292.それは、思わぬ所でこんにちは
見通しが悪い森林だが、一応馬車が通れるようにと整備された道がある。とはいえ、整備といっても綺麗に整地してあるわけではなく、馬車が十分通れるほどの幅で草木が伐採されているだけだ。幸いこの道は昔からあるため、往々にして踏み固められたりして十分通行には耐えられるようになっていた。
そんな道の先、馬車を襲っている魔物の姿が見えた。その魔物を見た瞬間、一緒に先行してきたゆきがつぶやく。
「ゴブリンか。なんか久々に見た」
言われてみれば、以前ならばグランティル王都からミスフェア公国へ向かう道は、要所でゴブリンの襲撃があった。だからこそ、商人は護衛を雇ったり、魔物避けの策をしたりと、色々と思考を凝らして旅をしていた。だが最近では、ヤマト領を中心にして、あの辺りを守護しているバフォメットのおかげか、とんとゴブリンを見なくなった。まぁ、その最大の原因はバフォメットの子供をゴブリンが誘拐した事だろう。それにより、誘拐に関わったゴブリンの一党は淘汰され、他のゴブリンたちも巻き添えを恐れかなり東の地にまで逃げてしまったとか。少なくとも、バフォメットがあそこで目を光らせてる間は、ヤマト領含む通行道にまで出てくることはないだろう。
だが、それはあくまでグランティルから東側の話。西側に位置するこの森林では、以前と変わらずゴブリンが我儘を横行させているようだ。
前方に見えた馬車とゴブリンに近寄っていくと、馬車を護衛していた者達がこちらに気付いた。見たところ馬車はかなり豪華な感じで、どこかの貴族だろうか。その護衛をしているのは、傭兵というより騎士のようにも見えた。ただ、護衛の騎士にくらべ取り囲むゴブリンの数が多い。長引けば断然不利になる状況のようだ。
「手を貸します!」
「!! 感謝する!」
確認するまでもなく援護を告げると、すぐに返事が返ってくる。よし、ならばさっさと終わらせよう。
「二人は左右から頼む! 俺はこのまま正面からいく!」
「了解! いくよー!」
「わかりました。では」
俺の言葉で二人は素早く左右に跳ぶ。そのまま道脇の森林へ飛び込むと、そのまままっすぐ馬車の側面へ走り込む。さすがに二人とも身軽だ、森林だろうとまるで平原を駆け抜けてるような速さだ。
無論俺も負けていられない。すぐに剣を構えて、そのまま一気に正面のゴブリン達へ。
「とぉりゃああああ!」
こちらへのヘイトも兼ねて、声を張り上げ剣を一閃。目の前にいるゴブリン数匹を一度に斬り倒す。今俺が使っているのは、以前ドワーフのギリムに作ってもらったソードだ。少し魔力を流すことで切れ味が格段にあがる。まあ、さすがにゴブリン相手にGM武器を使うのもどうかと思ったからね。
2回、3回と一度に数匹を切り捨てると、それに恐れを抱いたのかゴブリンの勢いがそがれる。そのタイミグで左右からゆきとエレリナが飛び出してきた。そしてそのまま、同時にストレージから槍を取りだし、瞬く間に振り回して一気に掃討を開始した。あの槍も、俺が使っている剣と同じギリム製作の武器だ。
劣性……とまではいかないものの、数で圧倒されかけていた騎士たちもこちらの加勢によりすぐ勢いを盛り返す。結果、瞬く間にゴブリンを全て討伐する事ができた。
「ゆき、エレリナ。念のため周囲を見てきてくれ」
「はーい」
「では」
返事をするや、すぐにまた左右に分かれて森林へ潜っていく。とりあえずこの周辺に、他に魔物がいないかの確認をしてもらう。音や臭いに釣られて、他のが寄ってきたら面倒だからな。
二人に指示をだして、ようやく馬車と騎士たちの方を見る。少し疲れた様子を見せるも、きちんと姿勢を正しているあたりずいぶんと高貴な人の馬車のようだ。
「改めてお礼を致します。有難うございました」
騎士の中でも中心で指揮をとっていた青年が礼を述べる。良く見れば他の人達も、その青年と同じくらいの年齢の人ばかりだ。
「偶々この少し先で休憩をとってると、何か音が聞こえたので様子を見にきたら……という訳です」
「なるほど……。でもこのような場所に何故?」
「はい、実は──」
別段隠す事でもないので、素直にの先にあるラウール王国へ向かうと言おうとしたところ、
「お兄ちゃーん! もう終わったー?」
後ろからミズキの声が聞こえた。振り向くと、ミズキとフローリアとミレーヌ、そして念のためにと呼びだしたのだろうホルケがこっちに来るのが見えた。
「あの者達は……?」
「あ、あれは私の連れです。おーい、もう終わったぞー」
隣の騎士が「そうでしたか」と安堵した様子をみせるのだが、そのすぐ後「!?}と表情を一変させる。はて、いったい何だろうか……と思っていると、馬車の敬語をしていた騎士全員が一斉に跪いた。そして頭を下げる。
……あぁ、フローリアか! もうすっかり慣れてしまったから忘れがちだけど、フローリアってグランティル王国の王女様なんだよな。そして聖女でもあるし、他の国の貴族や騎士に顔を覚えられていても不思議はないか。
そんな事を考えている間にも、フローリアは近づいてきて、
「お疲れ様ですカズキ。それにしても、この馬車もしかして……」
視線を馬車に向け、そこに描かれている紋章を見ているフローリア。すると、
「今の声は! もしかして、フローリアですか!?」
「あ! いけません、まだ安全確認が……」
なにやら声が聞こえたかと思うと、馬車の扉が開いてひょいと顔を見せた女の子が。その視線がフローリアの姿をみつける。
「フローリア!」
「まぁ! リスティ! どうしてこんな所に!?」
「それはフローリアも同じですよ、何故ここに?」
「あ、リスティ王女、お待ちください」
リスティ王女と呼ばれた少女は、フローリアを見ると嬉しそうに馬車から飛び出してきた。フローリアも驚きながらも、笑顔で駆けより二人は手をとりあって喜び合った。ああ、なるほど。あの子がフローリアが話してくれたラウール王国の王女様か。
うーん、どうしようか。これって俺も跪いたほうがいいんだろうか。そう思っていると、ミレーヌが隣にやってきて声をかけてくれた。
「大丈夫ですよ。ここは公式の場ではありませんし、カズキさんはフローリア姉さまの旦那様になる方ですから」
「あ、そう……ってあれ? なんで俺の考えてること……」
「くすっ、今迄なら表情でなんとなくわかる程度でしたけど、最近は偶に考えてることが念話で漏れてますよ」
「…………え」
「ふふ、冗談です」
そう言って楽しそうに笑うミレーヌ。えっと、本当に? 漏れ聞こえてたりしないよね? 思わず周囲を見るも、ミズキも戻ってきていたゆきとエレリナも、そっと視線を逸らす。……うそん。
「こんにちはリスティ様」
「え、ミレーヌ? なんで貴女までこんな所に?」
今度はミレーヌも会話に加わったようだが、俺は少しばかり動揺して目の前のやり取りが全然頭に入ってこなかった。
「ごきげんよう、ラウール王国第二王女、リスティ・イルク・ラウールですわ」
ドレスの裾をつまみ優雅に礼をするリスティ王女。その後ろに控えた騎士たちが、王女の挨拶に合わせ抜刀した剣を構えて礼をとっていた。後で聞いたけど、あれは剣礼というものらしい。あまりグランティルに居た時には見なかった気がする。
続けてこちら側から、フローリアとミレーヌが挨拶を述べる。どうやらリスティ王女だけじゃなく、騎士たちや王女付きの侍女さんもミレーヌの事を知っているようだ。
次はフローリアに促された俺が挨拶をした。
「はじめまして。新たな領地であるヤマト領領主、カズキ・ウォン・ヤマトです」
といっても「どれどこの事?」とか言われたらどうしようかなぁとか考えながら礼をする。
だが、リスティ王女は俺をみてくすりと笑みを浮かべる。
「もちろん知ってますわよ。あなたは……」
「な、何でしょう……?」
「何って、あなたがフローリアの未来の旦那様でしょ?」
「「「「!!」」」」
騎士たちと王女の侍女が驚いている。でもまあ知らなくても無理ないよな。むしろよくリスティ王女は知っていたなぁと感心するレベルだ。
「だって私、フローリアの誕生祭の時グランティルにいたもの。ねぇー?」
「はい。あの時はどうも有難うございました」
「当然ですわ。フローリアは私の15歳の誕生祭にも来てくれたんですもの」
そういえばそんな話も聞いていたな。そうか、お互い国は離れているけど大切な友達なんだ。なんせフローリアにとって、同じような王国の王女であり歳も同じ。色んな事を腹を割って話せる相手っていうのかもしれないな。
ただ、その事を知った騎士や侍女さんが、フローリアやミレーヌを見るのと同じような目で見てくるようになった。あ、いや、そういうの苦手なんで普通にして欲しいんだけど……無理か。




