、実際にはここにありますので」
「えっ!? ほ、本当ですか!?」
ゆきがそう言いながら翼がある付近を撫でると、何かがそこにあるような動きを手がする。これがパントマイムならすごい技量だなってレベル。
そんな様子を見て、リスティ王女はおもわずそちらへ小走りに寄る。それを見てミレーヌはホルケを送還させ、そのまま馬車の方へ行って乗り込んだ。ミズキも同様にキークを送還して、俺の前に乗ってきた。
「……本当ですわ。これは……はぁ、見えないのにその翼の感触が……」
即座に陶酔するリスティ王女を見て、しまったという顔をするゆき。このまま放置してると、また時間をくうかもなぁと思いフローリアに呼びかける。
『フローリア』
『はい、わかってます』
馬車の扉を開けて、そこから顔をだしてリスティ王女を見ながら、
「では皆さま、引き続き王都への案内をお願いします。では行きましょう」
「へ? あ、ちょ、まちなさいフローリア! あなた達も!」
凛とした声に、ラウール王国の騎士たちも全員従う。そのため、陶酔して翼を撫でていたリスティ王女が、あやうくおいていかれそうになる。普通であればちょっとばかり問題だが、指示をだしたのは他国とはいえ王女である。そういうわけで、皆一斉に王都へ向かうことを再開したわけだ。
「ちょっと、まちなさいフローリア! 馬車も止まりなさい!」
「……止めて下さい」
フローリアの声で馬車が止まり、護衛の騎士や俺達も止まる。そして開いたままの扉からじっと見ていたフローリアが、少し声を強くして言う。
「リスティ。色々気になるのはわかりますが、もう少し落ち着いて行動して下さい」
「……はい、申し訳ありませんでした」
そう謝罪を述べて、そのまま馬車に乗り込んだ。どうにも、彼女は動物が大好きすぎるようだ。無論それは悪い事ではないが、身分ある者としては色々自重できたほうがいいのかもしれない。そうなると──と考えを巡らせていると、
『カズキさん、その……』
『わかってるよ。リスティ王女にも広忠みたいに、何か手軽な召喚獣を──でしょ』
『はい』
まあ、召喚獣くらいならまた何か追加しても平気かな。もっとも、既に実装されてる獣魔や動物でいいならそれにこしたことはないけど。
そんなことを思いながら、俺は前を行く馬車の窓から見えるフローリアたちを眺めていた。
ラウール王国への入国は──まあ、予想通りすんなり通過だ。
なんせ自国の第二王女に、友好国でありそこの友人である第一王女、また港の公国の領主令嬢に、新たにできた領地の領主が一緒なのだ。これをわずかばかりでも引き止める勇気のある門番などいない。
すんなりと俺達全員通過となった。
そして城へ行くが、もちろんそこも全部問題なく入っていく。ほどなく城の中央を抜ける通路を歩いていると。
「あら? リスティ、どうしたのです? 忘れ物でもしましたか?」
「え? あ、お姉様!」
呼びかけられた人物を見たリスティ王女は、驚いてその人を「お姉様」と呼んだ。ということは……
「お久しぶりですアミティ王女。実はこちらに向かう道中にて、リスティにお会いしたので同行して頂いたのです」
「まぁフローリア王女! お久しぶりですわね、元気でしたか?」
嬉しそうにフローリアに寄り、やさしく抱きしめる。どうやらラウール王国の第一王女アミティ様らしい。なんだか優しいお姉さんってイメージを、体現したような人っぽいな。
「アミティ王女、お久しぶりです」
「あらミレーヌまで! 本当にお久しぶりですわね、貴女も元気そうですわね」
そう言って、片方の手を伸ばしてミレーヌを抱きしめる。そのため、フローリアとミレーヌに左右から挟まれているような姿勢になる。それを見て、少し溜息をつくリスティ王女。まあ、城内だから少しくらい大目にみてあげてもいいんじゃないかな。
「お姉様、本日は他にもお客様がおりますわよ」
「え、あら、ごめんなさいね。ええっと……」
視線をこっちに向けると、自然一番前にいた俺の顔に目がむけられる。
「初めましてアミティ王女。私はこの度新たに設けられましたヤマト領の領主、カズキ・ウォン・ヤマトと申します」
丁寧に頭を下げる。私の挨拶をうけ「まぁ」と驚いた声をあげたアミティ王女が寄ってくる。
「初めまして。私はラウール王国第一王女、アミティ・イルク・ラウールです。どうぞ──」
王女が挨拶を述べたので、改めて頭を下げた。その為次への反応が遅れてしまったのだ。なんとアミティ王女は。
「どうぞよろしくお願いしますね」
「…………えっ!?」
不意にふわっと抱きしめられた。──抱きしめられた!?
「なっ!! お姉様、何をしているのですか!?」
「カ、カズキ! 何故いきなりアミティ王女に抱き付いているのですか!?」
「や、ちが、俺が抱きついたんじゃなくて……」
あわてて弁解するも、まさか抱きしめられるとはおもってなかったので、少し体勢を崩してアミティ王女にもたれるように抱きしめられてしまった。
「こら! お姉様から離れなさい!」
「だから、違うって! 俺は……」
「あらあら、ごめんなさい。ついうっかり……うふ」
そう笑顔で謝罪するも、何故かアミティ王女は離してくれない。
俺は何も悪くないよね? だってこれって不可抗力だし、何より……何より、うーん……なんかアミティ王女に抱きとめられてると落ち着くなぁ……はっ!? いかんいかん。
一瞬かるく意識をもっていかれたが、すぐに持ち直す。……持ち直したんだけど。
『──カズキ。今何か考えたでしょ?』
口に出さないのに、例の如くフローリアに考えがばれてしまうのであった。




