290.そして、必要に駆られた旅路へ
冒険者ギルドに併設された闘技場へ行くと、既にフィールドにはユリナさんとザナックが立っている。ユリナさんは──あまり見たこと無いほどの無表情で、反対にザナックは下卑た笑みを浮かべている。これが暴力行為を公式に振るえる事への喜びか、それとも目の前にいる女性へ向けるそういった類の視線なのかは不明だが。……いや、多分どっちもだな。
不愉快な気持ちを抑えて、俺も闘技場の中へ歩いて行く。
「それじゃあ俺が審判を務める。領主として公正な判断を下すことを約束する」
「おいおい領主様よ。いくらなんでも、冒険者の勝負の審判なんて──」
面倒なので自分のギルドカードをザナックに見せる。
「生憎だが俺はSランク冒険者だ。とっちかと言えば領主の方が新米だ。……不服か?」
「い、いえ。そんなことは……」
あっさりと引き下がるのを見るに、これ以上俺に絡んでうっかり俺との試合とかになったら……とか考えたのだろう、露骨に視線を外して会話を続けようとしないもんな。
「ならいい。……では、両者準備はいいか」
「おう、いつでもいいぜ」
「はい」
二人とも了承の返事を返すも、手にした試合用ソードを構えるザナックに対し、武器どころか構えもとらないユリナさん。それを見てザナックの表情に少しの苛つきが混じる。
「おい。何で武器を構えねぇんだ」
「……これで十分だからです」
「ふざけんなよテメェッ!」
ユリナさんのあからさまな挑発に、完全に怒りがあふれ出る。だが、それを見ながらもまったく慌てる様子を見せない。そして、それは俺も同じだ。
だから俺はすっと手を上げて──下ろす。
「始めッ!」
開始の言葉を叫ぶとともに、一気に壁際まで後退する。これにより俺がこの試合に対し、なんらかの介入をしないという意志表示でもある。
「うぉぉぉおおおッ!!」
すぐさま声を張り上げて踏み込んでいくザナック。そのままソードを横凪にして素早くうちこむ。たとえ練習用で刃を落としていれも、唯の受付嬢であれば大ケガ……最悪命の危険もという攻撃だ。
だが、その攻撃をほんの少し下がり回避するユリナさん。まさか避けると思っていなかったのが、振りぬいたザナックが横方向にたたらを踏んでしまう。
「ぐっ……、まぐれで避けたか」
「……はぁ」
ユリナさんはわざと大き目な溜息をついた。今の一撃と回避で、力量差を理解できないのか……という事だろう。だが、俺や一部の人間以外は、目の前で起きたことに驚きを隠せないようだ。
「くっ、このっ、なんで、当たらないッ!」
今度は小さく何回か剣を振るるも、それらを全て交わすユリナさん。もはやだれの目にも勝負の行方がわかるほどの差だ。ユリナさんはただ交わしているだけなので、もし交わした後に1回でも攻撃を繰り出していればそれで勝敗は決しているだろう。
すべての攻撃をかわされ、息が少しあがったザナックにユリナさんが告げた。
「もう十分なのではありませんか?」
「はぁ、はぁ……くそっ、何だよお前は」
「何を言われましても……ヤマト領の冒険者ギルドマスターですよ」
「ちっ、ふざけやがってええええッ!」
今までよりも更に鬼気迫る気迫でユリナさんへ襲い掛かる。だがユリナさんは表情ひとつかえずに、少し軸をずらして初めて構えをみせた。そして次の瞬間──握っていたはずの剣が離れた地面に転がり、ザナックは声もあげずに倒れ込んだ。
じっと見ていた人たちも、大半は何が起きたのかわからずに静寂につつまれる。俺は素早く二人の傍へいき、倒れているザナックの様子を見る。息はあるようだが、完全に白目で気絶をしている。
「勝者、ユリナ!」
ユリナさんに向けて手をあげると、ユリナさんは丁寧に四方の観客に礼を返す。俺の宣言と、感謝を表すユリナさんを見て、観客は一気に湧き上がり大歓声につつまれた。
一通り観客に礼をしたユリナさんが近づいてきた。もうその表情は先程と違い、いつもの人懐っこい近所のお姉さん風の笑顔だ。
「カズキくん、これでまた私が怖いとかそういう噂流れでもして、どんどんその……婚期とか……」
「はいはい。ちゃんと約束覚えてますから」
そうなのだ。ユリナさんと、もう一人商業ギルドのエリカさんには、彼女達に見合う男性を見つける手伝いをすることを約束している。だが今回は、ユリナさんが冒険者を伸してしまうことで、彼女に対して強者的イメージがつくことを懸念したのだろう。だからユリナさんはあの時、
(後でフォローお願いするね)
と言ったのだ。わかりやすくいえば、『皆の私に対する印象をちゃんとフォローしてよね』という事。これでより一層彼女達の婚活援助をしていかなければならなくなったわけだ。
さぁ仕事にもどるわよと、ユリナさんは何事もなかったように闘技場を後にする。その際、倒れているザナックを一度見たが、何事もなかったように立ち去った。あぁ、放置ですね。
俺も戻るかと闘技場を出ると、そこにミズキたちが待ち構えていた。
「お兄ちゃん! さっきのユリナさんのアレなに!?」
「ユリナさんってただのギルマスだよね? もしかしてユリナさんにも何かアイテムとか渡した?」
ミズキとゆきが不思議そうに聞いてくる。同じような事を聞きたかったらしく、フローリアとミレーヌも返答待ちの姿勢だ。だが、エレリナだけが微かに微笑んでその様子を見ている。
「……エレリナはわかってるんだよな?」
「はい。先程のユリナさん……あれは、彼女自身の技量です」
「「「「ええっ!?」」」」
ミズキたち4人の驚く声が響く。薄々は感じていたが、やはり俺がユリナさんに何か防御系とか回避系のアイテムでも持たせたんだろうって思ってたのか。
「忘れたのか? 以前話したと思うんだが」
「……何を?」
「ユリナさんとエリカさんは、お互いが両方のギルド社員になれるだけの力量があるって話をだ。あの二人は、互いに切磋琢磨して両ギルド資格を保有している。それでいて王都ではサブマスター、こっちではギルドマスターになれるだけの力量だ。特に冒険者ギルドのマスターなんて、それ相応の技量がなければつとまるわけないだろ」
「えっと、それじゃあユリナさんって……」
「どうだろう。本人も正確には調べてないだろうけど、Aランクオーバーはあるんじゃないか?」
「え、Aランクオーバー……」
俺の言葉にエレリナ以外が絶句する。
それに──これは皆には言ってないが、ユリナさんとエリカさんはミズキと同じように、LoUの初期からいるNPCベースキャラだ。そのため基本構成パラメータが存在するのだが、こうやって動くことなんて想定してないから適当に設定されてしまっている。とはいえ、キャラを配置する際に「冒険者ギルドの人だからこうみえて実は強いんだよね」とか「商業ギルドの看板だから頭がいい」みたいなお遊び内部設定をいくつかつけてしまった。結果として、実はかなりハイスペックな受付嬢姉妹が誕生してしまったわけだ。
ただ本人曰く、あまりそれを公にすると婚期が逃げるので遠慮したいとのこと。先程の戦闘の事もそうだが、あまりにもギルドマスターとして頼られ過ぎると退職もままならず、仕事オンリー人生になってしまう……とか。
まあ、今回は久々に少しユリナさんも思うところがあたのだろう……という事で。
その辺りの話を、一部かいつまんで皆に説明した。どうにもまだ納得しきれてないようだが、なぜエレリナは知っていたのだろうか。気になったので聞いてみると、
「ヤマト領で住むようになってから、お二人とは夜によく飲みかわしてます。その時に、愚痴込みで色々と教えて頂きました」
との事。なるほど、それは俺はもちろんミズキ達は知らないタイミングだ。
そんな事を話しながらギルドへ戻る。そこでは既に先程の事は済みで、次の依頼だ報酬だといつもの喧騒につつまれていた。
そんな中、ユリナさんがこちらにやってくる。ああ、基本彼女は受付業務はしてないのね。
「カズキくん、ちょっといいかしら?」
「はい何ですか」
「ちょっと相談があって……皆も一緒に奥の部屋にきてくれるかしら」
そう言われ、素直に奥の部屋に。この辺りの作りってのは、どこの冒険者ギルドも変わらないんだなぁとか思ったり。
奥にある応接間に通され、ソファに俺とフローリアとミレーヌが座る。向かいにユリナさんが座り、後はみな立っている。
「それで、相談というのは何ですか?」
「実はですね、先ほどのザナックという冒険者ですが、彼が拠点登録しているのがラウール王国の冒険者ギルドなんですよ」
「…………はい?」
「いやだからね、さっきの男はラウール王国の冒険者なんです」
「あ、いやその……ラウール王国って、どこ?」
「えっ」
俺の言葉に何人かが驚きの声をあげる。え、知らないの俺だけ? おもわず皆をみると、ゆーっくりと視線を外す人物が二人ほど。ははーん、ミズキとゆきも知らないなぁ。
視線をユリナさんに戻すと残念そうな顔をされた。なんでも今回のザナックの行為が、荒くれ者が多いとはいえ冒険者としての規則を大幅に逸脱していると。人格的に問題があるならば、その権利をきちんと認識して場合によってははく奪するのがギルドとしの責任があるとか。そういった苦情込みの内容を、ユリナさんがギルドマスターとして直接報告に行きたいという話らしい。
それで、俺が使う【ワープポータル】ならば即座に行ける……と思ったのだが、生憎おれはそのラウール王国へ行ったことがない。しかし、この件はきちんと報告すべき事だと。
──そんな訳で。
急遽俺はラウール王国へ向かう事になった。とはいえ、さすがに領地運営開始早々に領主が離れるのはどうかと思えるが、それこそ定期的にポータルで戻れば問題ない。日中は進み、夜は戻って自宅で睡眠。帰宅時と出発前に、領地の様子を聞いて問題なければ進行……という感じか。
「というわけで、俺は日帰り(?)でラウール王国へ向かうことになったんだが……」
「着いてく」
「もちろん私も」
「では私も」
「私もです」
「ならば私もです」
ミズキ、ゆき、フローリア、ミレーヌ、そしてエレリナが順番に応える。まあ、いつも通りやね。
さて、後は……
『ヤオ、明日からラウール王国へ向かうことになった。夜は戻ってくるけどお前どうする?』
『うんー……わしは……ここで温泉にはいっておるのじゃー……いってくるがよいぞぉー』
間延びした声がとどく。どんな状況なのか声だけで想像つくな。
というかあの不良蛇、こんなにずっと温泉入っててふやけたりしないのか。ある意味強すぎだろ。




